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神災フィナの黙示録  作者: 鳩ポ
第二章 戦争編
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23話 絶対止める

畦道を、靴底が湿った土を踏みしめるたび、ぬるりとした感触が伝わる。

私はゆっくりと歩いていた。頭の中は真っ白で、思考という思考が抜け落ちていた。


ただ一つ、どこからか紛れ込んだ言葉だけが、ぽつりと心の底に残っている。


――口先だけの偽善者。


それが私のことだというのなら、反論できない自分が悔しかった。


「おい、フィナ。ぼさっとすんな。」


不意に耳元で鋭い声が響き、肩が跳ねた。

振り返れば、私の肩に乗ったアストが、狐の金色の瞳を鋭く光らせている。


「あぁ……ごめん。急ぐよ。」


「そういうことじゃない!」


その声は、苛立ちと焦りが入り混じっていた。

アストの尻尾が大きく揺れ、私の頬をかすめる。


「さっきのダイルの言葉が響いたようだが、そんな場合じゃないんだ。思い出せ――ダイルはこう言ったろ?  ここはもうシャルムの土地だって。」


「……それが、何だって言うのさ。私は別に、どっちの国の仲間でもない。」


「そこじゃないんだよ!」


アストの声がさらに鋭くなる。

その瞳は、私の奥底にまで刃を突き立てるようだった。


「密入常習犯のダイルですら、この情報は知らなかったんだ。

つまり――切り替わったのは最近の可能性が高い。」


「最近……切り替わった? ……まさか……」


私の口から、乾いた息が漏れる。


「そのまさかだ。」


アストの尾がぴたりと止まり、耳が前を向く。

その表情には、軽口も皮肉もなかった。


「ここは――最前線だ。」


その瞬間。


遠く、森の奥から、空気を裂くような轟音が響いた。

爆発音。

遅れて、地面の奥から震動が足へと這い上がってくる。

鳥たちが木々から一斉に飛び立ち、黒い影となって空を覆った。


私の背中を、冷たいものが流れ落ちていく。

息を飲む間もなく、遠くでまた、重く低い衝撃音が響いた。


それは、戦争の足音だった。


「行かなきゃ……もしかしたら、そこに旅人がいるかも。」


胸が強く脈打つのを感じながら、私は爆発があった方へ駆け出した。

足元の土がぬかるみ、湿った葉が靴に貼りつく。息は浅く、でも止まる気はなかった。


「フィナ……」


後ろから、アストの低く落ち着いた声が追いかけてくる。


「何? アスト?」


「フィナは……何故、 殺すことはダメだと言うんだ?」


一瞬、足が止まりかけた。

でも振り返らず、前だけを見て答える。


「……ダメな理由は、分からない。だけど、私は私の信念を通すよ。

理由なんて、今はない。でも――きっと後からついてくる。」


風が、後ろから私の背を押すように吹き抜けた。

アストは少しだけ、鼻先を上げて笑う。


「……じゃあ、次にダイルと会うまでに見つけるんだな。」


その言葉に返事はしなかった。

ただ、私は全力で駆けた。


やがて――


鼻を刺す、焦げと鉄の匂い。

視界の先には、爆発の余韻を残す白い煙が立ちこめていた。

地面は抉れ、木々は根元からへし折られ、破片が無数に散らばっている。


「……っ」


足が、自然と遅くなった。

煙の奥に、もっと異質な光景が広がっていたからだ。


倒れている――兵士たち。

その数は数え切れない。

赤黒い血溜まりの上で、無造作に積み重なっている。


「……アスト。これ……」


喉の奥から、絞り出すように声が漏れる。

近づくと、その死体の中に、白い鎧を着た者が混じっていることに気づいた。


「白い鎧……こっちは、ザックス王朝側の兵士だ。」


「……何で……?」


焦げた金属の匂いが、肺の奥まで入り込み、吐き気を誘う。

さらに――目を逸らしたくなるほど鮮やかな切断面が、あちこちの死体に刻まれていた。

まるで一刀で斬り裂いたかのように、均一で、冷たい線。


私は喉を詰まらせる。


「……まさか……ダイルが……?」


声に出した瞬間、背筋が氷の刃でなぞられたように冷たくなった。

あの時と同じ――無音の斬撃の気配。


私は、呼吸を整える間もなく、腰の剣に手をかける。

