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神災フィナの黙示録  作者: 鳩ポ
第一章 旅の始まり編
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10話 討伐任務


 ――数日後。エルデナの冒険者ギルド。

 朝のざわつきがまだ残る広いホール、その片隅で私はソーセージを咥えていた。グルグル巻かれたそれは、妙にスパイスが効いてて、食べると舌がぴりぴりと痺れる。

 「今日はね、フィナちゃんが今後一人で旅していくために」

 ニアが向かいからにこにこと笑いながら言った。

 「まずは依頼を受けて、お金を稼ぐところからやってみましょう!」

 ……もぐもぐ。

 私は、ふむふむと頷くと、ソーセージを一気に飲み込んだ。

 「ふぃっ、ふぇれふ…(つまり、実戦ってことだね)」

 「そうそう。フィナちゃんにはねぇ、ちょっと実践経験が足りないと思うのよ」

 ニアはスプーンでテーブルをコンコンと叩いた。

 「だから、今日はBランクの魔物を狩りに行こうと思うの。掲示板に貼ってある中から好きなのを一つ、持ってきていいわ」

 Bランク。

 私はひとつ息を吐いて立ち上がった。

 掲示板へと向かう途中、ふと――視線の奥で、ニアが何かを思案する気配を感じた。



 ギルドの隅、窓際の席。外の光に背を向け、ニアは静かに顎に手を添える。

 ここまでは、作戦通り。少し仲間になる過程が強引過ぎたかとも思ったが……まぁ、この単純さには助けられた。

 笑顔は絶やさない。けれど心の奥では冷静に、冷徹に思考を巡らせている。このまま少しずつ、彼女の中に居場所を作っていく。依存させ、道を示し、そして真実を一つずつ奪っていく。

