104話 ちょっぴり落ち込んだ日は景気良く飲むに限る
翌日の早朝、俺は仲間の現在の姿を視界に入れながら、朝食の目玉焼きをチュルンと一口で飲み込んだ。思うのはもちろん仲間についてだ。
貴公子然としたモテ男は――美女と評判の姫騎士へ。
奇抜な格好をした奇人は――妖艶な悪魔の美女へ。
全身鎧の漢の中の漢は――褐色ツインテギャルへ。
白い毛玉は――妖精のような可憐な美少女へ。
信じがたい真実だが、我が名称未定は……男一人女四人の黒一点パーティーだったのだ。
もちろん不満なんてあるわけがない。美人に囲まれるのは俺の夢だった。仲間だって頼りになって信頼だってしている。ただ、むさ苦しく熱い男同士のパーティーは、全て幻想だったのだと知り、少しだけ寂しくなったのだ。
俺はナイフとフォークを持ったまま嘆息する。
「元気がありませんね。変な物でも食べましたか?」
「食べてません」
「ラクっちのことだからお金がなくて落ち込んでるとか」
「いつもです」
「ち、血を?」
「回復したい欲求はないです」
「シルクの額の目が気になるのだな」
「それはそう」
宿の食堂は丸いテーブルが並んだお洒落な店だ。田舎の安宿と違い王都の高級宿なだけあって、食堂には身なりのいい貴族や商人がグラスを片手に談笑している。ここ最近のお気に入りである窓際の席で朝食をいただく俺達は、四人が美人過ぎることもあってか、時折、客の視線が向けられたりして毎回地味に目立っている。
ルルーナだが、今朝――つまりつい先ほどだが、生徒を連れて魔術学院に帰還した。よほどシルクと別れるのが嫌だったのか、今生の別れのように泣いてしがみつき、同行していた生徒達によって強引に剥がされ引きずられていった。シルク好きすぎるだろ。
まぁシルクが言うには、転移魔術を使って月一で屋敷には戻っているそうなので、実際には会おうと思えば会えるそうだが。
シルクの額にある目をじっと見つめる。
ぱちぱちと何度か瞬きをした第三の目は、確かに本物だ。
「この瞳は通常の目とは少し異なる。魔力を視覚として捉え、術式もより詳細に捉えることが可能。魔力的な繋がりを距離関係なく情報として視ることができる」
「それってつまり、魔力を辿って術者を確認できるって認識で合ってる? 本当なら鬼すごいじゃん。視認するってレベルじゃないっしょ。神の目だよ」
「ノノンの予想通りだ。だが、神と呼ばれるほどの力はない。あくまで魔力の繋がりをたどれるだけだ。シルクはザインの目の方が素晴らしいと考えている」
「……?」
パンをかじるザインは、きょとんとした表情で首をかしげる。
ふーん、ただ三つ目があるだけじゃないのか。魔力の繋がりたどれる、使い方によってはこの先の仕事で有効な場面も出てくるだろう。
そうなのだ、彼女達は俺が男と勘違いしていただけで何も変わっていないのだ。不満は全くないがいくつかの悩みはどうしても出てきてしまう。今後は野営もしづらいし、着替えも目の前でできなくなるなぁ。洗濯とかさ、あれ? そういやウチって洗濯どうしてたんだったか。
「今日は豊穣際でしたね。私達は祭りを楽しむつもりですが、ラックスはどうしますか?」
「もちろん参加するさ。そのために来たまであるからな」
フェリスに返事をしつつ内心で涎を垂らす。
年に一度の騒がしい空気を堪能しつつ飲む酒は格別。他にも遠方からやってきた行商人が、これまで隠していた珍品を売り出す日でもある。外に出ないなんて選択肢は端からない。
「でもさぁ、どうすんの? 豊穣際って仮装祭でしょ。あーしら衣装なんて用意してないけど」
「いつもの格好があるだろ。あれも仮装みたいなものだし」
「それはそうだけど、テンション上がらなくない?」
テンションの問題ですか。俺にはギャルの気持ちは分からないな。
ノノンは役に立たないリーダーを早々に切り捨て、女性陣だけで話し合いを始めてしまう。
「じゃあさじゃあさ、こういうのはどう? 可愛いっしょ?」
「仮装と言って良いのでしょうか?」
「そ、そそ、それ賛成」
「シルクはどちらでも構わない」
