80話 もう品行方正なあの頃には戻れない
無事倒せたことを確認し、ラックスは剣を鞘に収めた。
その様子を呆然と見つめていたフェリスは、突然剣を床に落とし、震える腕で彼を指さした。
「そ、そそそ、その顔、まさか、そんな」
驚愕に目を見開くフェリスは、目の前にいる銀髪の男が、見飽きるほど身近な服装を身に纏っている事実に、己の正気を疑い、これは敵の創り出した幻覚なのではとの疑念すら抱いていた。
「現実……?」
「痛い」
彼女は恐る恐る近づき、ラックスの頬を指でつついてみる。
返ってくる確かな感触に彼女は、ふわっと顔をほころばせた。だが、すぐに表情は怒りへと変じ、彼の頬をぐにゅうと引っ張る。
「貴方って人は! 貴方って人は! 自分が一番秘密主義じゃないですか!」
「痛い痛い痛い、悪かったから。謝るから」
彼女の指が放れ、ラックスは僅かに赤くなった頬をさする。
――ラックスは己の利き腕を見つめる。
数年ぶりに剣技を使ってみたが、かつてのキレはなかったな。当然か。毎日剣を振っていた頃と今は違う。勘を取り戻すには時間がかかりそうだ。使えない技もあるだろうな、などとラックスは冷静に分析をしていた。
一方で視界が流血によって塞がれた将軍は、未だに剣を握り、会話のみで状況を把握しようと努めていた。
「最後の一撃はラックス殿によるものか。一流の付与士とは自己強化もすさまじいのだな。名称未定には驚かされてばかりだ。念のために確認したいのだが、本当に魔王は倒せたのだな? 私は両目を血で塞がれていてよく見えない。倒せたのなら拭っても問題ないな?」
「ま、待った」
ラックスは慌てて駆けだし自分のマスクを拾い上げる。
素早くマスクを顔に着けると、マジックストレージから変装道具一式を取り出し、瞬く間に普段の顔を取り戻した。
そこにグランノーツに乗ったノノンと悪魔の姿に戻ったザインが合流をした。
「和気藹々としているところ悪いけど、そろそろ鬼ヤバいっしょ。さっきから揺れが激しくなってるし、脱出しないとみーんな仲良く生き埋めになっちゃったり?」
「い、いいいい、いきうめぇ回復できなぁいい」
将軍はハンカチで両目を拭い、剣を鞘へと収めた。
洞窟内は刻一刻と揺れを大きくし、天井からは大量の岩が降り注ぐ。床や壁からはマグマが流れ出し範囲を広げていた。マグマは魔王の死体も飲み込んで行く。
「これでもう利用する輩も出なくなるだろうさ」
「そうだな。しかし、人の業は深い。かつての大敵すら利用しようとする輩が出てくるのだからな。警戒は必要だ。備えもまた。私はこれが終わったら鍛え直すつもりだ。アレと戦い、自身がまだまだ未熟だったことを思い出したよ」
「俺も正直、今回はヤバかったなぁ。もっと付与のバリエーションを増やすべきかねぇ――ぬわぁっ!?」
彼らの前に巨大な岩が落下した。
床に地割れのような亀裂が走りいよいよ崩壊間近となり、危機感を抱いた全員は、出口を求めて必死の形相で駆ける。
「生き埋めはいやだぁぁああ! どうして逃げようって言ってくれなかったんだよ!」
「私は早く脱出すべきだと知らせていましたよ!」
「まってー、足が遅いグラちゃんだと置いてかれちゃうー」
「ボ、ボクが、連れていくぅうう!」
飛翔するザインが、グランノーツを持ち上げて加速する。走る三人はその光景を見つめながら崩壊する通路を猛ダッシュし続けていた。通路の先でも崩壊は加速しており、彼らの進路を阻むように岩が落下する。
「私が! 焔乱舞!」
抜剣したフェリスは岩をバラバラに斬る。
さらに落下してきた岩を、将軍が通路の側面を走りながら切断した。
「疾風斬」
岩をさいの目状に切り分けた将軍は、さらに先に向かって足を速めた。将軍とフェリスは落石を斬り続ける。ラックスは二人の背中を見つめながら、かつての二人の姿を重ねていた。
「もう心残りはないかもな」
「こんな時に縁起でもないこと言わないでください。もう少しで出口ですよ」
