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神災フィナの黙示録  作者: 鳩ポ
第二章 戦争編
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26話 王の責務

シャルム王朝・ロサド南方――ミクロヘルマ城、重苦しい玉座の間。


王座に腰掛ける私の前に、男が立っていた。

髭はグシャリとして、背筋は伸び切らず、まるでただの浮浪者のよう。

だが――全身から滲み出る圧に、私は己が ここで死ぬと本能で悟った。


「どうも……シャルム・ミクロヘルマ。」

低く湿った声。

ぞっとするほど軽薄に見えるのに、ひとつひとつの言葉が、刃のように心臓を掻き切っていく。


私は思わず唾を飲み込み、問いを絞り出した。

「お前は……軍神か?」


男の口角が、歪に持ち上がる。

「ご名答。俺は技極――第五席、《軍神》マルク。」


その瞬間、玉座の間の空気が凍りついた。

ただ名を告げただけで、鎧を着た兵士たちすら呼吸を忘れる。


「戦争を……止めに来たのか?」

私はなおも望みに縋るように言葉を発した。


「もちろん。」

男は、にやりと笑った。

それは慈悲でも理想でもない。血の匂いを孕んだ笑みだった。


私の脳裏をよぎる――軍神伝説。

「軍神は戦争を止める神」と語られてきた。

実際に記録には、軍神が現れた土地から 戦争が消えたという事象だけが残る。


だが――そこに至る過程は、語られなかった。


私は声を震わせた。

「まさか……止めたのではなく……殺していたというのか?」


マルク――否、ダイルは笑った。

「伝説ってのは、都合よく飾られるものだ。だが真実は一つ。 敵も味方も、誰一人残さなければ戦争は止まる。」


私の背筋に冷たい汗が流れた。

この男は、伝説を継ぐ者などではない。

 伝説を血で書き換えた張本人だったのだ。



しかし――私は、いずれこの国を背負い、治める者だ。

逃げることは許されない。王の血を継ぐ男として、責務を果たす。

こいつを――ここで止めねばならない。


「お前は……なぜこんなことをするんだ……?」

声が震える。だが、目は逸らさなかった。

「何がお前を、そこまで非道な道へと進ませたんだ!」


男は薄笑いを浮かべた。だがその眼だけは、狂気の奥で赤々と燃えている。


「非道な道ぃ……?はっ、どっちが非道だ!」

声が玉座の間に轟き渡る。

「俺の妻も!家族も!友も!全部……戦争が殺したんだ!戦場に飲み込まれ、蹂躙され、奪われた!……その戦争こそが悪だ!」


言葉に込められた憎悪は、刃よりも鋭く私の胸を突き刺した。

だが、私は怯まずに返す。


「同じだ……!」

立ち上がり、玉座から一歩踏み出す。

「お前は……お前が言う 悪に、自らなろうとしているだけだ! 戦争を憎みながら、戦争と同じ手段を選んでいる!」


拳を握り締める。王としてではなく、一人の人間として、どうしても許せなかった。

「それは正義ではない!自己満足を――最悪の形で現しただけの愚行だ!」


玉座の間に私の声が響き渡る。

ダイル――軍神は、長い沈黙のあと、静かに俯いた。


「……そんなことは、分かっているさ。」

低く、掠れた声だった。

「俺は戦争を恨んだ。敵国を恨んだ。だが、剣を振るい、殺し尽くしても……そこに悪はいなかった。」


「何……?」


「兵は命令に従っただけ。王は民を守るために戦を選んだだけ。民はただ生きるために兵糧を求めただけ。誰も 悪ではない。戦争は責めるべき主体を持たない。だから俺が憎み続けたのは、形のないもの――虚無だ。」


私は言葉を失った。虚無。憎悪の刃を向ける先さえない空洞。


「なら、それを理解しているお前が、なぜ!!」

声が震える。


「……だからだ。」

軍神は顔を上げた。その瞳には、底知れぬ決意と狂気が混ざり合っていた。

「悪が存在しないなら、俺が悪になればいい。そうすれば――戦争は俺に収束する。敵も味方も、憎むべきものを俺に見出し、互いを殺し合わなくなる。」


理論は狂気だった。だが、一理の筋があるのも分かってしまう。

戦争を止めるために、自ら 戦争そのものの役を背負う――その矛盾が恐ろしい。


背筋が粟立つ。

「……お前の道は、王でも、人でも歩んではならぬ道だ!」


軍神は、ふっと口角を歪めて笑った。

「少し……喋りすぎたな。」


次の瞬間、視界がぐらりと傾く。

胸に焼けるような衝撃――そして温かい感覚が広がった。


――ああ、これは血か。


玉座に座る私の身体は、ゆっくりと後ろへ崩れ落ちていった。

最後に見えたのは、冷たく光る軍神の瞳。


「おのれ…軍神め……。」


そこで、全てが暗転した。


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