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最強付与士の無自覚ハーレム冒険譚 ~仲間の顔も素性も知らないけどたぶん全員男だと思う~  作者: 徳川レモン
第三章

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88話 すーはー、すーはー、良い匂いですね

 

 建物の上部を、細い足場を頼りに進むシーフちゃん。その先にいる猫は、足場から少し下がった位置にある窓の雨除けに載ったまま、近づくヒューマンと逃げ場がないことにひどく狼狽えていた。


 ずりずりとシーフちゃんは壁を背に、横に移動する。


 あの位置から落ちると打ち所が悪ければ最悪死ぬ。

 かといって今から下りろというのも危険だ。とりあえず見守るしかないか。


「ラックス、猫にデバフを」

「ああ、そうか」


 シルクの提案を俺は理解し、すぐさま行動に移る。

 猫からしてみれば近づくものは全て警戒の対象である。助けに来たと説明したところで、大人しく従うはずがない。運良く捕まえられたとしても、暴れて猫共々落下の可能性は充分にありうる。


 短杖で魔術文字を描く。

 付与するのは『睡眠』のデバフだ。


 うとうとし始めた猫は、その場で眠りに落ちる。


「……眠りのデバフ?」


 シーフちゃんが下方に視線を彷徨わす。

 そして、俺を見つけるとナイスとばかりにサムズアップする。


 しかし、なんで王都に。ああ、そうか、王都の祭りに来たのか。で、ついでに王都で一稼ぎしようって魂胆かな。この時期の新人にありがちな行動パターンだ。


「一応、落ちた場合に備えておいてくれ」

「了解した」


 シルクに指示を出しつつ、俺も抱き留められるよう短杖を腰に戻し、二人で人を掻き分けつつ前へ前へと近づく。


「捕まえた――あ」


 猫を抱きかかえた瞬間、シーフちゃんは人が乗るには無理のある足場で足を滑らせ落ちる。

 俺は人を押しのけながら駆けていた。だが、このままでは間に合わない。


「大丈夫。シルクがいる」


 風がシーフちゃんを包み込む。落下速度は急激に低下し、ふわふわとゆっくりと地上へと向かっていた。間に合った俺は、真下でシーフちゃんを抱き留めた。


「やんちゃなのは結構だが、今後は気をつけるように」

「ごめんなさい」


 危なかったと自覚があるのか、シーフちゃんは申し訳なさそうに目を伏せる。

 目を覚ました猫はきょろきょろすると、彼女の腕の中で暴れ始め、地面に着地すると風のように走って行った。


「リノア怪我はない!?」

「痛いところとかあったら言ってくださいね!」

「二人ともありがとう。でもその前に、お礼をしなきゃ」


 三人は俺とシルクに感謝を伝える。


 礼なんて不要だ。むしろ礼を言うのは俺の方。

 すべすべの太ももをありがとう。


「あの、先ほどの魔術は風系統ですよね。しかも無詠唱。シルクさんって反魔術(アンチマジック)が使えると聞きましたけど、私にもできますか? 魔術学院はいつご卒業されましたか? 他にどのような魔術が使えるんですか? はぁはぁ」


 目を離した隙に、息を荒くした魔術師ちゃんがシルクを質問攻めにしていた。

 ぐいぐい迫る彼女にシルクは、孫を前にした年寄りのように、うんうんと頷きながら毛束で頭を撫でていた。


 おい、返事くらいしてやったらどうだシルク爺。

 魔術師ちゃんが混乱してるぞ。



 ◇



 A級昇格試験監督補佐であるルルーナ・バレンシアが黒板に文字を書く。

 全て実技試験に関連した説明だ。


 昇格試験の日程だが、一日目は能力テスト。ここで基礎能力を測る。条件を満たしていない奴らは無条件で失格となる。

 二日目は筆記試験と面接。

 三日目から五日目、実技試験。冒険者として最も重要視される項目であり、ここで失敗すると筆記や面接で合格ラインを超えていても失格となる。故に実技を受ける受験者達は、殺気すら感じるほど必死となる。


「――講習は以上をもって終了といたしますが、なにかご質問はありますでしょうか?」

「はい。先生は彼氏はいますか?」

「秘密です」


 にこやかにウィンクするルルーナ先生は、たまらなく可愛い。


 魔術師は冷たく愛想のない人間が多いと思っていたが、彼女は違うようだ。スタイルも良いし近づくと良い匂いもして最高。すーはー。すーはー。たまには講習も悪くない。すーはー。

 ちなみに他の面々も講習を受けていたが、途中から別の役割も振れそうだと、ギルドの職員に連れて行かれてしまったのだ。ザインなんかは回復師だし、緊急時の対応なんかを教わっていたりするのだろうか。


 講習が終わりルルーナはお茶と菓子を出してくれる。


「今日までお疲れ様でした。後は本番だけですね。皆さん死に物狂いでやってきますので、どうか油断なさらず」

「S級に恥じない程度には頑張りますよ」


 俺は出された茶を一気に飲み干し席を立つ。

 それからテーブルにある菓子を適当につかみ取りポケットに入れた。


「そんじゃあ本番よろしく」

「はい」


 部屋を出ると、俺は菓子を取り出しむしゃりと囓る。


「美味いな、これ」


 菓子を囓りつつ本部ギルドの廊下をのんびりぶらつく。きっちり制服を着こなす本部の職員が、俺を視界に入れるとぎょっとした顔をしていた。本部は金があるのか至る所に美術品が飾られている。中にはよく分からない飾り物もあったりして結構面白い。