 イシュタール協会。彼女の任務は、そこから託されたものだった。

 ……にしても、あの娘が観測対象だなんて。

 目の前の少女を思い出す。くるくると表情を変える、何の変哲もない普通の子。

 ただの田舎娘。それ以上でも、以下でもないはず。

 問題は、一つだけ。

 ――冒険者手帳の強制ロック。

 もし本当に、彼女自身がやったとすれば――何かが、隠されている。それは才能か、力か、それとも――存在そのものを覆い隠すための、無意識の封印か。

 絶対に暴き出してやるわ。フィナの本性を。

 彼女はただの駒ではない。もしかしたら、最終兵器になりうる可能性すらある。

 どちらにせよ――手綱は、私が握っている。



 「とってきたよー!」

 掲示板の前から戻ってきた私は、手にした依頼書を高く掲げた。

 そこには、茶色くくすんだ巨大な虫のような生物のシルエットが描かれている。

 『B級討伐依頼――サンドワーム 小型個体』

 「ふーん……またずいぶん攻めたわね、フィナちゃん」

 「そう、でもこれは小型って書いてあるし。いけるかなって」

 「早速行くわよ」

 ニアはそう言って立ち上がると、防塵加工のローブ、地属性の魔法耐性を上げるアクセ、そして虫除け香を並べ始めた。



 ――そして、郊外、国境を越えた乾いた荒地。

 今、私は全力で逃げている。

 「フィナちゃん!よく見て!パターンを覚えなきゃダメ!」

 背後からニアの声が飛ぶが、答えられない。足音を立てるのすら恐ろしくて、ただ必死に走る。

 奴は地下を移動する。

 うねる巨大な芋虫のような体、乾いた粘液で覆われた皮膚。時折、地面から顔を出すそれは、私の足元をかすめて土を盛大に巻き上げた。

 そして――

 「ヒィッ……」

 ――それは目の前に飛び出した。

 地面を突き破り、巨体を揺らして起き上がったその瞬間、私はついに叫んだ。

 「ギャァァアーーー!!」

 ギザギザした歯、何層にも連なる顎の中にうごめく無数の触手。滴る粘液と、辺りに充満する臭気。

 こいつ……気持ち悪過ぎる。

 「キモい!!ムリムリムリムリムリィィ!!」

 逃げる、というより精神が逃げていた。理屈じゃない。生理的に無理。

 私は叫びながら、その場で無様に転んだ。

 地面から伸びた触手のようなものが、私の足首を絡めとった。

 「ひっ……いやああああ!!」

 泣き叫ぶ寸前、何かが風を裂いた。

 「フィナ、伏せて!」

 斬撃の音が響き、ワームの触手が切断された。

 ニアが目の前に立っていた。いつもの軽い笑みを浮かべながら、手には煙を纏った双刃の鎌。

 「フィナちゃん! ちゃんと本気で戦ってよ? 君の実力が見たいんだからさ」

 私は四つん這いのまま顔を上げる。額から滴る汗と土の感触。

 「そんな事言われても……」

 溜息まじりに呟き、視線を落とした。サンドワームは倒したはずなのに、体の奥底を圧迫するような緊張が、消えない。

 「……ねぇ、ニアさん。サンドワームって、一体だけじゃないんですか?」

 私の問いに、ニアは肩をすくめて言った。

 「なに言ってるの。ここは奴らの生息地よ? 一体だけなんて、そんな都合のいいこと、あるわけないでしょ?」

 その瞬間、地面が震えた。手をついていた土が波を打ち、細かく砕けた砂粒が掌を刺す。

 「……さ、先に言ってくれぇえええええええ!!!」



 叫ぶ間にも、震動は増幅し、大地が裂ける。私は目を見開いた。

 しかし、その巨大な影が飛び出すよりも早く、私は体を翻していた。

 ただの直感ではない。完全に見えたのだ。

 土を破って現れる牙、巻き上がる砂煙。その全てが――一瞬先の未来として、私の脳内に再生された。

 意識の外側で何かが働いていた。体が敵の動きを読んで回避していた。それは反射ではなく、確信だった。

 「へぇ……」

 背後から聞こえたのは、ニアの小さな声だった。

 その声は、初めて私をただの人として見ていなかった。

 「今の、偶然じゃないよね?」

 私の肩越しに視線を向けた彼女の瞳は、好奇心と驚愕と、ほんの僅かな――警戒に変わっていた。

 だが彼女の言葉は続かなかった。

 ドォン、と。二体目のサンドワームが地面を突き破る。今度は逃げ場も、余裕もない距離。

 土煙が空を覆う中、私はナイフを引き抜いた。

 恐怖を上回る、言葉にできない衝動が胸を突き動かす。脈打つ鼓動とともに、体の奥から湧き上がる何かが、私を前へ押し出していた。

 「ニア! 今なら……できる気がするわ!」

 踏み出した足は迷いなく、土を蹴って加速する。視界の先、サンドワームがうねる体躯をくねらせ、触手を伸ばす。

 その瞬間、私の周囲に四方から襲いかかるように触手が迫ってきた。

 ――幻影。

 息をする間もなく、私は魔法を放っていた。その場に一瞬だけ私の姿を残し、実体は軌道をずらして側面へと飛ぶ。

 そして――もう一つの技。

 《潜伏》。

 外界への存在感を限界まで希薄にするその状態は、常時発動している、自分でもやり方はわからない。

 《幻影》によって残った偽像ヴィジョンと、実体オリジナルが一瞬にして二人存在する錯覚。そして《潜伏》によって、気配も、音も、匂いも、全てが完全に消滅する。

 触手は当然のように残像に向かって殺到し、私はそこをすり抜け、跳ね上がったサンドワームの横腹にナイフを突き立てる。

 砂の皮膚を刺した瞬間、迷いなくその急所を引き裂いた。

 くるり、と体を捻って背後に跳ね退きながら、私は残心の姿勢を取る。

 数秒遅れて、サンドワームの巨躯が砂上に崩れ落ちた。戦いの終焉を告げる音が辺りに響いた。



 …その一部始終を、私はずっと見ていた。

 やっぱり、フィナ。アイツは――異常だ。

 軽く砂を払って立ち上がりながら、ニアはゆっくりと呼吸を整える。

 《幻影》と《潜伏》。どちらも詠唱をしていなかった。さらに熟練度も桁違い。《潜伏》――魔力の波長も、気配も、すべてが自然に霧散していた。まるで、元からこの世界に存在していないかのように。

 そして、あのナイフの軌道。サンドワームの体表に、斜めに走る深く鋭い切創。

 迷いがなかった。初見であの一撃を決めるなど、経験がなければ不可能。フィナは明らかにあの個体の構造を最初から知っていた。

 けれど、彼女はこう言う。

 「ニア〜私でも倒せたわー!」

 両手を振って、のんきな声で笑いながら、こちらに駆け寄ってくる。その姿は無垢で、飾り気もない。

 だが――私はもう、その仮面に騙されない。

 不自然なまでに整った魔法の扱い、不可解なまでに正確な急所への攻撃。そして、手帳の情報ロック。

 イシュタール協会が動いた理由が、やっと分かってきた気がする。この女は、何かを思い出していないだけなのだ。本来の力、本来の役割、本来の……正体。それを彼女自身が知らない、あるいは無意識に封じている。

 「……次はもう少し強いやつ、いこっか。フィナちゃん?」

 そう告げるニアの声色に、優しさではなく、獲物を追い詰めるような鋭さが混じっていた。

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