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神災フィナの黙示録  作者: 鳩ポ
第二章 戦争編
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19話 アルマフィエル

2匹目のハングバッドが翼をたたみ、鋭く迫る。


私は自然に身体を半身にし、

宙に流れる黒の魔力を、まるで自分の四肢の一部のように感じ取っていた。


さっきのように無理やり集中しなくても、

力が そこにある感覚――まるで幼いころから馴染んできた、得物のように。


いける――!


胸の奥に、確かな自信と熱が宿った。


私は空中で軌道を変え、ハングバッドの突進に真正面から指を向ける。


「――黒点ブラックノード


もう迷いも、恐れもなかった。

闇の粒が指先から瞬き、次の瞬間には敵の腹部にぽっかりと空いた穴を残していた。


魔物は音もなく墜ちていく。


――2匹、撃破。


背筋をすっと伸ばす。黒い魔力の流れが、まるで風のように身体を包む。


「アスト……これが、私の力。アルマフィエルの力も使って……私って、今結構強いよね?」


肩の上のキツネは、鼻先をくいっと私の頬に寄せた後、言った。


「そうだな……1%くらいは強くなったんじゃないか?」


「……は? い、いっパーセント?」


思わず振り返って叫ぶ私に、アストは耳をぴくつかせ、どこか呆れたように返す。


「あぁ。お前がいま解放したのは、アルマフィエルの力のだいたい1%だ。」


「ちょ、ちょっと待ってよ!? あの黒点とかさ、魔力の旋回とかさ、めちゃくちゃ強かったよ!? それで1%!?」


「あのな。お前、谷を崩壊させた時の力を覚えてるか?」


「ええ……もちろん。」


胸の奥に残る、あの圧倒的な暴力性の記憶。無限の奔流。己さえ飲み込む恐怖。


「その時で、大体……50%くらいだ。」


私は思わず言葉を失った。


あれで、半分……?


じゃあ――その全容たるや。


「……あの力でさえ、技極第十席だったんだよね?」


「そうだ。」


アストは珍しく、真面目な声色だった。


「フィナ。アルマフィエルという存在の恐ろしさを、まだお前は知らない。そして――」


「アストノストってどれだけ強いんだよ……」


ぽつりと、私の口から零れた本音。


だって、そうじゃない?


あの力でたった十席――じゃあ、その上にはいったい何人の、何層もの強者がいるっていうの。


「その問いの答えは、旅の先にある。」


アストの声が静かに響く。

そして私は、ふと空を見上げた。


ハングバッドが飛び去り、空は再び青さを取り戻しつつあった。


けれど、私の中に残る 問いは、今ようやく旅の本当の始まりを告げていた。


どれだけ強くなれるのか

どこまで辿り着けるのか

私が――何者なのか


「――次。3匹目っ!」


鋭い視線を木々の間へ走らせる。

私は両膝に力を入れ、枝の上に身を沈め、周囲を警戒する。けれど、ハングバッドの最後の一匹の気配がどこにもない。


「……いない?」


思わずぽつりと漏れる声。


高所から見下ろしても、羽ばたく気配も、音波の唸りもなかった。

奇妙な静寂が訪れている。


すると、木々の下から野太い声が響いた。


「おーいフィ!助けてくれて助かる、出発するから早く戻れ!」


声の主は、ダイル。


私は即座に疑問を抱いた。


……待って、まだ3匹目が――


その時、視界の隅に 違和感が映る。


馬車の横。ダイルのすぐ傍。

そこには、真っ二つに裂けたハングバッドの骸が落ちていた。


喉元から腹部にかけて一直線に断ち切られた傷口。

まるで 刀身のような何かで、完璧に仕留められたかのようだった。


――それは、私の技でも、アストの仕業でもない。

……まさか、ダイルが?


