89話 シスターの出張懺悔室・王都編
ファルナス王国には四大宗教が存在する。火を崇める火神教。風を崇める風神教。水を崇める水神教。土を崇める大地神教。四元素を司る神々を、王国の民は古くから親しみを持ちながら崇めていた。
王都にはそれら四宗教の教会が集中し、己が信仰のプライドを賭けて信徒は、日夜マウントを取り合っていた。
王都の一角に、通称『大地教』の教会が存在する。豊穣と繁栄を司る女神テラを信仰する者達だ。彼らは四宗教の中で最も貧しており、最も人員のいない教会としてもよく知られていた。
そんな大地教にも全てを投げ出してでも優先すべきイベントが存在する。もちろん実際に全ては投げ出さない。勢い的な話である。
それは――年に一度開催される豊穣祭である。
豊穣を司る大地教にとってもっとも稼ぎ時、他宗教に最大のマウントを取れる期間、大地の女神が最大限輝くイベント。一年で最も大地教が注目されるお祭りである。
この日のために大地教は、王国各地より応援を呼び寄せるのが毎年の恒例であった。
集まったシスター達の最初に行う仕事は大掃除である。
礼拝堂は常に清掃を行っていても、外側までは手が回らない。シスター達はお喋りをしながらも、祭りに向けて丁寧に窓や扉を拭き上げる。この時期にしか見られない王都の風物詩であった。
その様子に火、風、水のシスターは露骨な舌打ちをしながら通り過ぎて行く。毎年の出来事である。
「――私にですか?」
シスタークラリッサは、大司教より王都で懺悔を聞かないかとの提案を受けた。
「実は教会に来てくださる方々が、もう一度貴女に懺悔を聞いてほしいと仰られているのです。王都で日々を過ごされていた頃を思い出しどうか」
「お気持ちは嬉しいですが、私なんかが良いのでしょうか」
「貴女に救われた者達が再び助けを求めているのです。テラ様の信徒として堂々と役目を全うしてください」
「感謝いたします」
大司教の提案に、クラリッサは深く感謝の意を示した。
元々クラリッサは王都の人間であった。しかし、火の車と噂のアバンテールの孤児院と教会を聞きつけ、自ら移動を願い出たのである。その清廉な自己犠牲と奉仕の精神は、大地教上層部においても高く評価されていた。
まさしくシスターの鏡。王都の年下シスター達はクラリッサを憧れの先輩として熱視線を送っていた。
アバンテールの教会よりも質の良い木材が使用された懺悔室。
クラリッサは小部屋に入ると女神に祈りを捧げた。
「女神様は全てを許して下さいます。どうか恐れずお話ください」
「マジいいの? じゃあ相談聞いて貰っても、おけ?」
「もちろん構いませんよ」
返事をしている途中でクラリッサは、なんだか軽いなぁそれにまた相談、と微笑みを浮かべながら眉間に皺が寄る。
「じゃあ先に自己紹介ね。あーしはノノン・ハイデルン。名称未定ってパーティーに所属してて、今はアタッカー兼タンクって感じで鬼活躍してるっしょ」
「あの、懺悔室は匿名ですので名乗る必要は無いのですよ?」
「そうなの? 鬼親切設計じゃん。でも、もう名乗っちゃったし、おけおけ~」
ノリの軽さにクラリッサは一瞬、頭が真っ白になった。
これは噂のギャルに違いない。恐るべしギャル。ちょっと待って、ノノンさんってグランノーツさんのことよね? 名称未定と言っていたし、だとすると向こうにいるのは褐色ツインテールギャル。ちょっとちょっと、どういうこと、ここ王都なんだけど、こんなサプライズが許されるの? ちょー興奮するんですけど。などとクラリッサは考えながらそわそわし始めた。
大地の女神テラは、褐色ツインテールを愛する女神だ。経典にもしっかり記されている。
「それで、相談とは?」
「あーしってさ、実はこんなナリなんだけど恋愛まともにしたこと無くてさ。グラちゃん作るのに青春の大半捧げてたっていうか、姉弟の世話もしなくちゃいけなかったから、そんな暇なかったていうか。だからさ、好きな相手ができたらどうしたらいいのか分かんなくて……」
相談者の声が次第に恥じらうように小さくなる。
はわあああああ、ギャルの恋愛相談。嘘嘘、こんなことあるの? いつもノリの良さと図太さで生きてるはずの彼女が、こんなにお可愛いことで頭を悩ませているの? くぅうう、たまらないわ。今夜はパン五本はいける。バターなしでいける。クラリッサはそんなことを考えながらぎゅうと拳を握った。
「い、いつから相手のことを?」
「出会ってしばらくしてからかなぁ。最初はなんだろこの感覚、とか思ってたんだけど、なんとなく目で追っちゃうようになってさ。テキトーっぽく見えるけど、実は裏でめちゃくちゃ頑張っているの知ってるし、いざって時は助けてくれるだけじゃ無くて、ちゃんとあーしのことを頼ってくれるし、まじ鬼カッコイイっしょ」
「ノノンさんは頼られたいのですね」
「そう、あーしは女だからって守られるのは嫌なの。前に出て戦いたい。守りたい。背中を預けてもいい人が理想っしょ。でも、距離を縮めるとなるとなんかこう悩んでさ。男って可愛い女の子が好きだよね? あーしにできると思う?」
「できます! 貴女は魅力的で可愛い、自信を持って!」
クラリッサは小窓を開いて向こう側の相談者へエールを贈る。
その顔は、竜もひるむような気迫に満ちていた。
「あれ、クラリッサさんじゃん。なんでいるの?」
「あ……まぁその、お祭りのお手伝いで」
小窓を閉めたクラリッサはやってしまったと頭を抱えた。
つい勢いで顔を出してしまった。ギャルを応援したい気持ちが先行しすぎた、などと彼女は深く反省する。
「なんかすっきりした。マジありがとね。あーしさ、頑張ってみる。よく考えたら相手のことほとんど何も知らないんだよね。だから知る努力からしてみるっしょ。そっからハートを鷲掴みにするから。応援してて」
「応援します。女神様の祝福があらんことを」
「また相談に来るね」
相談者は懺悔室を出て行く。
残されたクラリッサは女神に祈りを捧げていた。
褐色ツインテールギャルの乙女心、マジ尊い。女神様、彼女に祝福を。
ばたん、と壁の向こうでドアの音が響く。
クラリッサは新しい相談者がやってきたのだと気を引き締めた。
「リーダーに仲間と認知されていなくて。相談に乗っていただけますでしょうか?」





