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神災フィナの黙示録  作者: 鳩ポ
第二章 戦争編
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24話 殺さず倒す

「フィナ!止まれ、兵士だ。」


アストの鋭い声に反射的に足を止める。土煙が視界を覆い、砂を噛む音が耳に残る。私は急ブレーキをかけ、すぐ傍の木陰へ滑り込んだ。


荒い呼吸を抑えながら、木の隙間から覗くと――。


「黒い騎士と白い騎士が戦ってる。」

光を弾く刃と刃がぶつかり合い、火花が散った。黒い鎧の群れと、白銀の鎧を纏った二人。


「あぁ、黒がシャルム王朝、白がザックス王朝だ。」

アストの声が低くなる。


「彼らが生きてるってことは……私たち、ダイルとは別の方向に来ちゃったみたいね。」

胸が少しだけ軽くなる。けれど、視線を戻せばすぐに戦場の現実が押し寄せた。

「少し様子を確認するわ。」


――潜伏。


私は木陰から音を殺して身を乗り出し、全貌を確認する。


「シャルム兵が八人、ザックス兵が二人……。人数差が大きい。」


「そうだな。この地域自体にザックス兵は少ないのだろう。ここは都市から遠く離れた森。シャルム兵は森を経由して、敵の背後を突いた……。」


アストの言葉を聞きながら、私はふっと息を吐いた。

「それは……運がないね。」


白い鎧の二人は必死に剣を振るい、防いでいる。しかし数で圧倒され、いつ倒れてもおかしくない。もし倒れれば、その瞬間に切り刻まれる。


「どっちを助ける?」

アストが冷静に問う。


私は唇を噛み、目を細めた。

「……どっちも助けるよ。」


一瞬、アストが息を飲んだのが分かった。


「フィナ、二対八だぞ。しかも私たちは部外者だ。」


「分かってる。でも……どっちも人だから。シャルムも、ザックスも関係ない。目の前で死ぬのを見過ごすなんて、私にはできない。」


言い切った瞬間、胸の奥が熱くなる。

擬似筋肉が黒い煙をまとい、じわじわと脚を締め付けていく。


「私は…… 旅人の生きた世界を知りたいんだ。そのためには……死んでいく人を、黙って見過ごすわけにはいかない!」


大地を踏み鳴らすたび、黒い魔力が脚に絡みつき、筋肉の奥を灼けるように締め上げていく。

木陰に濃い影が落ち、私の輪郭そのものが黒煙に溶けていった。


「フィナ……お前の使った黒装、全身に纏えるか?」

アストの問いに、私は首を横に振る。


「無理そう。まだ点でしか制御できない……局所的に纏うのが限界だよ。」


「なら――攻撃、防御、どちらにも素早く魔力を切り替えろ。体の中で魔力を走らせて、戦場そのものに対応しろ。あそこにいる十人……全部、気絶させるぞ。」


その声音は試すようでもあり、覚悟を問うようでもあった。


私は思わず笑った。喉の奥に力が宿り、血が沸き立つ。

「りょーかい!」


次の瞬間、私は地を蹴った。


黒煙をまとった足が、土を砕く。轟音と共に爆ぜた衝撃波が木々を震わせ、木陰を飛び出す身体が矢のように戦場へ吸い込まれていく。


目の前に迫るのは、刃と刃が火花を散らす乱戦の真ん中。

怒号、金属音、飛び散る血の臭い。戦場の熱気が肌を焼くように押し寄せる。


誰も気づいていない――次の瞬間には、 黒い影が戦場の中心に叩き込まれていた。


兵士の武器は槍が四、剣が二、残り四人は杖を掲げて詠唱の構えを取っている。

どちらにせよ、やるべきことは一つ。誰も殺さず、この場を収めること。


私は腰の剣を抜かず、鞘ごと逆手に構えた。

黒い魔力を直接当てれば、兵士は死ぬ。

ならば魔力はすべて黒装に回し、私自身を「鈍器」としてぶつける。


「だ、誰だ!?」

「――ッ!!?」


兵士たちの動揺が広がるよりも早く、私は一歩踏み込んだ。


腰を捻り、体を弓のようにしならせる。

次の瞬間、全身の遠心力を剣に集約し――

「ッはああああ!」


鞘ごと振り抜いた刃が、甲冑の首元に衝突する。

刹那、轟く金属音。

黒い魔力をまとった衝撃が甲冑をねじ曲げ、兵士の体ごと地面に叩きつけた。


砂煙が舞い、倒れた兵士が呻き声を上げる。首は折れていない――生きている。

だが戦闘不能には十分。


「一人目。」

呟いた声が、戦場全体を一瞬だけ静寂に染めた。


次の瞬間、全ての視線が私に突き刺さった。

ざわめきも罵声も消え失せ――戦場が不気味に静まり返る。


気づけば背後にも兵士たちが回り込み、すでに陣形が組み上がっていた。

槍は突き出される角度を揃え、剣兵は一歩引いて斬り込みの隙を狙い、魔導兵は後方で詠唱を重ねる。

さすが戦場を渡る兵士だ。瞬時に「最大の敵」を見極め、白と黒、先ほどまで斬り合っていた両軍が、まるで打ち合わせたかのように、私ひとりを倒すためだけの布陣に切り替えていた。


