79話 再びその手に剣を
猛烈なスピードで昇るマグマは大地を揺らし、翼竜山の内部は徐々に崩壊を始めていた。
「こっちだ! 落石に気をつけて!」
銀の護剣の面々は魔王神教の教徒と交戦し、これを撃破。直後に翼竜山の内部は揺れ始める。危機感を抱いた彼らは、依頼を一時中断し、合流した王国軍の兵士の避難に移行。その際、倒した信徒も回復させまとめて避難を促していた。
激しい揺れと落下し続ける岩に、ルークはひどく不安を感じていた。
(何が起こっているんだ。とんでもない魔力の波を感じたと思えば、この揺れだ。魔王が復活したとでもいうのか。もしそうならこの先で誰かが戦っている可能性が高い)
彼はそのようなことを考えながら、歯がゆさに拳を握る。
討つべき邪悪がありながら相対することすらできない。悔しくないわけがない。だが、僕が尊敬するあの方ならきっとこうするだろう。戦うことだけが正しさではない。やれることをやるんだ。ルークは自分に言い聞かせとるべき最優先を選択していた。
「ルーク、私達もそろそろ逃げないと」
エマの言葉にルークは頷いてから振り返った。
その視線は遙か先にいるであろう魔王に向けていた。
(そこにいる君が誰かは分からない。だけど負けないで。僕は応援している。この声は届かないだろう。でも、君は一人じゃない)
前を向いたルークは、先で待つエマ達を追いかける。
「いよいよ崩れそうだな。ライザの魔術でどうにかできないか?」
「これだから素人は。魔術でもできないことはあるのよ。まぁ、ワタシほどの魔術師なら時間があればどうにかできなくもないけど。時間があればね」
「結局どうにもならないということか」
「言葉には気をつけなさい。氷像にするわよ」
杖に乗って飛行するライザと並走するブロンクが、落石を避けながら言葉を交わしていた。その先をエマとルークが先行する。
「どわあああああっ!?」
壁に空いた穴から転がり出たのは大神官であった。
彼は後方のルーク達に気づかぬまま、立ち上がってぶつぶつ言葉を漏らす。
「ぐぬぅう、大神官たる私がなぜこのような無様な姿を。それもこれも奴らが我が神殿に土足で踏み込んできたからだ。この恨みは決して忘れぬぞ。魔王神を回収したら王都を襲撃してやる。私の時代がもうすぐそこに――」
大神官は自身の足が前に出ないことに違和感を抱いた。
下を向くと両足は凍り付き、冷気は腰まで這い上がっていた。
「なっ!?」
「アイスバインド」
床に足を着けたライザが微笑を浮かべる。
敵の接近にようやく意識が向いた大神官は顔を恐怖に染めた。
「ばかな。なぜここに軍の手先が」
「聞きたいのはこちらさ。大神官である君がなぜこんなところに?」
ルークの問いかけに大神官は、汗を掻きながら視線を彷徨わせる。
「私は、私は普通の信徒です。大神官様はすでにお逃げになりましたよ」
「さっき自分で大神官だと言っていたじゃないか。それにその法衣、いかにも位が高そうじゃないか。悪いがここで逃がすつもりはない」
「ぎゃあああああっ!?」
大剣を抜いたルークは、切っ先をあて電撃を流す。
悲鳴を上げた大神官は気絶してしまった。
大神官を担いだルークは、仲間を連れて崩壊し続ける通路を走り続ける。
*
ラックスはうっすら目を開けた。
ぼんやりする視界の中で激しく戦い続けるのは、将軍と仲間達であった。フェリスが血を流しながら剣を振るい続ける。ザインも回復する暇すらないまま打撃を加えている。ノノンは二人を守るように壁になりつつ生身で斧を振るい続けていた。
混乱状態のヘカトケイルは激しく暴れていた。何が敵かももはや見分けが付かず、無差別に破壊を繰り返す。崩壊は着実に進み、天井から小石や岩が降り注いでいる。
「私のことは気にするな。この程度の傷、問題ない。攻撃を継続するんだ」
ダメージを負った将軍は、頭部から出血し両目が血によって見えない状態となっていた。それでもなお彼は神経を研ぎ澄ませ攻撃を継続する。
ヘカトケイルのダメージは確実に、蓄積し続けていた。四人の攻撃は時間とともに鋭く重くなり、斬ることすら難しかった肉体に深い傷を刻む。しかし、それでも致命傷には至らない。ぎりぎりでヘカトケイルは急所を避けていた。