柄の感触がやけに重く、掌に食い込む。


「……止めなきゃ。ダイルを止めなきゃ……」

吐き出した声は自分でも驚くほど震えていた。

「だって、こんなの絶対間違ってる。何がしたいんだ、ダイルは……!」


その時、肩にいたアストがふわりと飛び降り、私の前に立った。

小さな狐の姿なのに、その瞳は鋼のように固く、私の動きを封じる。


「フィナ……ダイルは、もしかすると――戦争を止めに来たのかもしれない。」


「じゃあ!」 胸の奥から怒鳴り声が迸る。

「何で殺すのよ!」


アストは、わずかに耳を伏せた。

「この状況……既視感があったんだ。私はこれと同じことをした奴を知っている。」


「……誰? その人って?」


アストは私の周りをゆっくりと一周し、くるりと回って正面に立つ。

白い尾が揺れ、その金色の瞳がまっすぐ私を刺す。


「それは……私だ。知っているだろう?」


一瞬、息が止まった。

「……魔人戦……」


「そうだ。あの時、私は戦争をしている国も、戦地も、全てを破壊した。

理由は一つ――戦争を止めるためだ。」


耳に響くその言葉は、静かに、けれど容赦なく私の胸を締めつける。


「……戦争は、当事者全てを殺せば終わる、ってこと? そんなの、できるわけない!」


アストの瞳がわずかに細くなる。

「この世界には……歪んだ思想を抱き、それを実現できる力を持ってしまった奴らがいる。

止める理由も、躊躇もなくなった者たちが。」


背後で風が、くすぶる煙を渦のように巻き上げる。

焦げた鉄と血の匂いが混じり、息をするたび肺がざらつく。


もし――ダイルが、本当にその「歪んだ力を持つ者」の一人なら……。


「……そんなことができるのって……」

喉がひきつり、言葉が刃物みたいに引っかかって出てこない。

「まさか……ダイルは……技極なの?」


一瞬の沈黙。

その沈黙自体が答えのようで、胸の奥がざわつく。

アストの金色の瞳が、かすかに揺れた。


「可能性は――高いな。」


心臓が一拍、強烈に跳ねた。喉がヒュッと鳴り、呼吸が浅くなる。

もしダイルが本当に技極なら――最低でも九席。つまり、私より確実に強い。

「……私、ダイルに……勝てるのかな。」


アストはすぐには答えなかった。ただ、静かに首を横に振る。

その仕草だけで、胸の奥に冷たい針が突き刺さる。


「ただ、場合によっては勝てる可能性もある。」

低く、鋭い声。

「それはダイルが 技極を殺してその座を得た場合だ。技極の更新条件は二つ。

ひとつはエリアノスがその存在を認めた時。もうひとつは――現役の座を殺し、奪った時。

後者ならば、不意打ちや偶然でも 勝利と見なされる。実力とは限らない。」


アストはそのまま再び私の肩に戻る。小さな足の重みが、妙に現実感を伴っていた。


「少なくとも、技極の一、二、三、六、七席は違う。この五人は顔を知っている。だが、それ以外なら……可能性は残る。」


私は深く息を吸った。

胸の奥で何かがはっきりした。


「……私、ずっと 旅人を探すことが旅の目的だと思ってました。でも違う。

本当は――旅人が見て、経験してきた世界を、私自身が知りたかったんです。」


言葉を吐くごとに、恐怖が燃えて変わっていく。

「だから、逃げません。もう……ダイルに人は殺させない!」


足に力を込める。

次の瞬間、全身から黒い魔力がぶわっと滲み出した。

それは煙のように形を変え、やがて筋繊維みたいに絡みつき、私の脚を締め上げていく。


ドクン、と脈打つ感覚。

力が、骨格にまで入り込む錯覚。


景色が一気に加速し、視界が線となって流れる。

足裏を踏みしめるたび、大地が爆ぜる。


「アスト…これは!?」


体から溢れる黒い水のような煙のようなものが溢れ出てくる。


「落ち着けフィナ!これはアルマフィエル特有の魔力だ、力の一部が昂った感情で解放されたんだ!」


私は目を瞑り黒い魔力に集中する。


そして……黒い魔力を鎧のように纏わせた。


言うならば―黒装―


私は叫びとともに走り出した。

黒い渦をまとった足が、戦乱の土を踏み荒らす。


今、私は確かに――戦乱の世に、己の足で踏み込んだのだ。


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