疑念が渦を巻く。


私は表情を整え、跳躍して馬車に戻った。

再び固い木箱に腰をおろすと、全身の疲労がどっと押し寄せてきた。


「いやぁすげぇな、ハングバッドを瞬殺だなんて。あんた、冒険者ランクいくつだ?」


ダイルがいつもの調子で話しかけてくる。

だが私は彼の言葉の裏を読み取ろうと、自然と目を細めていた。


「でも……3匹目、あれって……ダイルが倒したんじゃ……」


小さく呟いた声に、彼は肩をすくめ、まるで冗談のように笑ってみせた。


「俺が? 倒せるわけねーだろ、ただの商人だぞ? 鍋より重いもんなんて持ったこともねぇしな。」


――嘘だ。


私の視線は、彼の腰のベルトに自然と向いた。

そこには、無造作に結ばれた布袋。そして、そのわずかな隙間から――


さやのような金属の反射が、一瞬だけ光を弾いた。


言おうとして、言えなかった。

考えが喉で渦巻き、結局私は視線を逸らして俯いた。


すると――ダイルがくるりと振り向き、無造作に私の肩を叩く。


「たまたま一回で2匹倒したんだろ? それって逆にスゲェじゃねぇか。自信持ちな。」


笑顔は相変わらずだった。

けれど、その瞳の奥はまるで―― 試すような光が宿っていた。


「……ありがとう、ございます。」


私はとりあえずそう答えておいたが、脳裏からハングバッドの死体と、ダイルの笑みが消えることはなかった。


ガタンと馬車が揺れる。

再び進み出した車輪の音に包まれながら、私は新たな疑念と興味を胸に旅路を続けるのだった。



――数日後。


旅は穏やかに続いていた。

時折揺れる馬車の中、乾いた木の車輪が土を撫でる音がリズムになって、眠気を誘う。


ガタガタ、コトコト。

そんな音の中で、私はふと、気になっていたことを口にした。


「アスト……さっき、アルマフィエルと 戦ったことがあるって言ってたよね?」


木箱の上、私の肩に乗ったアストに、小声で問いかけた。

すぐ隣ではダイルが操縦席に腰掛けていたため、聞かれぬよう、唇だけで話すようにそっと。


アストはしばらく沈黙していたが、やがてぽつりと答えた。


「……フィナは、アルマフィエルの姿を 見たことがないのか。」


「うん。声だけ……意識の中で何かが囁くように。あの谷で力を感じたときも、 姿らしいものは見えなかった。あんなに強かった魔物が、なんで人間の形をしてたのかも分からなくて。」


アストは私の肩で脚を組み、重く頷くように言った。


「ならば、語ろう――私がアルマフィエルと対峙した時の話を。」


私は息を止めた。

思わず背筋が伸びる。



「……アルマフィエルは、 不定形の魔物だ。」


アストの声は、森の中の枯れ葉のように、静かに、しかし確実に心の深部へ降り積もった。


「厳密に言えば、 姿を選び取ることができる種だ。必要とあらば神々しい美の化身に、またある時は獣のような野蛮な肉塊に、さらにはただの煙や声だけの存在にもなれる。」


私は無意識に自分の手を見つめていた。

確かに血が通っている。熱も、鼓動もある。

だけど――その正体が 模倣だったとしたら?


「この……私の姿も、人間を真似ただけの 殻なの?」


アストは少し視線を逸らすようにしてから、小さく頷いた。


「理論上は、そうなるな。

そもそも アルマフィエルという種族自体が、 自然発生した存在ではない。」


「……え?」


「魔人戦争の時代――混沌の数千年の中で、かつて 人工的に作られた存在だ。

生物兵器としてな。

様々な知性体――獣人、精霊、悪魔、人間までもが継ぎ接ぎにされ、魔導と禁忌の交配で錬成された、混成型の戦闘種族、と国は言っていたが、真相はわからん。」


「………………。」


言葉が喉に詰まった。


「戦争が終わった後、ほとんどは処分された。だが、何体かは逃げ延び、潜伏した。

その一体――おそらく君の 先祖に当たる存在が、オルトゥスの森に紛れ、人間に擬態し……そのまま、 人間として繁殖した。」


「……じゃあ、私の家族も、全員……」


「十中八九、アルマフィエルの血を引いている。

だが、気に病むことはない。君が誰かを襲ったわけでもない。君の中にあるのは、 過去に他者が背負った罪にすぎない。」


だけど――


それを 受け継いでしまった自分は、一体どこまで 人間と呼べるんだろう。

あの日まで、何の疑問も持たずにいた。

温かな家、笑顔、いつもの食卓。

だけど、あれも 模倣された平穏だったのだとしたら?


そんな疑念が、喉元までせり上がる。


だが、アストが淡々と続ける。


「――以上が、事前知識だ。

今から語るのは、 数千年前に私が戦った、あの忌まわしいアルマフィエルとの 邂逅の記憶だ。」


私は、唇を結んだ。


目を逸らさないように、自分の指先を強く握った。


 知ることが怖いのは、本当の自分が、もう手の届かないところにあると分かるからだ。

だけど――それでも私は、知りたい。


私は誰で、どこから来たのか。

何のために、この旅を始めたのか。


「……聞かせて。アスト。」


私の言葉に、アストが静かに頷いた。

それはまるで、封印された記憶の蓋を開くような――そんな音だった。


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