92話 隠れる付与士。追いかける双子
A級昇格試験――三日目。
王都近郊の森で三百あまりの受験者が並ぶ。
森には学院の魔術師による結界が張られ、およそ三日間実技試験が行われる。
特別試験官である俺は、受験者の前で今回の試験内容を口頭で伝える。
といっても事前に説明を受けているはずなのでただの確認だ。
「実技試験は――鬼ごっこだ。試験終了までに特別試験官の身体に触れることができればクリアだ。触れたかどうかは事前にはめて貰った腕輪が判断する。クリアすれば腕輪は自然に外れるので、合格した者は速やかに会場から退場するように」
体格の良い男性受験者が挙手をする。
「つまり特別試験官は逃げ役で、受験者は鬼役と考えていいのでしょうか?」
「その認識でいい。必要なタッチは一回のみ。攻撃も罠も好きなだけ使用すれば良い。ただし、特別試験官を殺害した場合は即失格とする。フィールドを許可無く抜け出した場合も失格。黄金級以上の魔道具の持ち込みも禁止。外部からの協力も禁止とする」
俺はさらにルールを伝える。
受験者には三日間を自給自足で過ごして貰う。もし特別試験官を何らかの手段で行動不能にした場合、一名のみクリア可能とする。また必要な接触以外で特別試験官に許可なく触れる行為は禁止とする。試験終了時は会場にラッパが鳴らされる。全ての受験者が行動不能となった場合も試験終了とする。
説明をしながら俺は、かつての実技試験を思い出した。
実はこの禁止事項、俺が試験を受けた後にできました。
特別試験官に触れていいなんて言うからさ、一度目のタッチをなかったことにして、腕輪をはめ直し、何度も何度も挑んでタッチ。特別試験官にチクられたあげく、強制合格だからと会場から追い出された記憶があったりしましてね。当時も監督役だったサリウスに、あの時の君は血走った目で会場に戻せと暴れて、怖かったと言われた。
「他に質問は?」
「合格と認められる範囲は? 武器や防具であっても触れたと判断される?」
質問をしたのはマダニだった。
「盾を含めた武器は触れてもタッチ扱いにならない。防具や衣類は肉体の一部と解釈し、合格の範囲内とする。また道具も同様に無効とする。まぁ腕輪が外れたら合格と思っててくれ。それから手順を踏まず強引に腕輪を外すと失格になるから気をつけるように」
開始を感じ取った受験者達に緊張が走る。
受験者三百余り。対する特別試験官は九名。
俺、フェリス、シルク。
ルーク、ライザ、ブロンク。
ギル、双子ちゃん。
その他のメンバーは回復班や運搬班に割り振られており、緊急時に備え森の入り口と各所にもギルド職員が控えている。
受験者の中には、俺に喧嘩を売った眼鏡剣士の顔もあった。
ヤル気満々って顔だな。
俺に向けて殺気をビシビシ飛ばしてきてやがる。
――開始のラッパが吹き鳴らされた。
同時に俺を含めた九名は、森の浅い部分から深い部分に向けて散らばる。
受験者のスタートは十分後だ。それまでに隠れるか、堂々と待ち構えるか、こそこそ陰からおちょくるかは、個人の判断に委ねられている。名称未定組は”隠れる”を選んだ。試験は三日間と長い。何よりこれは三百余りVS九のスタミナ戦だ。的確な配分をしなければバテるのはこちらである。開始から飛ばしすぎては後半からの己の首を絞めることにもなりかねない。
「間もなく十分。ばらけさせるには、さらに距離をとっておくべきか」
俺は足に魔力を帯びさせ、さらに移動速度を上げる。
高速移動法『延脚』である。世界には見えない無数の流れが存在する。魔素や魔力の流れもその一つだ。延脚はその流れを足場に移動速度を上昇させる技。封印を解いたおかげで使えるようになった剣聖のスキルである。
空中の魔素を足場に、大木の枝へと飛び乗る。枝から枝へと飛び移りながら最初の潜伏場所へと向かう。
「……よし。ここだ」
大木の枝で足を止め、周囲を確認する。この辺りは背の高い木々が茂るエリアだ。見晴らしが良い上に地上では警戒心の強い下位の魔物がうろついている。魔物共が俺に反応しないのはシーフの技術、気配を薄める技術を使用しているからだ。
凄腕シーフであるクサヤさんに、たぶん役に立つからとたたき込まれたこれらスキルは、S級の本職には数段劣るものの、こうして地味に役に立ってくれている。本当にあの人、顔はうさんくさいけど有能なんだよな。うんうん。
遠方で爆発が起きる。
「受験者同士の小競り合いかな。血気盛んだねぇ」
マジックストレージから取り出したパンをかじる。
水と食料は持ち込みオーケーだ。というか本当に自給自足なんてしていたら試験どころか一日食料集めで潰れてしまう。かといって配るのもギルドには負担だ。自給自足は建前でそのくらい自分で用意してこいが本音なのである。
この試験で最も警戒すべきは同じ受験者による横取りだ。同じ方向に向かえば、同じ特別試験官を取り合うことになる。そこで受験者同士は牽制の意味も込めて早々にぶつかるのだ。あの爆発は恐らくライバル潰し。
パンを食べ終えたところで、俺は孫の手を取りだした。使い方によって至高の魔道具と化す逸品。すでに色々とお世話になっている。背中を掻かせれば絶妙な掻き具合に涎が出てしまう。
はぁぁぁ。たまんないわ、これ。気持ちよすぎる。
動かずに背中が掻けるなんて怠惰の極みすぎて、これなしでは生きていけなくなりそうだ。
「よっ、と」
後ろに倒れるように矢を躱す。
二本の矢が木の幹に突き立った。
「俺に何か用ですかね。双子ちゃん」
地上では兎の獣人である、双子の美少女が俺を睨んでいた。





