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神災フィナの黙示録  作者: 鳩ポ
第一章 旅の始まり編
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12話 神災 フィナ・ステラ・ノクス

そしてその背後で、飛竜が地を揺らしながら、その巨体を天へと持ち上げた。

 複雑に絡む岩の尾根すら砕くように翼を広げ、鋭利な爪が地面に深く突き刺さる。

 咆哮。

 空間そのものが割れたかのような重低音が大地を震わせ、鼓膜を貫く。

 風が奔流となって叩きつけられ、私の体は一歩、後ろへ弾かれた。

 それでも、私は叫んだ。

 「ニアァァァァア!!!!」

 感情が爆発した。混乱も、怒りも、哀しみも、全て。その名を呼ぶ声に変わった。

 そしてそのまま、私は地を蹴った。

 「飛竜は私じゃないよー」

 ニアの声が、酷く軽く、酷く遠く聞こえた。

 騙された? 裏切られた?

 何も分からない。今は考える暇もない。今はただ、目の前の死に集中する。

 私は腰のナイフに手をかける。その刃が鞘から抜ける瞬間、血のような色の魔力が軌跡を描いた。

 そして私は飛竜の正面へ、疾風のごとく突っ込む。

 それを待っていたかのように、飛竜が巨体をぐるりと回す。その尾が、嵐のような音を立てて私に迫る。

 ―――幻影―――

 肉眼では捉えきれない速度で体を逸らし、わずかに残像を残す。

 避けた先に、別の死があった。飛竜の顔。その巨大な眼が、明確に私を捉えていた。

 炎――!

 口腔が光を帯びる。次は、焼かれる。体が炭になる。

 ―――再び幻影―――

 二重に残像を散らし、炎が地面を溶かしながら突き進む場所から岩陰に身を潜める。

 肺が焼けそうだ。鼓動がうるさい。



 「ニア…私はこれ以上、どうすればいいっていうの……」

 心の奥底で問いかける。これが本気じゃないというのなら、じゃあ、私は何を隠してるというの?

 でも、分かる。何かが――おかしい。

 飛竜の皮膚の弱い場所、目の動き、尻尾の振るタイミング、ブレスの発動に必要な呼吸の吸い込み。

 どれもこれも、説明できないのに、体が知っている。炎の軌道すら――避ける前から見えている。

 「初めて戦う相手なのに……」

 私の中にいる何かが、この飛竜を、まるで旧知のように理解していた。

 ――この力は何? 私はもう震えていない。理解できない恐怖の正体と、それでも立ち向かう自分の意思。どちらも確かに、私の中にある。

 私は、ナイフを握り直した。ここで死ぬわけにはいかない。

 昂った感情が心臓を速く打たせ、血流を加速させる。

 ――幻影・二連――

 残像が左右に走り、本体は死角へと滑り込む。

 足場の岩盤を踏み砕く勢いで跳び、龍の横頸部へと滑り込んだ。

 視線の先にあったのは、唯一の弱点――首を動かすために装甲がわずかに薄くなった部分。深紅の肌がのぞいていた。

 私はそこに、ナイフを突き立てる。全体重を刃に預けて。

 ――しかし。

 甲高い音が空気を裂いた。刃が、食い込まず、逆に反発を受けて弾かれる。

 瞬間…ナイフの刃が根元から折れていた。

 「う、そ……」

 声にならない絶望が口からこぼれた刹那、飛竜が動いた。

 巨大な前肢が一閃。避ける間もなかった。

 私の腹部に衝撃が走る。鈍く、重く、砕けるような痛み。

 肋骨が音を立てて折れる。肺が一気に潰され、口から熱い液体が吹き出た。

 気づけば、私は空を飛んでいた。違う。谷の岩肌へ向かって、落ちていた。

 衝突音が骨を伝い、全身に響く。

 背骨が、折れたかもしれない。

 目を開けても、世界は滲み、遠ざかっていく。

 意識が深い奈落へと落ちていくその最中、ふと、知らない声が聞こえた気がした。

 

 

