98話 絶望!眼鏡剣士の止まらぬ排出!!
眼鏡剣士君の剣撃を短杖で防ぐ。さらに側面から美人剣士ちゃんが切り込み、俺は素早くバックステップで間合いをとった。反撃としてデバフの魔術文字を描くも地味顔魔術師君が即座にレジスト。三人は隙間のない連携で反撃すら封じていた。
状況はひどく聞こえるが、俺自身は未だに一撃も貰っておらず余裕すらあった。デバフもまだ様子見程度でしか出していない。むしろ経過するほどに攻撃が読めるようになり有利になって行く。
「腐ってもS級か。ならばレイク!」
「準備はできています」
美人剣士が下がり、地味顔魔術師君より攻撃魔術が放たれる。
得意な属性は土系統のようだ。人の頭部ほどもある岩が俺を狙って飛ぶ。だが、予測と精度が足りない。遺跡の壁で身を隠しながら逃げてしまえばほぼ当たらない攻撃。なにより視線で攻撃位置が丸わかりだ。
「なんて速さ、それになぜ着弾地点を読まれているんだ」
「私が追い込みます。レイクは援護を」
美人剣士ちゃんが下段の構えで俺に向かって駆ける。
速い。スピード系か。フェリスにあれがそうだぞと見せてやりたいくらいだ。
間合いに入った彼女は、俺が身を隠していた遺跡の壁をバラバラに切断、さらに後方に下がる俺に追随し、剣を振るう。短杖で剣をいなしつつすれ違いざまに彼女の香りを嗅いだ。若干汗臭いけどそれがいい。
「このド変態が! 匂いを嗅ぐな!」
彼女は振り返りざまに横薙ぎに一閃した。が、目の前に誰もいないことに気が付くと、彼女は目を大きく見開く。
「すーはー、すーはー」
「ひっ!? 後ろ!?」
背後にいる俺を警戒し、彼女は攻撃ではなく距離を取ることを選択した。
剣を構える美人剣士ちゃんは冷や汗を流した。
「二度も背後をとられるなんて。素直に驚嘆するわ。あなた本当に付与士? 私、これでも名のある騎士の娘なのよ?」
「ただの付与士だよ。S級の超一流とつくけどさ。挑まれた以上、それなりに反撃するけど覚悟はできているよね? できてなくてもやるけどさ」
「やれるものなら、やってみなさいよ!」
彼女が間合いを詰めるよりも早く、俺が肉薄しその身に魔術文字を書く。
付与したのは『滑り』のデバフ。通常はぬめる程度のデバフだが、直書きしたことで彼女の全身は摩擦が低減しぬるぬるになっていた。
「きゃ!? なんで、足が滑る!?」
つるんと滑って美人剣士ちゃんは尻餅をつく。さらにその手から剣がすぽんと飛び出し、拾い上げることすら困難となっていた。そして、さらにさらに、四つん這いとなった彼女はズボンすら脱げ始め、パンツがあらわとなる。
「いや、見ないで! 嘘、勝手にずり落ちる!?」
身体を支えるだけで精一杯となった彼女は、なすがままにパンツを披露する。
戦闘直後ということもあり布地は僅かに湿り気を帯びていた。俺は真顔で残り二人を警戒しつつ、じっくり見られる位置へと下がった。
「やはり彼女だけでは倒しきれなかったか」
「ラナッタ、今助ける! ストーンバレット!」
眼鏡剣士君が再び走り出し、地味顔魔術師君もまた攻撃魔術を放つ。
岩は美人剣士ちゃんを守るように俺との間に着弾。さらに土煙を突き破り、眼鏡剣士君が肉薄する。急所を狙った斬撃を躱しつつ、延脚で一気に距離を取り、魔術文字を瞬時に四つ描く。
「え、えぇ!? 四つ!? 無理だ、僕の腕じゃあレジストしきれ、ない」
彼は二つのデバフをレジストして見せた。だったら四つはどうかなと放ってみたのだが、予想通り処理しきれずデバフを受けてくれた。普通の魔術師は付与士を相手にした防御戦になれていない。あるいはと考えたが当たってくれて安心した。
ちなみに彼に付与したデバフは『嘔吐』だ。
「おげぇえええ!?」
びしゃびしゃと吐瀉物がまき散らされる。もはや戦闘どころではない彼は、地面に伏し吐き続けていた。みるみる臭い水たまりが広がる。
「ちっ、レイクもやられたか。しかし、なんて下劣でおぞましい付与だ。そんなものを平然と使える精神性を疑う。恥を知れ」
「そこまで言うことないと思うけどね。俺が品が無いってのは認めるけど。で、これからどうする? 仲間を二人行動不能にされたけど?」
「ふん、それで有利になったつもりか? ここまではただの準備運動だ。むしろ二人が消えてくれて好都合。俺の魔術は強すぎて巻き込みかねないからな」
眼鏡剣士君が剣を構え、詠唱を始める。
