76話 嫌がらせの話をすると自然と笑顔になる
解放したドワーフ達が、俺達に群がる。彼らなりに感謝の意を示したいのか、執拗に握手を求めぎゅううぎゅうに押し寄せていた。
ただ、一つだけ言いたいことがある。
なぜ俺の方にはむさい男しか来ないのだ。
「この恩は決して忘れない。助けが欲しいときは我らに声をかけてくれ」
「そ、そうさせてもらうよ……」
ひげ面のおっさんが涙に濡れた顔で、俺の手を強く握る。周囲にも汗臭く筋肉質な男どもが、自分達も同じ気持ちだとばかりに頷いていた。
片やフェリスの方は女性に囲まれていた。彼女が手を取り「怪我はないですか?」などと囁くだけで、女性達は「はひぃぃ」などと顔を赤らめていた。ザインとグランノーツも子供達に抱きつかれ大人気だ。
ちなみにフェリスとグランノーツは、ザインのすぐ後に到着している。
村長らしき男性が「ラックス殿」と声をかけてきた。
これまでとは打って変わり険しい表情だ。大事な話があるとかなんとかで、二人だけ離れた位置で会話をすることに。
「まずはお礼を。ラダン村は名称未定に命を救われた」
「感謝しているのは分かったからさ。話があるんだろ?」
「話とは相談役についてだ。奴は極めて危険な男だ。大神官と同様に優先して捕まえるべきだと伝えておきたかった」
「大神官と同様に? その相談役ってのは何者なんだ?」
彼はその話をしたかったとばかりに頷く。
「奴は協力者だ。教団内おいて権限は一切与えられていない。しかし、奴は大神官に”助言”を行うことで実質の最高指導者として振る舞っている。教団の現在の方針もあの男が大きく関わっているそうだ」
つまり影の首謀者ってことか。大神官をトップに据え、自身は標的にならないよう一歩下がった位置から指示を出す。実にこすいやり方だ。
目的はなんだ? なぜ魔王神教に協力した? 何者なんだ?
「あの男のことだ。すでに逃げ出しているはずだ」
「ずいぶん知ったような口ぶりだな」
「奴のやり方を間近で見ていた。村を襲った憎むべき敵としてな。できるなら我らの手で復讐を果たしたかったが、こうなった以上それはできぬのだろうな」
村長から憤怒の気配がにじむ。
「我らにできるのはささやかな復讐のみ。情報提供を行い軍に捕まえさせることだけだ」
「つまりは嫌がらせだと」
「そうだ」
不思議なことに嫌がらせと思うと自然と笑顔になってしまうのだ。
村長も不気味な笑みを浮かべていた。
「とはいってもあの男に関して情報は少ない。手がかりと言えるのは指輪くらいだ」
「指輪?」
「我らは金属細工を生業にしていている。主にやっているのは武具の装飾。片手間で魔物を模した指輪やバングルなども作っていて、なぜかこれが即完売するほど非常に人気なのだ。ただ、生産数が少なくて今のところは”王都のみの限定販売”に留めている。その中でドラゴンの指輪はとりわけ人気が高く、金持ちでもない限り手が出ないほどの値段設定になっている」
「その男はドラゴンの指輪をはめていた、と?」
似たようなデザインの指輪かもしれないと指摘したところ、ラダン村のデザインは特殊で現時点では模倣品は確認されていないと俺の疑問をあっさり一蹴した。
(わざわざ教えてくれたのはありがたいけど、俺達の仕事は終わってて後は軍のお仕事だからなぁ。とりあえず軍の誰かに教えておくか。なんだ? 向こうが騒がしいな?)
ドワーフ達がざわついていることに意識が向く。
複数の足音が近づき、到着したのは兵を率いる将軍であった。将軍は俺を見つけるなり兵を待機させこちらへやってくる。
「捕まっていたドワーフを救出してくれたそうだな。民を守る立場として礼を言いたい」
「仕事だからな感謝されるほどのことじゃない。それよりも、だ。迎えに来られると追加の報酬がもらえなくなるだろ。困るんだよねそういうの」
「ふっ、心配するな。きちんと払う。ここに来たのはドワーフ達の引き渡しと、各所の制圧を行うためだ」
ほっと胸をなで下ろす。タダ働きほど俺が嫌う物はない。
しかし、わざわざここまでドワーフを引き取りに来たのは、逃げ出すことを警戒してかな。彼らは重要な証言者でもある。軍としては絶対に逃がしたくない相手だ。
将軍が自ら敵地にやってきたのは少々驚いたな。相当腕に自信があるらしい。
「ドワーフは軍の皆さんにお任せして、俺達は帰還を――」
がしっと将軍に肩を掴まれた。
「もう少し稼ぐつもりはないか?」
「あの、ここまで結構働いたと思いますけど」
「私と共に大神官の捕縛に協力して貰いたい。もちろん報酬は出す。送り出した騎士だけでは、どうにも不安なのだ。いずれも優れた騎士ではある。だが、もし彼らで魔王の復活を阻止できなければ取り返しの付かない事態となるだろう。我が師である銀の剣聖がいない今、止められるのは私しかいない」
部下を信用していないわけではない。むしろ信じているからこそ彼らに任せたのだ。
それでも魔王を知るものとしては不安が拭いきれないのだろう。
クラウディオ・ゴンザレス――かつて銀の剣聖より直々に教えを受け、彼自身もまた魔王との戦いに身を投じた。三人の直弟子の一人。
「俺達がいなくても戦力はありそうだけど?」
