91話 片手と両手では勝敗は明らかだ
――A級昇格試験二日目。
「かんぱーい」
「うぇーい」
ジョッキに口をつけ一気に呷る。
さらに腸詰めを囓れば最高の気分である。
俺は早朝からノノンを連れてギルドに併設された酒場へと出向いていた。
もちろん朝から一杯やるためである。ギルド本部が用意してくれた宿の部屋はすこぶる良いのだが、ただ飯と酒だけは口に合わなかった。安飯安酒に慣れすぎた結果とも言える。我慢できなくなった俺とノノンは宿を飛び出しギルドの酒場へと飛び込んだというわけだ。
「やれやれ、朝から宿を出たと思えばこんなところで飲んでいたのですか。早朝からエールなんて甲斐性なしがすることですよ」
「誰が甲斐性なしだ。誰が」
ザインとシルクを連れたフェリスが酒場へとやってくる。
三人は近くの席に腰を下ろした。
「すみません。私達にもエールを」
「って、お前らも飲みに来たのかよ」
「宿のレストランは今ひとつ物足りなくて。実は昨日からザインさんとどこかの酒場に行かないかと話をしていたのですよ」
「あ、ああ、あそこは、量が少ない」
珍しくザインが不満を吐いている。
そう、そうなんだよ。お高い宿でお高い食事だってのはよく分かっている。量が少なくて味が薄い以外はおおむね満足しているのだ。いや、酒も不満だな。後はそうだな、金持ちに向けだから大声で喋る雰囲気じゃないってところも不満だ。ああいった店は昔から居心地が悪い。
運ばれてきた肉汁滴る料理と見慣れた安酒に、ザインは安心したらしく人目も気にせずがっついていた。一方でシルクはこの場にはただついてきたといった感じで、黙々と器いっぱいに盛られたサラダをもしゃもしゃ食べている。
ジョッキを持ったフェリスは、口に泡をつけたままギルド側へ視線を向けた。
「本日は筆記試験と面接でしたね」
「ああ、俺達からは頑張れとしか言えないな」
筆記と面接の会場はギルド本部となっている。
先ほどからギルドのエントランスを受験者が度々通り過ぎていた。徹夜で勉強をしていたのか、大半は目の下にクマを作りぶつぶつ呟いている。まるでゾンビだ。
「じょ、浄化、するぅ?」
ザインの目にもアンデッドに見えるようだ。
やめてさしあげなさい。たぶんだけど綺麗になると同時に、暗記した問題も頭から消える気がする。
「筆記ってそんなに難しくなかったっしょ。あーしはむしろ面接が心配だったじゃん」
早くも度数高めの酒に移ったノノンは、当時を思い出しているようだった。
面接……面接かぁ……まぁうん。面接って難しいよね。
距離間バグっててあの見た目のザインが、面接なんて受ければどうなるかは予想できるだろう。案の定、ザインの軽く息が当たる挨拶に女性面接官が悲鳴を上げて気絶し、大騒ぎとなった。あの後のザインは肩を落として落ち込んでいたな。
ちなみに俺の面接の点数はギリギリだったそうだ。王都でお勧めの大人の店について話をしたのが不味かったらしい。めちゃくちゃ盛り上がったんだけどな。
「ノノンとシルクはA級の面接どうだった?」
「余裕っしょ。面接官のお姉さんと鬼相性が良くて、魔道具の話で激盛り上がりしたっしょ。それから面接官のおじさんの子供が熱が出てて大変とか聞いちゃってさ、あーし流の解熱法を伝授したじゃん」
「さすがギャル。コミュ力高すぎて真似できないな。シルクはどうだった?」
「入室したら魔物と間違われて武器を構えられた。しかたなく顔を見せたら納得していた。実に不愉快な出来事だった。シルクは魔物ではない」
顔? 顔を見せたのか?
