25話 ロマンチシズム
「貴様……何処の差金だ?」
白い鎧の兵士が、倒れ伏す私を見下ろした。
喉は塞がれ、肺は血に満たされ、声が出ない。
必死に口を開けても、赤黒い液体が溢れ出し、まるで水中で言葉を吐こうとしているかのように濁った泡しか漏れなかった。
「最初は数が少ない俺たち、ザックス側の援助かと思っていたが……初手で殴り倒すとはな。貴様は……シャルムの……」
思い出す。
最初に吹き飛ばしたのは、白の兵士だった。
あれが決定的な誤解を生んでしまったのだ。
「ぢっ……ぢが……っ」
必死に否定しようとしたその瞬間――。
――ドスッと、泥を踏み抜くような、嫌な鈍音が戦場に響いた。
白い兵士の身体がわずかに痙攣し、その腹から鉄の刃が突き出す。
「……っ!」
絶句。言葉を失う。
顔に生温かい血が滴り落ちる。鉄臭さが鼻腔を焼いた。
目の前の兵士の瞳が驚愕に染まったまま濁っていき、そのまま剣を引き抜かれる勢いで前のめりに崩れ落ちた。
背後から、低く笑う声。
「助かるぜぇ……女ぁ……」
腹を貫いた黒鎧の兵士が、凶悪な笑みを浮かべ、剣を肩に担ぎ上げる。
死体は私の身体に被さるように、重く覆いかぶさった。
「ひ……っ」
圧迫感と血のぬめりに、声にならない声が漏れる。
「おい! そこに気絶してるやつも殺せ!」
黒鎧の別の兵士が怒鳴る。
そして――また、あの嫌な鈍音。
兵士の命が、何のためらいもなく刈り取られていく音。
私は――何をしてしまったのだろう。
助けるつもりで飛び込んだ戦場。
誰も殺さないと誓ったはずなのに、結果はすべて裏目に出て。
私のせいで、誰もかれもが――死んでいく。
「……許……さない。」
喉を焼くような血の味にまみれた声が、無意識に漏れた。
胸の奥で、何かがぷつりと切れた。
積み重なった理不尽。
助けるはずが裏目に出る連鎖。
誰も救えない自分への嫌悪。
そのすべてが冷静な思考を打ち砕き、頭の中でひとつの衝動だけが残った。
私は、血に濡れた地面に手をつきながら、最後の力で立ち上がった。
膝は震え、肺は焼けるように痛んでいる。だが――止まれなかった。
「……人……ぉろし……」
唇を噛み切り、鉄の味をごくりと飲み下す。
血に濡れた声で呟くたび、胸の奥から黒い魔力がにじみ出ていく。
「殺さなければいい……殺さなければ……。これで……手足をもぎ取れば……救ったことになる……」
人差し指を、兵士へ向ける。
「やめろ、フィナ!」
肩のアストが叫んだ。
――だが、もう遅い。
「落ち着いてくれ! それをすれば奴らは死よりも苦しい運命を辿るかもしれない! 命に囚われるな! それは信念じゃない、執念だ!」
アストの声が、焦燥に震えていた。
だが私には届かない。
頭の中で鳴り響いていたのは、ただ一つの言葉。
「許さない。」
――黒点。
指先から黒い魔力が凝縮し、瞬間的に爆ぜた。
空気が歪み、音が砕ける。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
黒い閃光が兵士の両足を容赦なく打ち砕いた。
血と肉片が飛び散り、鎧ごと弾き飛ばされた足が泥に転がる。
兵士は絶叫し、地面をのたうち回った。
周囲の兵士たちは目を見開き、恐怖に震えて後ずさる。
一人は腰を抜かし、剣を放り投げ、そのまま逃げ出した。
私は――その光景を見下ろしていた。
冷たいはずなのに、熱に浮かされたような意識のまま。
「フィナ……お前……」
アストの声は、絶望にも似た色を帯びていた。
兵士の呻き声、逃げ去る足音。
それらを耳の端で捉えながら、私は膝から崩れ落ち、泥と血に沈むようにして意識を失った。
――最後に残ったのは、「救えた」という安堵か、それとも「壊してしまった」という後悔だったのか。
私にはもう、分からなかった。