 「フィナちゃん……?」

 その声は、谷を吹き抜ける風の中に掻き消えそうなほど、か細く揺れていた。

 激しい戦闘の音は消え、谷には沈黙だけが残る。

 崖の上、ニアは一歩、フィナが叩きつけられた岩の縁に歩み寄る。

 その顔には、感情的な焦りはなかった。代わりに浮かんでいたのは、計画の破綻に対する冷たい苛立ちと、後悔。

 「最初は順調だったのに……装備の耐久まで読み切れなかったわね」

 囁くように言葉をこぼす。

 フィナは目覚めかけていた。幻影の再現、反射神経の強化、未知の直感――その全てが、あと一歩で核心に触れるところだった。S級飛竜は、あまりに早すぎた。

 ニアの手には、微かな光の残滓が揺らめいていた。幻影の軌道、そして、フィナの「潜伏」の魔力波長。これだけは、間近で観測できた。

 だが、今はそのフィナの特異性が、生死の確認を阻む。

 どれだけ近づいても、魔力の感知ができない。気配を自分の中に閉じ込める、完全遮断。

 「……返事くらい、してよ」

 その声は怒りではない。呆然とした、悔い。

 崖の下は、黒い岩の連なりと、細かい魔力の残滓だけが漂っている。

 「失敗、か」

 ぼそりと零したその言葉には、無理やり納得しようとする冷たさがあった。

 ニアは呆然と立ち尽くした。

 「もっと順序を踏むべきだった。協会に報告しなきゃ……任務失敗……」

 ニアは、フラリと立ち上がり、立ち去ろうと種子を返す。




 その時――世界が、沈黙した。




 風が止まった。谷が息を潜めた。




 飛竜でさえも、咆哮を呑み込み、動きを止めた。




 空気が裂けるのではない。空間そのものが、貫かれた。




 太い、黒鉄の杭のような圧。重さ、質量、存在。そのどれもが、理解を拒絶する。




 それはまだ姿を見せていない。それでも、あらゆる命が頭を垂れ、膝を折り、逃げ出す前に心を砕かれる――そんな王の気配が、地の底から突き上げるように溢れ出した。




 「……ッ……」

 喉がひゅっと鳴った。咄嗟に防御魔法を構築しようとした指が震え、詠唱の言葉が口から出ない。

 飛竜とは比にならない。次元違い。

 ただの存在感が、世界の物理法則を圧倒している。

 「……嘘でしょ……」

 ――フィナの気配だ。

 その理解が思考に届いた瞬間、ニアの背筋に、氷のような何かが這い上がった。

 谷底から――何かが這い上がってくる気配がした。泥のように、闇のように。

 死の中から、それでも立ち上がる意志が、今この瞬間、現実を歪めていた。

 「やっと本気を出してくれたのね…」

 喜びとも、恐怖ともつかぬその呟き。

 頭では逃げろと叫んでいるのに、目を逸らせない。

 谷が、黒く染まる。魔力だ。

 生態系の最上位に君臨するはずの飛竜を、上から抑え込むほどの、狂気の奔流。



 そして――それが、姿を現した。

 風も、空気も、光さえも捻じ曲げる。

 そこに立つは、かつてフィナと呼ばれた何か。

 ボロボロだったはずの体には、ひと筋の血すら流れていない。

 その表情は、虚ろに、冷徹に。敵意すら抱いていないかのように――不定形の神性を纏って、ゆっくりと歩を進めた。

 そして、次の瞬間だった。

 爆音も、接触も、攻撃もなかった。

 ただの魔力の揺れだけで――飛竜の左翼が弾け飛んだ。

 ドンという重低音が、大地を通してニアの骨を揺らす。

 フィナが、指一本、ゆらりと動かした瞬間――

 空気が破裂した。衝撃波ではない、圧。それだけで、飛竜の全身の鱗が剥がれ、皮膚が裂け、骨が見えた。

 無言で破壊されていく。神話の災厄が現実となったように、ただ、そこに存在するだけで破壊が起きている。

 飛竜が咆哮を上げる。最後の抵抗。だが遅い。

 フィナの足元に、淡い紫光が集まる。幻影が十重に重なり、視界を塗りつぶす。

 飛竜が見上げる――

 フィナが、いつの間にかその顔の前に立っていた。

 目と目が合う。飛竜の中に走る、理解という名の絶望。

 そして次の瞬間――

 飛竜の首が、吹き飛んだ。

 魔力の奔流が圧縮され、指先一つの動作で爆縮し、その結果、飛竜の肉体は――空間ごと砕けた。