しかも納得したと。つまり中身は人。
サラダをむしゃるシルクを俺はじっと見つめる。毛束と毛束の隙間は完全な漆黒だった。不意に器をこちらに向けられた。どうやらサラダが欲しいと思われたようだった。いらない。サラダで酒は飲めない。
「マダニさんも来られたようですね」
あのマダニが本を抱えてギルド本部に現れた。面接対策だろう、小綺麗な服に眼鏡と、髪もぴっちり七三分けになっているではないか。筆記に関しても自信があるのか不安を感じない表情であった。
筆記試験開始の時刻が迫り、ギルド本部のエントランスから人気がなくなる。
建物内に緊張感が漂い徐々に居心地が悪くなり始めた。
さて、それなりに腹も膨れたし満足かな。
宿に戻る必要もなさそうだからここで予定を伝えておくとしよう。
「あー、今日はやることがないから自由行動とする。各々好きなように過ごしてくれ。明日の実技試験に備えるのも良し、だらだら過ごすのも良し。ちなみに俺は王立図書館へ行くつもりだ」
「とと、図書館行きたいぃいい」
ザインが同行を希望する。遅れてシルクも「読み直したい本がある。行く」と毛束で挙手。
フェリスは鍛練をしたいらしく別行動。ノノンはもうしばらく飲みたいそうなのでこのまま酒場に残るそうだ。気が向いたら図書館に行くとも。
酒場の酒を飲み尽くしそうな勢いのノノンに、職員は怯えた表情をしていた。
◇
王立図書館――所蔵される書物は八十万点を超え王国最大の図書館として永い歴史を誇っている。所蔵されている書物は比較的新しいものから、千年以上前の貴重かつ価値の高い書物も保管されているそうだ。
立派な庭園を抜けると王立図書館が出迎えてくれる。敷地には偉人の像が所々に置かれ知識に触れる重要性と尊さを教えているかのようだ。
ガラスがはめ込まれた質の良い木製の扉を抜けた先は、壁一面に書物が収められた光景を目にする。並んだ棚にもみっしりと分厚い書物が収められ、司書らしき人物がはしごから壁の書物を抜き取っていた。
ここなら俺が探す新しい付与も見つけられそうだ。次点で超位付与術について。
「てことで今から自由時間だ。日が暮れる頃にはここを出る。待ち合わせ場所はそうだな……中央の長机ってことで。遅れたら晩飯を奢らせるからな」
「わ、わわわ、わかったぁ」
「金貨五枚で足りるか?」
シルクは俺の手に金貨を載せた。
遅れる自信があるから先払いしたいってことでいいですかね?
これはお返ししますんで、ちゃんと時間通りに戻ってきてくださいよ。頼みます。年寄りでのんびりしているのは分かりましたから。というか探しに行くのめんどいんで本当にお返しします。いやいや、じゃなくて。受けとれぇぇぇえええ!!
ザインとシルクは目的の本が明確なのか早々に奥に消える。
さて、俺もどこかにある付与の本棚を探すとしますか。しかし、相変わらず複雑で広いな。油断すると迷子になりそうだ。
図書館は一階だけでなく二階もあって、階段を上がった先にはやはり無数の本棚が並んでいる。物音一つしない静かな館内、意識して眼を向ければかなりの数の人が本を探して足を止めている。読書スペースでは静かにページをめくる人の姿も。
付与に関連したエリアを探し、俺は棚から棚へと渡り歩く。
「あった、ここだ」
お目当ての棚を見つけ背表紙に視線を走らせる。
気になった本を掴むと、別の手も本を掴んでいた。
「先生?」
「よくよく縁があるな」
同じ本を掴んでいたのはシーフちゃんであった。
俺に教わるだけでなく自分でも付与を調べようと図書館にきたのだろう。意欲の高さには感心させられる。ただ、この本を掴んだのは俺が先だ。
「弟子なら譲ってくれるよな?」
「先生はいつも、お前は図々しいくらいがちょうど良いと言っていた」
「違うって。あれは付与や依頼の話で、力強くないですか?」
「リノアは読むのが速い、十五分だけ譲ってくれたらいい」
「おま、両手は卑怯だぞ」
シーフちゃんは片手ではなく両手を使って強引に引き寄せる。
遂には力で負け奪われてしまった。
くそっ、片手と両手じゃ不利じゃないか。
「図書館ではお静かに」
司書さんが鬼の形相をしているではないか。
すみませんでした。