「二人とも死ぬ気で走りたまえ。あれに飲まれたら確実に死ぬ」
振り返ったラックスの後方では、溶岩が津波となって押し寄せていた。悲鳴を上げたラックスはさらに足を速めた。
彼らは日が差し込む外に飛び出すと、山肌である傾斜を滑るように下る。足がもつれたラックスは途中から転がり落ち、顔面から地上へぶつかった。
「いてて……」
「ラックス! 早く、焼け死にますよ!」
「ひぇぇええっ!!?」
どばっと流れ出したマグマが勢いよく山肌を流れ下る。
ラックスは間一髪、赤い手から逃れなんとか逃げ延びていた。
山では至る所からマグマが噴出し、無数の横穴があったことから山全体は自重に耐えられず崩れ始めていた。天高く昇るマグマと漂う土煙が事態の異様さを物語っていた。
「ひどい有様だな。あれだと魔王神教の集めた魔道具とかは回収できないかな」
遠方で眺めるラックスは頭をぽりぽり掻いていた。
◇◇◇
報酬を受け取った俺は、ずっしりと重い革袋をマジックストレージに収納する。
対面のソファにはギルマスが満足そうな表情で微笑んでいた。
「ひとまずよくやったと褒めておこう。閣下も名称未定の働きに非常にお喜びになっていたそうだ。しかし、魔王と戦うことになるとはな。それもあの銀の剣聖によって討たれたサイクロプスの魔王と」
「冗談抜きで死ぬかと思ったよ。俺達が討てたから無事王国の平和は保たれたけどさ」
「そうだな。閣下も名称未定がいなければ勝利できなかったと仰っている。ただ、ギルド本部は次期剣聖候補の力が大きかったと考えているようだ。少なくとも評価は上がったとみていいだろう」
「評価ね……」
結局そうなるのね。とはいえ信用は上がった。今回はこれで満足するべきかな。
名前が大きい方に手柄を奪われるのはよくある話だ。しかも今回、軍は多額の資金をつぎ込んで万全の態勢で挑んでいる。その見返りが将軍に与えられる魔王殺しの名であれば、王国としても充分な収穫があったとも言えるだろう。逆にこちらが変に主張をすれば将軍を持ち上げたい者達にチクチクつつかれる恐れもある。
「そういえば捕縛した魔王神教の連中はどうなってる?」
「うむ、事情聴取を行った後、順次監獄に入れられるようだ。首謀者である大神官においては余罪が無いか入念に確認した上で処刑となる」
大神官を捕まえたのは銀の護剣だというじゃないか。ひょっこり現れたところを確保したとか。人気があるS級は運も良いらしい。ふん、羨ましい。
ちなみにマグマの海に沈んだ魔王を蘇らせた装置についてだが、ドワーフから聞き取りを行った錬金術師によれば、人を蘇生させることはできないそうだ。魔王の並外れた生命力があってようやく可能になるようなレベルの代物だとか。
とはいえ現時点でもそうとう危険な装置だ。そこで王国は関連する知識と技術を『禁忌指定』と定め、復元された装置の設計図も禁忌の魔術・魔道具として封じることとした。
設計図を持ち込んだという相談役とやらも懸賞金が掛けられ、王国全域に捕縛命令が出ている。
ただ、現時点で手がかりは非常に少ない。
今頃、危険を察して国外逃亡でもしているはずだ。
「ドワーフの処遇についても伝えておかなければならんな」
「決まったのか」
「うむ、強制されたとはいえ国家転覆に加担した罪は重い。一方でドワーフは我が国にとっても貴重な他種族の鍛冶職人である。彼らの生み出す武具や細工は、王国の防衛力維持に大きく貢献してくれている。国内におけるドワーフの心証を害するのは得策ではないと判断されたようだ」
「つまり忖度したと?」
「国益を優先したと言え。とはいえ下された刑罰は決して軽いとはいえないだろう。厳しい眼を向けられているのは事実だからな」
ギルマスは続ける。
「ドワーフ達には二十年ほどクワンナガル砦で働いて貰うこととなった。もちろん無償だ。月に何度か魔物の襲撃こそあるが、そこは村で暮らしていた頃と変わりないだろう」