(なんでここにいるんだったか。あ、そうか。魔王が復活して、俺も戦わないと)
起き上がろうとするラックスは、激しい痛みに声にならない声をあげた。
それでもなんとか四つん這いとなった彼は、左手に握る短杖が無事であることを確認し、まだ戦えることに安堵した。
「リーダーの俺が休んでいるわけにはいかないよな。あれ、動けない」
足に力が入らずラックスは悔しさに顔をゆがめた。
顔を上げ、仲間の戦いを見守る。じんわりと無力感が広がる。
「行かなくちゃいけないんだよ。俺は名称未定のリーダーだ。助けなきゃいけないんだ。動けよ。動いてくれ」
しかし、身体は言うことを聞かない。
ラックスの顔は頬のあたりから剥がれ、その下にある皮膚が露出していた。
「頼む、戦わせてくれ――ここで勝てなければ王国が。あいつらが守ったものが無駄に」
不意に、彼の指に触れる物があった。
それはラックスが捨てた剣。落石に弾かれてここまで来たようであった。
剣を右手で掴む。その瞬間、彼の前に立つものがあった。
ラックスは視界の端に映る”両足”に見覚えがあった。覚えていなくともそれが誰なのかは一瞬で察した。
「落ちぶれた俺を叱りに来たのか? それともあざ笑いに? 分かっているさ……今さら剣を取り戻したいなんて虫が良すぎる話だ。俺はお前達を裏切った。必ず連れて帰ると約束しておきながら、果たすこともできず、剣聖で在ることも辞めた――ごめん。僕は、君達が望んだ人じゃなかった」
彼の前に”大勢の足”があった。
言葉はない。ただ、手が差し伸べられた。
「……?」
手を掴んでラックスは立ち上がる。
――目の前には誰もいなかった。
彼は短杖を仕舞うと、掴んだ剣の柄を握る。
彼の手に、見えない多くの手が重ねられた。それはまるで抜けと言うように。
「あーしが足止めする! 大地よ、あーしのお願い聞いて!」
ノノンの言葉に従うように、ヘカトケイルの両足を石でできた腕が掴んだ。
エルダードワーフのみが使える固有術である。
ヘカトケイルは拳で石の腕を砕こうとするも、離れた位置にいたザインが素早く腕に腕を絡ませ阻止する。片腕がダメならもう片方と、動かしたところでザインはさらに腕に腕をからませ両腕の動きを封じた。
「そのまま動きを封じていてください。私が斬ります」
跳躍したフェリスが、渾身の一撃をヘカトケイルの額に落とした。
「火炎一閃!!」
魔剣の刃は薄皮を切るのみで進まない。
ヘカトケイルは全ての防御を額に集中させ耐えていた。
「ならば我が剣を!」
将軍がフェリスの剣の上から剣を斬り込んだ。刃は進まない。しかし、ヘカトケイルの表情はこれまでにないほど鬼気迫り、汗が滴り落ちていた。
「早く斬って、あーしの魔力が保たない!」
「む、むむ、むりぃいいいい! 腕が、ちぎれそうぅううう!」
「分かっています。あと少しだけ」
「くっ、魔王も必死か。もう一撃、守りを破れる最後の一撃があれば――!!」
ラックスは柄を握り――剣を引き抜いた。
美しい鏡面の剣が引き抜かれ、彼の顔がはっきりと写っていた。
「ずっと見守ってくれていたんだな。ありがとう」
彼の記憶の扉が開き、すさまじい速さで駆け抜ける。それは剣にまつわるあらゆる記憶。息づかい、柄を握る感触、足運び、肉体に刻み込まれた技の数々。
ラックスの顔が剥がれ落ち、銀色の長髪が熱風によってさらさらと流れる。
「すぅぅぅ、はぁぁぁ」
深い呼吸。彼は足下を流れる魔力に載って、一気に加速する。
ヘカトケイルの正面に跳躍したラックスの剣が振り下ろされる。
「これはっ!?」
「なっ、誰の打ち込みだ!?」
交差する三つの刃は、すっとヘカトケイルの防御をすり抜け、さらにそれまでが嘘のようにその身を容易に斬った。そればかりか銀の剣閃は、その背後のザインをすり抜け岩壁を切り裂き山をも斬った。
フェリスの瞳に銀髪が映り込み、剣を振り下ろした人物がはっきりと見えていた。
血しぶきが舞い散り、魔王ヘカトケイルは遂に息絶えた。





