105話 おはようございます。六人目です
豊穣祭の起源は、魔神統治時代の催しと言われている。
一説では、この地にやってきた魔神を楽しませる為に、仮装を行ったことが始まりだとも。魔神が居なくなった今でも、こうして名前を変えて祭りだけは残り続けている。
ごった返す王都の大通り。俺達はひとまず休息すべく、裏路地へと入り、適当な喫茶へと入りお茶をすることにした。さすが王都というだけあって、たかが喫茶がお洒落である。客も女性ばかり。些かの居心地の悪さを感じつつ運ばれてきた茶を啜る。
「しかし、会うのは数日ぶりだな。王都ではどう過ごしていたんだ?」
「王都周辺で依頼をこなしてた。アバンテールと違って報酬が少し高い、知らない魔物とも会えて勉強になる。先生は大変だった、闘技場の件」
「あれね。本当に割の合わない仕事だったなぁ。準備に本番、最後も魔物が出て大騒ぎでさ。幸い死人は出なかったが、謎の多い事件ではあった」
結局、犯人は不明なまま。
判明しているのは、閉会式を狙った人為的な事件であったことのみ。
王子を狙ってのものか、あるいはギルド関係者、魔術学院の関係者を狙った線も外せない。それにあの白いフードをかぶった人物、無関係とは思えない。
先の魔王神教の相談役とやらも見つけなきゃならない軍としては、新たな問題が出てきて頭を抱えている頃だろう。一応駆けつけた軍にはすでに不審者の目撃情報を伝え、例の人形も渡してある。呪いも魔術もかかっていない普通の人形だったので、何かの証拠にはならないかもしれないが。
「明日から、南方のダンジョンに向かって出発する。先生とは、しばらく会えない」
「南方ってことは、ベルダモントの迷宮に挑むつもりか?」
「そう、自分達がC級にふさわしいか、確かめたい」
ベルダモントの迷宮は有名なダンジョンだ。難易度はD+と、C級の実力があればほぼ確実にクリアできる場所だ。だがもし、未熟な部分があれば途端に牙を剥いてくるダンジョンでもある。今の力を確認するなら確かにお勧めだ。
ああ、だから図書館で予習をしてたのか。
復習するだけでなく自分で使えそうな付与を探していたと。
すでに練習した付与しか本番では使えないと教えてある。その上で自分で新しい技術を身につけようとしているのなら口出しすることはないだろう。何でもかんでも教えては成長に繋がらないしな。
「俺からは無事に戻ってこいとだけ言っておいてやる」
「うん。お土産持って帰る」
「じゃあ、可愛い子がいいな」
「善処する」
何を考えているのか分からないが、弟子はこくりと頷いた。
◇
豊穣祭は夜も続く。明かりが灯り人の数が一層増す。
焼き菓子や串肉の香りが王都全体を覆い、露店には、うさんくさい商人がうさんくさい商品を並べて客を捕まえていた。
鐘が鳴らされると、それとなく人々は見晴らしの良い場所を求めて動き出す。
俺達も噴水のある広場を目指して移動を続けていた。
「これは絶対高価な壺だ。間違いないね」
俺は先ほど露店で買った壺を、にやにやと眺める。
間違いなく掘り出し物だ。この美しさ艶。描かれた前衛的な絵。これを売った商人は価値に気付いていないようだった。だが、俺にははっきりと分かる。銀貨五枚と決して安くはない値段だったが、その真の価値はたぶん金貨百枚はくだらないだろう。勘が告げているのだ。俺の勘が。
そんな俺をフェリスは呆れていた。
「これでも美術品などを見る目はあるつもりです。ラックスの言うとおり質は良いですがが、デザインが非常に残念と申しますか。出して銀貨一枚な気も」
「そう? あーしは結構好きだよ、この抜けてる顔の絵。でも銀貨五枚の価値はないかな」
「先生、まだ返品は可能。考え直すべき」
やはり素人共には、こいつの価値が理解できないか。
だけど、確かにこの絵はダサい気が……いいや、むしろそこに高値が付くのだ。
「あ」
「あ」
たまたまばったり眼鏡剣士君と出会う。
彼の後ろには、美人剣士ちゃんと地味顔魔術師君の顔もあった。俺は試験ぶりだなと軽く挨拶をしようとしたところで、眼鏡剣士君が悲鳴を上げた。
「ひぃ、ひぃいいいい! S級、S級怖い!!」
「「ベンジャスさん!?」」
声をかける前に一目散に逃げて行く。
お灸を据えすぎたかなぁ。でもまぁ元気そうだから良かった良かった。
「今の何? 何で逃げたの?」
「失礼ですよね。ラックスさん達の顔を見て逃げるなんて」
「たぶん先生の犠牲者」
新人ちゃんらが眼鏡剣士君について言葉を交わす。
誰が犠牲者だ。
言葉には気をつけなさい。
ふと、斜め前方を行く集団に意識が向いた。
そこには銀の護剣とあっちの新人――『青狼の牙剣』の顔があった。
(あいつらも来てたのか)
他にも獣歌の面々。シスター達。酒場のテラス席では、他の受験者と泣きながら酒を飲み交わすマダニの顔も。
広場へと到着した俺達は夜空を見上げる。人々も足を止め見上げていた。重い破裂音が響き、夜空に花が咲く。花火である。豊穣祭の締めくくりは毎年花火と決まっている。
色とりどりの火が夜空を彩っていた。
◇
のそりと起き上がりしばらくぼーっとする。窓の外は変わらず王都の景色だ。ただし、時刻は昼近く。新人ちゃん達は今頃、旅路だろう。
昨夜は飲み過ぎた為か頭が痛い。可愛い後輩を応援するつもりで夕食を盛大にした結果がこれだ。エルダードワーフのノノンに飲み比べなんて挑むべきじゃ無かったな。反省。
「喉が乾いたな」
「それなら自分が。どうぞ」
「サンキュウ」
水の入ったグラスを受け取り、ごくりと飲んだ。
柑橘の風味がする冷えた水は、すっきりとしていて寝起きの身体に染み渡るようだ。もう一杯貰おうとして俺は――ぴたりと、動きを止めた。
今、水を貰ったよな? 誰に??
視線を彷徨わせるが、人らしきものはあるはずもない。ぞっと背筋が凍り付く。
「お水はいかがでしたか?」
耳元で囁く何者かの声、俺はグラスを投げ捨てると悲鳴を上げて部屋中を駆け、壁際へと逃げた。
「いかがいたしましたか。ラックス様?」
「ひぃ、どこだ、どこにいる?」
「ここですよ。やはり貴方様には視えないのですね」
「さては魔物だな! 超一流付与士が相手してやる! か、かか、かかってこい!」
震える手で短杖を構える。しかし、相手は一向に攻撃してくる雰囲気はない。殺気も気配もない。だが、部屋の一箇所だけ妙な空白があった。空気も魔素もそこを避けて流れている。視えない”何かが”そこにいる、としか。
ばたばた、ばん。足音と共に、何者かが俺の部屋のドアを勢いよく開いた。
「ラックス、なんですか今の悲鳴は!?」
「フェリス! 良いところに来てくれた! ここになにかいるんだ!」
彼女は部屋の中をくまなく見渡し、きょとんとした表情となる。
「ブランチさんしかいませんよ?」
「何を言って――ブランチ?」
「ええ、パーティーメンバーの【ブランチ】さんです」
フェリスは、誰もいない場所で紹介するように微笑む。
え? え?
パーティーメンバー??