クワンナガルは大森林に接する辺境の砦だ。比較的安全な砦とは聞くが、人員不足の話は度々耳にしていた。人が不足すれば砦の補修管理はもちろん、武具のメンテ、守備の欠員、食事の用意など見えないところで問題が山積みとなってゆく。
王国にとっても軍にとっても都合が良かったということなのだろう。
ドワーフはヒューマンよりも寿命が長いので、体感的にはせいぜい十年ほどじゃないか。
「もう帰るのか? たまには飲みに連れて行ってもかまんのだぞ」
「ギルマスの驕りなら。あー、だめだ。悪い。この後、用事があったの忘れてた。残念だけどまたな」
ギルマスの誘いを断りギルドを後にした。
◇
ホームのリビングにメンバーが顔を揃える。
ザインとノノンはいつも通りだが、フェリスは戻ってきてからずっとそわそわしていて、今も落ち着きなくちらちら俺を見ていた。
さて、これから行うのは説明と謝罪である。あの姿を見られた以上、説明らしい説明もなくこれまで通り活動するのは難しいと考えたからだ。なによりフェリスがあれ以来、挙動不審で見ていられないというのもあった。
説明を行う上で一つ問題があるとすればシルクが不在ということかな。できれば全員にこの場にいて貰いたかったけど、これ以上先延ばしにするのも無理そうだから今日話すことに決めた。
「あー、話したいのは俺の素顔についてだ。すでに知っての通り、俺は顔を隠して生活をしている。顔だけじゃない、名前も、この顔も、全て偽物。ずっと騙していて悪かった」
「お顔を、もう一度だけお顔を」
フェリスがそう言うので、俺はラックスのマスクを剥がして本当の顔をさらした。
彼女はふわっと歓喜を含んだ表情となり、みるみるその目に涙を溜めた。かと思えば俺に勢いよく抱きついた。
「ずっと生きているものと信じていました。剣聖様」
「黙ってて悪かった。色々あったんだ」
「お戻りになられただけで私は満足です。おかえりなさい」
「うん。ただいま」
そう言われたのは剣を失ってから初めてかもしれない。そして、返事をしたのも。
師匠の家で交わされた挨拶は剣聖とは違うもう一人の俺に向けてだ。だが、この挨拶は剣聖にむけられていた。本来あるべき場所に戻ってきた感覚があった。
「これから私はなんとお呼びすれば」
「あー、うん」
俺はフェリスを下がらせ、後ろを向くと変装道具でラックスの顔に戻した。
顔を向けた俺は満面の笑みで答える。
「これまで通りラックスでいいよ。今じゃあこの顔が素顔みたいなものだしな」
「け、剣聖にはお戻りにならないのですか?」
「面倒だし、このままでいいよ。」
「……面倒」
「どうせ戻ったところで割に合わない仕事を押しつけられるだろうしさ。今さら英雄らしい品性を求められても無理なわけで。俺さ、今の生活が最高なんだよね」
「……」
おや? フェリスの顔が何かを諦めたような表情に。
かと思えばため息を吐いた。
「貴方はラックスなのですね。それを今、思い知りました。これが良いことなのか悪いことなのかは別として、私個人はとても嬉しく思っております。これからもサブリーダーとして貴方にどこまでもついて行きますよ」
「頼りにしてる」
そう返事をするとフェリスは柔和に微笑んだ。
一方、ノノンは「剣聖!?」などと驚きはしていたものの、それ以外の部分はおおむね把握していたからなのか動揺はなかった。ザインに至っては剣聖自体知らないのか首をかしげていた。
「今夜は帰還のお祝いにごちそうを用意しましょうか」
「いいなそれ。だったらとっておきのボトルを出しちゃおうかな」
「あーしも秘蔵のお酒出すじゃん」
「さ、ささ、酒をぉおおおおおっ!!」
酒でも飲みながらこれまでの話をするとしようか。
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もう間もなくですね。よろしくお願いいたします。じゅるるるるっ。