術が発動すると剣身に炎が宿った。
彼の握る剣に刻印はなく至って普通の剣である。強いて言うのならよく鍛えられた質の良い剣。つまり付与の施された魔剣ではない。
燃えさかる炎に照らされ眼鏡剣士君の顔が、血に飢えた獣のように歪む。
刀剣魔術――武具を介し発動する魔術。比較的誰でも使用できる魔道具と違い、刀剣魔術は武器を選ばない。その代わり、扱う者には一定の正統魔術の習得と、刀剣魔術への高い適性と技量が求められる。
付与士も属性だけなら付与できるのだが、刀剣魔術はそれだけに留まらず応用の幅が広い。純粋に攻撃を強化するだけでなく、武器×魔術の組み合わせによって多彩な攻撃も可能にする。つまりこいつは剣士ではなく魔術師だということだ。
「我が家系が得意とする刀剣魔術だ。これまでのようにたやすく避けられると思うな」
炎を帯びた鋭い斬撃、瞬時に避けた俺は普段よりも大きめに距離を取る。
直後、剣を振り下ろした場所から爆炎が奔る。地面はえぐれその威力を物語っている。一見付与のように思えるが正確には違う。あれは武器を介しぶつける攻撃魔術だ。しかも一回のみならず持続する。面倒な相手だ。
「ならば!」
その場から爆炎の斬撃を幾重も放つ。斬撃は着弾すると爆発した。
木々を燃やし地面をえぐり遺跡の壁も吹き飛ばす。何もかもなくなりそうな勢いだ。致し方ないとは言えサリウスには後で小言を言われそう。
俺は距離を取りつつ躱し続ける。
「逃げるだけか、ラックス・サードウッド! 形状変化フランベルジュ」
眼鏡剣士君が短い追加詠唱を行う。追加詠唱は、行使中の魔術に変更を加える際に行う。多くの場合複雑な変更は行わないので一言程度で完了する。主に手元で終始させる魔術に対し使う技術だ。
剣を覆う炎が大きく伸び大剣と化した。刀剣魔術の便利な点は、様々な形状に変化できるところだ。なおかつそこに属性やその他の効果を含むことができる優秀な術だ。
『睡眠』のデバフを眼鏡剣士君に放つ。だが、レジストされてしまった。
「俺は剣士であり魔術師だ。四つ程度なら瞬時にレジストする。詰みだ」
最大四つと認識されてしまったのかな?
軽く倍はいけるのだけれど、ここで言っても手札を明かすだけであまり意味は無い。何より彼を倒すだけではお仕置きにすらならない。泣かせるくらいの嫌がらせをしてようやく俺の気分もすっきりできるわけだし。ここは直書きかな。
「直書きを狙っているな? 無駄だ、簡単にこの俺に近づけると思うな」
眼鏡剣士君は、歯茎を剥き出しにして笑みを浮かべる。
勝利を確信した、といった顔だな。あれは。
「ファイヤーボール!」
「うわっ、ずるいぞ。普通の攻撃魔術を使うなんて」
降り注ぐ攻撃魔術を掻い潜りながら攻め時を窺う。
一つ一つ威力こそ弱いが、連続して当たれば骨の二、三本は持って行かれそうだ。
俺は遺跡の壁の裏に一度入り、自身に『速度強化』を付与する。攻撃魔術によって壁が粉砕される前に脱し加速、眼鏡剣士君の攻撃魔術は追いつくことすらできなくなった。
「逃げ足だけは一流か、ならば直接斬る。身体強化」
身体強化――上昇割合は低めだが、全身を強化できる”正統魔術限定”のバフだ。習得が極めて簡単ということもあり一般に浸透している補助的な魔術でもある。
強化された足で眼鏡剣士君が疾駆する。狙いは一つ。俺だ。
追いついた彼は炎のフランベルジュで一閃。その剣身は炎そのもの、避けるだけで皮膚が炙られているような感覚があった。俺はバックステップで幾度となく振られる大剣を躱し続けた。
「なぜだ、なぜ当たらない! 身体強化まで使用しているのだぞ!?」
「どうしてって、簡単な話じゃないか。実力に大きな開きがあるからだ。魔術師としてはそこそこだけど、剣士としては三流かなぁ。美人剣士ちゃんの方が上だと思うよ?」
「き、貴様!」
繰り出された袈裟斬りをいなしつつ、すれ違うようにその身体へ魔術文字を直書きした。付与したのは『下痢』だ。
「んほおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!??」
奇妙な叫びが森に木霊した。
眼鏡剣士君はケツで汚い音を奏でた。充満するのはひどい悪臭だ。止まることを知らない下の排出に、彼は白目を剥く。あまりの惨状に、美人剣士ちゃんも地味顔魔術師君も、地獄を前にしたかのような表情で固まっていた。