「後ろの兵は、未だ抵抗を続ける各所の制圧に向かわせる。各パーティーはどうやら神官長と大勢の信徒に足止めされているようなのだ。兵は後方から挟撃すべく連れてきている」
中枢であるここは抵抗を続ける各所とも通じている。先に中央を抑えることで、敵の籠城を防ぎ逃げ場をなくす作戦か。あの頃よりもずる賢くなったな。
しかし、こうなると断りづらいな。別に同行するのが嫌って訳じゃないんだけど。どうにも胸騒ぎがするというか。今回の依頼を聞いたときから胸のざわつきがずっとあったのだ。最初は因縁深い相手の名を聞いたからだと思っていたが、ここにきてその胸騒ぎが強くなっていた。
いやいや、副団長のおっさんが向かったんだ。問題ないでしょ。
三十人も騎士がいて返り討ちに遭うはずがない。今頃、きっちり制圧しているはずだ。将軍に同行するだけで余分な報酬がいただけるのならめちゃくちゃ割の良い仕事だしな。
だいたいさぁ、魔王が復活って。死者が蘇生するなんて常識的に考えてあり得ないから。どうせ実際は魔王でも何でもなかった、ってオチでしょ。なに不安がってんだか。
俺はフェリス達に目で問題ないか確認を行う。
「分かったよ。引き受ける。だけどこれで最後だからな」
「助かる」
将軍は、ただちに兵に指示を出す。
大半は制圧に向かい、残りはドワーフ達の避難誘導に取りかかった。
騒がしくなったところで、将軍を先頭に俺達も移動を開始。
そこでドワーフの一人に声をかけられたグランノーツが足を止めた。
「その鎧。もしかしてノノン、じゃないか?」
「なんであーしを知って――ってロロンおじさんじゃん!」
四十代ほどの男性ドワーフは表情をほころばせた。
「里を出て以来だからずいぶんになるか。ついに鎧を完成させたんだな。その姿だからすぐに気づけなかった。しかし、すごいな。一見しても仕組みが分からない」
「まぁね。マジ鬼苦労したっしょ。てか、なんでおじさんがここに? あの人達は正体知ってるの?」
「色々あってな。村の者には錬金術師だと言ってある。本当に錬金術師の元で修業をしたから嘘は言っていない」
二人はこそそこと小声で会話をしていた。
顔見知り、つまりそういうことか。まぁ聞かなかったことにしてやるか。
ロロンは突然険しい表情をする。
「奴らは軍がやってくることを早い段階から把握していた。予定ならあと半月はかかる魔王神の誕生を強引に早めた可能性もある。ある時期から施設を閉め出されてしまったので、状況は分からないが充分に注意を」
「その話は本当か?」
会話を聞いていた将軍が彼に再度確認をする。
ロロンは「あ、ああ」と驚きながら頷いた。
「急ぐぞ。騎士達が危険だ」
駆けだした彼を追いかけ俺達も向かう。
◇
金属製の扉は、何度も爆発と打撃を加えられへし曲がっていた。片方は蝶番が壊れ床に落ち、もう片方もかろうじて扉として原形を留めているような状況である。
その先ではこれまでで最も広大な空間があった。高い天井と剥き出しの岩肌。床や壁にはところどころ赤い根のようなものが張り付いていた。そこにならぶ無数のガラス管。ガラス管は全て砕かれ中の液体は床に漏れ出していた。
一際目を引く巨大なガラス管も砕かれており、その中にあるグロテスクな繭のような物体は真ん中から割かれたように開きしなびれていた。
ぽたぽたと全身から滴を落とす裸体の巨漢が、騎士の一人を片手で軽々と持ち上げていた。
周囲には動けないほど叩き伏せられた騎士達が、うめきをあげている。
巨漢は騎士の首を、ぎりぎりとゆっくりと締め上げていた。
「がはっ!? あが、ああああっ!」
「副団長、今助ける」
将軍は剣を引き抜き巨漢に斬りかかる。
だがしかし、刃は腕に防がれてしまった。
「なんて硬さだ。あの時以上か」
後方に飛び下がりながら再び構える将軍。その顔には余裕はなく冷や汗すら流していた。
巨漢の後方にいる法衣を纏った中年の男が口を開く。
「そいつはもういい。捨てておけ。それよりも素晴らしい客人が来てくれた。これはこれは将軍様、よくぞ我らが魔王神教の神殿に来てくださいました。歓迎いたしますよ」
「……」
巨漢は手に持っていた副団長をこちらへ投げ捨てる。
血まみれのおっさんを将軍は抱き上げた。
「も、申し訳ありません、復活を阻止、できませんでした。ごほごほ、そればかりか、部下を……」
「よく頑張った。後は私がなんとかする」
振り返った彼はザインに「回復を頼めるか」と副団長を預けた。
巨漢に正面から近づく将軍は重く冷たい空気を纏う。
「ふはははっ、私が生み出した魔王神と戦うつもりか。ならば教えておいてやる。貴様らに勝ち目はない。ここで無残に殺されるのだ」
恐らく大神官であろう中年の男が、愉悦に満ちた表情で俺達の死を宣告する。
ゆらりと巨漢が一歩、重い足音を響かせた。
三メートルを超える長身に分厚い肉体。燃えるような赤い体毛。口内に収まらず露出した鋭い牙。特徴的な一つ目は魔王になった影響から白目部分が黒く染まっている。放出する魔力量も尋常ではなく、重い空気が立ちこめていた。
サイクロプスの魔王――ヘカトケイルの咆哮が鳴り響く。