仮装なんて適当で良いと思うんだけどな。
ただ、昇格試験では全員頑張ってくれていたので好きなようにさせるべきかな。
◇
祭りに参加すべく揃って宿を出る。
宿の前を行く人々は、彼女達の登場に視線が釘付けとなっていた。
女性はおそろいのメイド服。でもって俺は執事服だ。フェリスはお嬢様役としてメイドではなくちょっとしたドレスを身につけている。役とはいっているが、実際にお嬢様なので彼女だけ仮装ではないことにはなるな。
「なんで私だけ。私もメイド服を着させてください」
「フェリちん我が儘だなぁ。可愛いからそのままでいいじゃん。鬼似合ってるっしょ」
「わ、我が儘!?」
ノノンの言葉にフェリスが珍しくショックを受けている。
一方、女性姿のザインはメイド服が珍しいのか、そわそわした様子でくるんと回転してスカートをひるがえしていた。ちなみに角や羽は仕舞ってあるので外見はヒューマンの姿である。
「か、かか、可愛い。初めて着たぁ」
「よく似合ってるよ」
「そそ、そうかな……へへ」
恥ずかしそうに、そして、どこか嬉しそうにザインははにかむ。
俺の服をくいっと引っ張るのはノノンだ。彼女は「どう? あーし」と自分も褒めろとアピールしていた。
「メイドっつーよりギャルだな」
「そこはどうでもいいっしょ。乙女がどうって聞いたら、可愛い綺麗エロいっていうのが常識じゃん。わかってないなぁ、ラクっち」
「すみませんでした。めちゃくちゃ可愛いです」
「もうラクっちてば、皆が見てるじゃんか」
腰を軽く叩かれたのだが、とんでもない力で一瞬骨が砕けたかと思った。
ピンクのツインテを揺らすノノンは、いつもの調子で指でハートを作って太陽のような明るい笑顔だ。
で、まったく表情を変えないシルクはふわふわと浮いて漂っている。それでもメイド服には興味はあるのか、自身の袖やスカートの裾を確認していた。
「嫌なら断っても良かったと思うけど」
「構わない。ただ、いつもあった毛がないので寒い」
「ああ、そっち。本当に寒がりなんですね」
俺はマジックストレージから、厚手のフード付きマントを取り出しシルクに着せた。ないよりはましだろう。帰るまではこれで我慢してくれ。
「感謝。顔に似合わず気が利く」
「一言余計だ。今すぐ返せ」
「断る」
ふっと顔をほころばせたシルクは、跳ねっ毛が揺れていた。
最後にフェリス。彼女は未だ恥ずかしそうに周囲の目を気にしていた。すっかり冒険者姿が板についてむしろ、貴族としての格好に違和感を覚えるようになってしまったのかもしれない。俺は執事らしくお嬢様へ一礼する。
「さぁフェリスお嬢様、お祭りを楽しみましょう」
「貴方って人は。はぁ、いいでしょう、フェリス・フレアハートをしっかり護衛するのですよ。いいですね?」
「かしこまりました。お嬢様」
てことで、お祭りに出発である。無数の屋台が並ぶ通りは、祭りの参加者で一段と賑やかだ。仮装祭というだけあってすれ違う人々の格好はどれも目を引く。ドラゴンの格好をした子供やサキュバスの格好をしたお姉さん、中には魚の格好をしたカップルもいた。
「おーい、ラックスさーん!」
「あれは」
両手に串肉を持つ三匹のドラゴン。といっても首から下はいつも通りだ。
頭部だけドラゴンの頭部を模したかぶりものをかぶっており、それぞれ両手には屋台の料理を持っていた。新人ちゃんだ。
祭りとは言えシュールな光景だ。
「上手い料理を教えてくれたら奢ってやるよ」
「本当に!?」
剣士ちゃんが目を輝かせる。魔術師ちゃんは今の格好が恥ずかしいのか、剣士ちゃんの後ろに隠れていた。シーフちゃんは相変わらずの無表情で、どっさりと串肉を持っており、そのうちの一本である串肉を俺に差しだす。
「先生に一本だけあげる」
「一本かよ。まぁありがたく受け取るよ」
「皆にもあげる。先生がいつもお世話になっております」
かと思えばメンバーにも串肉を配り始める。
母親かよ。しかし、これ美味いな。
「先生、一緒にまわっていい?」
「好きにしろ」
目を輝かせる弟子のお願いを断れはずもない。
まだ豊穣祭は始まったばかりだ。