「……ちっ、焦ってるうちに数人は落としたかったのに。」

悔しさに奥歯を噛みしめる。


剣術そのものでは、私は彼らのような訓練を積んだ兵士に敵わない。

私の唯一のアドバンテージは――アルマフィエルの黒い魔力。

それをどう動かすか、どう繋ぐか。それ次第で勝敗は決まる。


前方には槍兵の列、間に剣兵、さらにその後ろには光をためる魔法陣。

三層構造、穴のない完璧な陣形だ。

だが――完璧だからこそ、その「動き出し」に生まれる隙もまた大きい。


私は深く息を吸い、鞘ごと剣を構え直した。

刃の冷たい感触が掌を通して心臓の鼓動と重なる。


狩人の村で教わった、生き残るための基本。

――魔物と相対した時は、自分から焦って動くな。

最初に動いた瞬間こそ、最大の隙となる。


槍の先端が揺れる。

詠唱の声が高まる。

息を殺し、私はただ待った。


「さあ……誰が一番最初に動く?」


――刹那、静寂が裂かれた。


槍兵が一歩踏み込み、わずかな体重移動で腰をひねる。

その動作は、突きではない――投擲。

戦場の兵士が放つ、訓練された最小限のモーション。

気づいた時には、すでに鋼の穂先が音を裂き、こちらへ迫っていた。


「……っ!」

想定外。身体が反応に遅れる――避けられない。


瞬間、黒装が奔った。

足に纏っていた魔力が、意思に応じるよりも早く、蛇のように這い上がり、腹部へと移動する。

骨と筋肉を締め付けるように覆い、黒い膜が瞬時に厚みを増す。


鋭い金属音――!


槍の穂先は黒装を抉ったが、肉を裂くことなく弾かれ、火花を散らして地に転がる。

腹部に衝撃が鈍く響き、肺が押し潰されそうになる。だが――致命には至らない。


「……はぁ、危な……っ。」

冷たい汗が背を伝い落ちる。今ので死んでいたかもしれない。

息を乱しながらも必死に視線を上げ――


「やば……っ!」


敵から目を逸らした刹那の隙。

すでに左右から迫っていた。槍兵と剣兵。完璧な連携。


剣は正面から振り下ろされ、槍は死角から突き込まれる。

一方を守れば、もう一方が通る。兵士の経験が凝縮された一手だった。


「黒装――首ッ!」


魔力が瞬時に駆け上がる。

黒い装甲が首を覆い、金属音を響かせながら剣を弾き飛ばした。

だが、その防御の感触と同時に――。


「――ッぐっ!」


腹部に焼けつく衝撃。

槍の穂先が、黒装の移動より早く肉に深く突き刺さる。

肺の奥から息が強制的に押し出され、胃の奥がえぐられるような激痛。


「かっ……は、ぁ……!」

視界が一瞬白く染まり、兵士の蹴りで床に転がった。


黒装は万能じゃない。

遅れれば、そこはただの肉。

頭では分かっていたはずなのに――現実の重さが、突き刺さる鋼と共に叩きつけられる。


血が……止まらない。

熱いはずなのに、指先からは冷たさだけが広がっていく。


突き刺さった槍の穂先は、脇腹を斜めにえぐり上げ、臓腑を容赦なく貫いた。

肝臓を抉り、さらに奥へ――肺にまで鋼が届いた瞬間、喉の奥から生温かい鉄の味がこみ上げる。


「……っ、ごほ……っ!」

赤黒い血が吐息と一緒に飛び散る。

息を吸うたびに胸の奥で水音が鳴る。肺が血に沈み、酸素よりも鉄臭さで満たされていく。


膝から力が抜け、地面に崩れ落ちた。視界はじわじわと暗く、しかし中心だけが異様に鮮明だった。


――兵士。

槍を引き抜き、こちらに歩み寄ってくる。


だが、その歩みはあまりにもゆっくりで――。

まるで世界全体が引き延ばされ、走馬灯の中でだけ時間が進んでいるかのようだった。


「……来る……」

口から血泡を漏らしながら、必死に剣を握ろうとする。

だが指は鉛のように重く、震えすら思うように出ない。


兵士の顔は怒りでも勝利でもない。

ただ職務を遂行する兵士の、冷たく感情の抜け落ちた瞳だった。


死が、真正面から迫ってくる。

それを受け止めるには、あまりにも早すぎた。


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