 落ちる肉片。赤黒い血。骨の残骸。

 その手に握られていたのは、飛竜の、生首。

 まるで枯れ枝でも放るように、フィナによって――ニアの足元へと投げ捨てられた。

 ぐしゃ。鈍く湿った音が、静寂に響いた。

 「……フィナ……ちゃ……ん……?」

 声が震える。この胸の底から突き上げるような衝動、理解不能な恐怖、そして何より――目を逸らせない畏敬の色があった。



 フィナは、ゆっくりと顔を上げた。

 黒い魔力が、瞳の色さえ喰らっている。

 「……怯んじゃダメ…」

 ニアは己に言い聞かせた。

 震える手で、親指と人差し指を丸く合わせる。視界の中心に、フィナを捕らえた。

 「構築のことわりを解き明かし、秘められし因果をつづれ。全象をぜろから読み解く——『鑑定』!」

 紫光が弾けるように瞳の奥に宿る。魔法回路が展開され、対象の情報が無理やり解析されていく。

《フィナ・ステラ・ノクス》

《属性:無し》

《既知魔法:照会不可》

《最高討伐実績:ケルベロス(1/3)/ランク評価:SSS》

《備考:出生地/オルトゥスの森、種族/アルマフィエル、ギルド照会不可》


 アルマフィエル――

 息を呑む。喉が痛い。

 脳が理解を拒む。それでも見えた。

 あの、四大魔獣の一角――魔人戦争期、禁忌指定。生きていること自体が災害と評された、忌まわしき存在。

 「はぁぁ…」

 フィナは、ヒトではない。

崩壊と終焉

 そのとき――世界が、弾けた。


 地面が鳴る。谷全体の空気が裂け、圧縮され、悲鳴を上げた。

 フィナの周囲に、肉眼では捉えきれないほどの魔力粒子が旋回している。

 「ッ……やば……!!」

 ニアの足元が爆発したように抉れ、反射的に跳んだその瞬間――世界が、終わった。

 ――黒い閃光。

 フィナの指が、小さく動いた。ただそれだけで。

 谷全体が崩壊した。

 音もなく。ただ、重力と空間ごと、吸い込まれるように。

 空も、大地も、秩序も、法則も――すべてがフィナという名の存在の副産物として壊れた。

 ニアが気づいたとき、彼女は空中に浮かされていた。下を見る。

 谷が――ない。

 大地ごと削除されたかのように、ぽっかりと虚無が穿たれている。

 「……ない……私の、脚が……」

 視線を落とす。脇から下、完全に――無い。

 再生不能、蘇生不可能、死の確定。

 「情報を…少しでも……」

 まだ焼け焦げた指先に魔力を込める。意識は既に薄い。

 魔導回路の一点だけが、青白く脈動していた

 「隔たる壁を溶かし、魂の鼓動を重ねよ。言葉を超え、想いは真実へと至る——『意思伝達』。」


 脳裏に記録されたすべての視覚・聴覚・魔力感知を強制的に圧縮し、遠く離れた受信者へと一方通行で送信する。

 「……伝わった……かなぁ……」

 空に手を伸ばした。血が心臓から離れていくのを感じる。

 最後の言葉を飲み込むようにして、唇を震わせる。

 「……先に、行くわね……私の失敗を、必ず完遂させなさいよ」

 それが遺言。それが呪い。

 そうしてニアは、任務を果たしながら、静かに落下していく。




 しかし、その真下、暴走の爆心地では――別の物語が始まろうとしていた。

 技極の十席――更新。

 世界規模の座標更新が、この世界で最も強さに近い数値の改定を告げる。

 変動にさせたのは。《第九席・神録のエリアノス》。

 因果すら見抜き、未来と過去の断片を接続する彼女の神眼に、映った。

 ――《災厄》そのものとして目覚めるあの少女の姿。

 エリアノスは確信を持って、十席の書き換えを完了させた。

技極の十席(最新版)

一席:原初のアストノスト

二席:亡人ガジュール

三席:冥王アルベド

四席:剣士グレン

五席:軍神マルク

六席:魔人ハルハダンデ

七席:魔人リリスダンデ

八席:獣神ガルーロ

九席:神録のエリアノス

十席:神災フィナ

第一章「旅の始まり編」――完。


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