82話 信じてくださいシスター
大地の女神テラは豊穣と繁栄を司る神である。
それ故か付き合いたてのカップルは決まって、この関係が長く続くよう女神に祈りを捧げに来るのである。
カップル客が増える時期は、夏の始まりから終わりにかけて。
現在は夏が間近に迫った時期であった。
神父がカップルの相談に真摯に応じる。
「大地の女神様はこう仰られております。永遠の愛などないと。大地が人知れず永い時をかけて巡るように、人の心もまた静かにゆっくりと変化し続けているのです。互いに尊重し愛を育みなさい。決して急がず時には回り道をしなさい。大地の女神様は貴方達を温かく見守っていますよ」
「ありがとうございます。彼女を幸せにできるよう頑張ります」
掃除の途中で礼拝堂にやってきたクラリッサは、キラキラ輝く若いカップルの眩しさに目を細める。今年もやってきたか浮かれポンチ共などと心の中でぼやきながら、同時にせいぜい幸せになれよとひねくれたエールを送っていた。
彼らがもたらす寄付金は、教会の維持と孤児院の運営に非常に助かっている。個人的感情は置いておいて、シスターとしての立場はウェルカムであった。
「神父様も元に戻られて安心しました。ですが清らかすぎて気味が悪いですね」
数日前、大地の教会よりやってきた者達により、神父は王都へと連行された。
彼が犯罪に手を染めていると匿名の通報があったからだ。王都に連行された彼は、教会上層部による事情聴取を受け、その結果――精神洗浄を受けることとなった。
精神洗浄とは、教会関係者のみに行われる極めて特殊な処置である。詳しい方法は秘匿とされており一部の高位な信徒のみが扱える神の恩恵とも言われている。字面こそ恐ろしいが、その効果は邪な感情の排除。過剰な欲求を抑え、常時賢者モードになれる教会のみに許された秘奥である。
現在の神父はまさしく善性そのもの。
一片たりともその身に過ぎた欲望はない。
クラリッサは考える。綺麗でクリーンな神父は果たして神父なのか。いや、そもそもクリーンじゃない神父とはなんなのか。それはもはや神父ではないのでは。
同時に彼女は恐怖した。精神洗浄を受けた者のその姿に。神に仕えるものとして正しい姿である。しかし、我が身に抱える欲望もまた自分を構成する要素の一つ。それを失ってなお自分と呼べるのだろうか。
「でも、神父様は自業自得だからしかたないわよね」
彼女はさらりと結論を出し掃除へと戻る。
窓を拭いている最中、彼女の耳にベルの鳴る音が届いた。しかし、彼女は無視をして窓を拭き続ける。そこへ後輩シスターが彼女の元へと走ってきた。
「先輩、鳴ってますよ」
「気づいているなら貴女が出なさいよ」
「嫌ですよ。あの人、教会に来る度に私や先輩をじろじろ見て気味が悪いじゃないですか。来る度に女神様の像を見上げて『今日もエロいな』とか言って嬉しそうにしているし。それに名称未定のリーダーって、同業者をカツアゲしたり、なにかと品性が無いって評判じゃないですか。気品ある私には相手するなんて無理ですよ」
「どさくさに紛れて自分を上げるのは止めてね。危うく聞き逃すところだったわ」
眉間に皺を寄せたクラリッサは、やはり自分が行くしかないかと渋々応じる。
なんだかんだいいつつ彼女も内心では名称未定の正体が気になっている。ただ、担当扱いなのが気に食わないのである。そのような不満を抱きつつ彼女は懺悔室へと向かう。
「遅いですよ」
「すみません。教会内の掃除をしていたもので」
懺悔室に入るなり男は不満を垂れ流す。
しかし、クラリッサは微笑みを浮かべたままシスターとしての態度を一貫する。
「それで本日は、例の相談でしょうか?」
「ええ、前回はきちんと話ができないまま帰ったので。それでですね、いよいよ魔術師と仲を深めようと考えています。ちょうど帰還したところなんで絶好の機会だと思うんですよ」
噂では名称未定の魔術師シルク・シルフィードは諸事情でミルディアに滞在していると耳にしていた。その諸事情とやらが終わったのだろう、そう彼女はそう推測した。
白い毛玉ことシルク・シルフィード――高度な魔術を操り上位の魔物すら容易に葬るその力は宮廷魔術師にすら匹敵すると言われています。あのふわふわの白い毛の下に、いかなる顔があるのでしょうか。非常に興味がありますね。もしかしたら人ですらないのかも。そのようなことをクラリッサは考えていた。
「次の依頼ではできる限り共に行動し、男同士の友情を築けたら良いなと考えています」
「いいのではないでしょうか。ただ、本当の本当に男なのですか? これまで三度同じことがあったのですよ?」
「間違いなく今度こそ男です。まぁ、あの外見だからヒューマンの可能性は低いでしょうね。シルクはすごく良い奴なんですよ。気遣いができて協調性もあって、何より魔術の腕が良い。きっと細身で賢そうな老紳士だと思いますよ」
「なんでしょうこの既視感」
似たようなやりとりを最近したなぁと彼女は思った。
そして、いい加減学ばないのかとも。三度あるなら四度ある。
彼女は小窓を開いて向こう側の男をじっと見つめる。ため息を吐くと小窓を閉じた。
「何ですか今の。前もありましたよね」
「そこの記憶はあるのですね」
「絶対男ですよ。揺るぎない自信があります。というか男じゃなきゃ困るというか」
「まさか、目の前で着替えを?」
「ええ、モロだしで」
「衛兵を呼んで参ります」
「ま、待って、シルクは男だから。きっとセーフだから」
本当にぃ? どうせ中身は女性でしょ?
早めに衛兵に捕まる方が身のためだと思いますけどね。などとクラリッサは睨むように眉間に皺を寄せつつ顎をしゃくれさせた。何一つ信用できない相手にする顔である。
「まぁいいでしょう。それと相談はしばらくできなくなると思います。諸事情で王都に一時帰還することとなりましたので」
「もしかして豊穣祭に?」
「毎年参加させていただいております」
「そっか、残念だな」
「私もです。ええ、本当に」
男は「また来ます」と懺悔室を出て行った。





