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神災フィナの黙示録  作者: 鳩ポ
第二章 戦争編
20/38

20話 悪夢

――あれは、数百年前のこと。

魔人戦争という大災厄の前輪が、世界の空をほんの僅かに焼き始めた頃だった。


私は、辺境にある名もなき小さな村で暮らしていた。

村の者たちの手伝いをしながら、ひと気のない裏手の小屋で、黙々と魔法理論の研究をしていた。


その頃の私は、《技極》第三席に在位していた。

第一席は亡人ガジュール、第二席は冥王アルベド。

彼らほど名を馳せてはおらずとも、私自身、 才にはある程度の自負があった。


だが――その自負こそが、すべての始まりだった。


あの日も、私は小屋の中で静かに文献を開き、魔素の循環について思考を巡らせていた。

すると、キィ……と、軋むような木の音が静寂を破った。


来客? この村で、私の小屋に足を運ぶ者など、いないはずだ。

直感的に背後に魔力を走らせ、即時に警戒状態へと切り替えた。


くるりと振り返る。

扉の隙間から、ひょっこりと、小さな顔が覗いていた。


――少女だった。


栗色の髪、曇りのない大きな瞳、少しだけ怯えたように、だが興味深げにこちらを覗き込むその姿に、私は無意識に肩の力を抜いていた。


あぁ、村の子か。迷い込んだか?