「芸術は難しいな……うおっ!? わ、わ、あああああ」


 誰かに体当たりされた俺は、手放した食いかけの菓子をキャッチしようと手の伸ばすも、空振りからの空振りで、菓子が床に落ちてしまった。


「あー、もったいない」

「俺の前にぼーっと突っ立っているからだ」


 ぶつかったのは剣士らしき眼鏡をかけた短髪の男性であった。その背後には仲間らしき二人の男女。


 三人とも二十代前半ってところかな。身なりからして同業者。

 S級、ではないな。覚えのない顔だ。

 あーあー、ルルーナちゃんに貰った菓子が埃まみれだ。よこっらせと。良かった、まだ食べられそうだ。こんなに美味いのに捨てるのはもったいない。


 俺は屈んで床に落ちた菓子を拾い上げる。そして、手でごみを払いつつ口に入れた。


「こいつ、落ちたものを……」

「ベンジャスさん。前に話した名称未定(アンノウン)のラックス・サードウッドですよ」


 名が出た途端、眼鏡剣士は「S級の付与士だったか?」と冷たい表情へと変化する。一方の俺は面倒な奴に絡まれたかもなと内心で嘆息していた。


「俺はB級パーティー『勝利を約束された者達(ウィニングスパーダ)』のリーダー、ベンジャス・グレーバーだ。君の噂はたびたび耳にしている。冒険者の手本となるべきS級でありながら品性下劣に金に汚く。あげく将軍に泣きついて手柄を分けて貰ったそうじゃないか。悪魔殺しも嘘と王都ではもっぱらの噂だ」

「へぇ、そうなんだ。よろしく眼鏡剣士君」

「ベンジャス・グレーバーだ! S級の面汚しが!」


 彼は俺が差しだした右手を拒絶するように弾いた。


 仲良くするつもりはないと。確かに面汚しだけど、そこまで言うことないと思うけどね。俺だってそこそこ頑張ってるしさ。毎日営業でギルドに顔出すのしんどいんだよ? ところで後ろにいる女の子可愛いな。彼と同じ剣士なのかな。スタイルも良いし、よく鍛えられている。


 後方の女の子はみるみる険しい顔となる。

 なんだろう怖いな。そんなに睨まなくても。ねぇ。


「どこを見ている。話をしているのは俺だ」

「あ、ああ、ごめん」

「俺は名称未定(アンノウン)をS級とは認めていない。どれほど強くともふさわしい品性と格を備えていなければそれはただの獣と同じ。王国にいる全ての冒険者達の頂点には、()()()()()ふさわしい人物がいるべきだ。品性下劣な”魔術師もどき”がいて良い場所ではない。自らを恥じて降格を願い出るべきだ」


 眼鏡剣士は見下すように語る。

 その言葉の端々には露骨なまでの侮蔑の色があった。


 まぁ、こういう輩はごまんと出会ってきたから、今さら何か言われても何も感じないんだけどね。俺に罵声を浴びせたいならいくらでもどーぞ。


「こんなリーダーに従う仲間も、品性のない頭の足りない連中なのだろうな。なにせ顔も素性も公表していないどこの馬の骨かも分からない輩だ。どうせ碌でもない経歴を知られたくなくて隠しているんだろう。S級としての力も本当にあるか疑わしいくらいだ」

「……」


 無意識に杖に手が伸びる。


「おや、ラックスじゃないか」

「げ、名称未定(アンノウン)のラックス・サードウッドじゃない」


 聞き慣れた声に振り返れば、ルークとライザがいるではないか。

 二人の登場にばつが悪くなった眼鏡剣士君は舌打ちをする。


「さっさと王都から失せろ、魔術師もどき」


 そう言い残し、三人は去って行く。


「殺気を感じてね。声をかけさせて貰ったよ。でも、本気じゃなかったんだろ?」

「助かったよサンキュウ」


 危ない危ない。止めるのがもう少し遅かったら、三人とも生暖かい海で泳がせていた。

 わずかに漏れた殺気を、ルークは敏感に感じ取ったようだ。

 しかし、B級とか言っていたな。あいつらも昇格試験に参加するのだろうか。だったらS級として分からせてやる必要はあるかもな。


 ちなみになぜ銀の護剣(シルバーブレイド)がここにいるのか、もちろん彼らも昇格試験の特別試験官だからである。他にも同じS級の『獣歌(アンセム)』も参加しており、三パーティーより必要な人員が出される予定だ。


「講習はもう受けたかい?」

「一応ね。なんかこう修業時代を思い出したよ」

「たしかにそうだね」


 沈黙していたライザが俺の横にやってくる。


「ねぇ、あの毛玉なんなの!?」

「シルクのこと?」

「それ以外になにがあるのよ。あの毛玉、ライザは頑張っているな。偉いぞ、とかなんとか言ってさ。頭を撫でようとしてくるのよ。ワタシは”氷の魔術師”よ。高名な魔術師なの。あの毛玉の上から目線どうにかできないの?」


 あー、シルクってそういうところあるからなぁ。協調性もあるし気遣いもできるけど、誰でも彼でも孫みたいに扱うからなぁ。遂にライザにまで魔の手が及んでしまったか。さすがシルク爺。


「悪気はないんだ。年寄りなだけで」

「年寄り……? あれ、年寄りなの? まぁいいわ。そこまで不愉快ではないから」


 俺は微笑みつつライザの胸を見つめる。


「うげ、クソ付与士」


 声に俺を含めた三人が振り返る。

 そこには獣歌(アンセム)のギル・ブラットが顔を引きつらせていた。



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