――思った瞬間に、私は負けていた。


その油断こそが、すべてだった。


なぜなら、 技極の刻印は、知性ある種族にのみ与えられる。

つまり、 知性を持たない魔物は、どれほど強かろうと、その座には登らない。


私はその常識に縛られていた。

――だから、目の前の 少女が、己の命を脅かすほどの人の皮を被った それだと、微塵も疑わなかったのだ。


あの時、私の中に一切の危険信号は鳴らなかった。


少女は、まるで天使のように微笑んでいた。


その声も仕草も、愛らしさも、すべてが完璧すぎた。


今思えば、それこそが最大の 異常だったのだ――


「――なぜなら、人間は完璧にはなれない。

だが、模倣する者は、最初から 完璧を目指して創られているからだ。」


それが 少女を見た最初の違和感だった。

けれど当時の私は、 ただの子どもだと思い込んだ。

それが、 あの惨劇のすべての始まりだった。


小さな手は冷たかった。

なのに、私はその手を優しく握り返した。

 この子を村へ届けてやらなければ

そう信じて、石畳の小道を歩いた。


――無言のまま、ただ歩く少女。


視線は前を向いたまま、決して喋らず、笑わず、泣かず。

それでも私の心はどこか安心していた。

 無害に見えるというだけの理由で。


村に着くと、私は村長の爺さんに声をかけた。


「おーい、爺さん。この子、村の外れで見つけたんだ。

誰の子か分からないし、一旦、保護してくれないか?」


老人はひどく首を傾げた。

白く濁った目が、少女を見ても焦点を結ばない。


「……はて……誰の子かのぉ……。

ワシ、この村で五十年暮らしておるが……この子、見たことないのぉ……。」


――おかしい。

この村は数十人規模の集落。顔ぶれは皆知れている。

そんな中で「知らない子供」が現れるなど、あるはずがない。


けれど私は、自分の中にある 疑いを抑えた。

抑えてしまった。


「まぁ、調べてみるよ。」

そう言った村長の顔は、少しだけ不安げだった。


私はその時、少女の目を見た。

――笑っていた。


にこりと、口角を上げて。

だが、感情が……なかった。


笑っているはずなのに、そこには喜びも、安堵も、いたずらっ子の悪戯心さえなかった。


私は本能的に、背筋が凍るのを感じた。

だが、その瞬間には――もう、すべてが終わっていた。


ドスン――


と、重く押しつぶされそうな音がした。

重たく、ぬるりとした、空気のひずみのような音。


気がつけば、少女の姿はなかった。

その場にあったのは、直径一メートルにも満たない、漆黒の球体――


まるで闇そのものが凝縮されたような、 存在してはならない塊。


見ている、そう感じた。

球体がこちらを観測しているのだと、本能で理解した。


次の瞬間――その黒い球が、爆ぜた。


音は、なかった。

だが空間が裂け、周囲が歪んだ。


家々が溶けるように倒壊し、地が裂け、空が黒く染まり――

そして村人たちが、ひび割れ、霧散していった。


わずか数秒。

ただそれだけで、村は 存在を失った。


全てがひび割れ崩壊する中、私は回復魔法で一命を取り留めたが、目の前の村長が崩れて行く姿が、今でも目に焼き付いている。



―――――――――――――



「――あれが私が最初に出会ったアルマフィエルだった。」


アストノストの声は淡々としていた。

だがキツネの体が、わずかに震えているのをフィナは見逃さなかった。


「あの時の私は、愚かだった。

知性がなければ刻まれない? 魔物に知性などない?

――違う。 知性を真似ることは、知性そのものだ。」


「なら私は、その失敗の延長線上に……」


フィナの声が震える。


アストは微笑した。優しく、けれど少しだけ寂しそうに。


「そうじゃない、フィナ。君は 模倣ではない。

君は、自ら選び取る存在だ。自分の道を決めることができるという、その一点で、君はすでに 新たな種族へと昇華している。」


「……じゃあ、そのアルマフィエルって……その後どうなったんですか?」


「――あぁ、今話そう。」


 


――――――――――――――




村が崩れ落ちたあと、瓦礫も建物も、すべてがただの灰色の大地になっていた。

空気は焼け焦げたように歪み、時間の流れすら止まったかのように静かだった。


だがその中心に、それは立っていた。


――アルマフィエル。


あの時、少女だったはずのその姿は、もはや原形を留めていなかった。


皮膚は紙のようにめくれ、人間、獣、昆虫、蛇、霧、そして光へと、次々と形を変えていく。

その変化には一切の躊躇も、葛藤もなかった。まるで、最初から定まった姿など持たなかったかのように。


不定形。

それが、アルマフィエルという存在の 本質だった。


ただの魔物ではない。

あれは、目的を持った災厄だ。


家畜の皮を被り農家に潜り込む。

美しい少女の姿で村に入り込む。

時には無機物、時には風そのものとなって……気づいた時にはもう、村は消えている。


アルマフィエルとは、 爆弾だ。

誰かに倒させるための 敵ではない。

気づいた時にはもう、終わっている。 完成した兵器なのだ。


私は、構えた。


目の前の それを破壊するために、私は魔術言語の構築を始めた。


当時、私はまだ技極三席だったが、魔術の体系においては、すでに他の追随を許していなかった。

私が「原初の魔法使い」と呼ばれるのは、そう、魔術言語の発明者だったからだ。


魔術言語――

それは、魔法を構築するための 言葉の呪式だ。


本来、魔法とは自然言語ではなく、対象・構文・因果を論理的に積み重ねて作る 演算だった。

それを誰にでも扱えるよう体系化したのが、私だ。


それでも、並の者が放てるのはせいぜい《基礎魔法》まで。

訓練を積めば《中位魔法》に達する者もいるが、そこから先は、 精神構造そのものが異なる。


私は、そこすら超えていた。


そう、魔術言語の省略構築。

キーワードや接続詞を省くことで、展開速度を上げ、威力と精度を保ったまま、魔法を即時発動可能にする――それが《上位魔法》「省略法」だった。


だが私はそのさらに上――


「全略」


魔術言語のすべてを省略し、意識した瞬間に、魔法が発動する。

言語すら用いず、思考そのものを 詠唱とする究極の魔術形態。


それは私のみが辿り着いた、魔術の頂点。

唯一、技極一席に一歩近づけた証。


私は、息を吸った。

目の前のアルマフィエルが、こちらに気づいた瞬間を狙って。


 


《全略・雷柱》


 


次の瞬間――大地が爆ぜた。


天空から落ちたのは、一条の 光の柱。


音がない。

ただ、空間が裂け、真下のすべてを消し去った。


雷光が地を撃ち、反響と衝撃が大地を揺らした。

その中心にいたアルマフィエルの姿は、視界から消滅していた。


「……発動まで0秒。詠唱なし、回避不可能。」


魔術の全略。

それを受けた者に、選択肢など存在しない。


すべては、終わった。


――いや。終わったと思った。


否、私の戦いは、今、始まったのだ。


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