102話 ハサミを持っておりますので切りますね。ジョキジョキ
長い白髪をなびかせる三ツ目の少女――その足は宙に浮いており、まるでおとぎ話で聞く妖精のような幻想的な美しさを帯びていた。王子は剣を抜いたまま立ち尽くし、ルルーナはその名と僅かに見たシルクの横顔に大きく目を見開いた。
「そのお顔、その名、まさか貴方は、いえ、貴女様は。名を聞いたときに何故気付かなかったのか」
「ルルーナ殿、落ち着いて。今は彼らに任せよう」
王子がルルーナに手を貸し立ち上がらせた。
怒りで咆哮するケルベロスを前に、シルクは白く細い腕で杖を掲げた。
「重力の檻で息絶えるがいい、グラビティプレス」
目には見えないとんでもない重量がケルベロスにのしかかった。床はその重みに耐えきれずヘコむ。なんとか耐えていたケルベロスに襲いかかるのは、さらなる重量だ。真上から降ってくる重みが段階的に増し、床がヘコみ、ケルベロスの身体からは血が噴き出し、骨が砕け、遂には悲鳴すら上げることもできず押しつぶされた。
「なんて魔術……あのケルベロスを圧殺するなんて」
「私の騎士は!?」
シルクの魔術にルルーナは言葉を失う。王子は全ての敵が倒されたと判断すると、倒れている近衛騎士へと駆け寄った。抱き上げた騎士の呼吸を感じ取った王子は、安堵した様子で息を吐いた。
「回復できる者はいないか! 頼む、騎士を助けてくれ!」
「ち、血を!」
「ひぃ」
「か、かか、回復ほしいぃ?」
「君はもしや回復師なのか! 頼む!」
「ち、ちちち、血をぉおおおお!!」
血走った目をぐりんぐりん動かし、ザインは奇声を上げる。
強力な回復が舞台を覆う。ザインのハイキュアだ。
通常の聖魔術ではあり得ない速度で人々は治癒してゆく。ザインはそれに留まらずせわしなく移動し、腕や脚を失った者にさらなる回復を与えた。
「腕が、腕が戻った! 奇跡だ!」
「足が元通りに。まだ冒険者を続けられる」
「ザイン様、ありがとうございます」
手や足を取り戻した者達はザインコールを始める。
――まぁ、いつもの光景だな。
幸い死者はなく事態は収束。
通路から冒険者達が合流し、全ての魔物は片付けられたとの報告が入った。
◇
騒ぎの後、無事に宿に帰還。
揃って食堂に集まったものの、食事をする気分にもなれず、そのまま今日の騒ぎの顛末を語り合っていた。
「鬼忙しい一日だったよね。昇格試験に魔物の侵入、やっぱあれって王子を狙った事件だったのかな。どう思うフェリちん」
「事件、と考えるにはいささか早計な気もしますが、状況から考えるに人為的な騒ぎであったとみるほかないでしょう。ですが王子が標的だったのかは不明です。ギルドへの私怨、あるいは合格者の誰かに恨みを持っていた者の犯行とも考えられます」
ティーカップを置いたフェリスは、素顔で自身の考えを述べる。その隣ではノノンが頬杖を突いて窓の外を眺めていた。
日が落ちたばかりの王都は、明日の祭りに向けて前夜祭が行われていた。各所で明かりがぶら下げられ人々は、豊穣を祝うべく魔物の仮装でエールを浴びるほど飲んでいた。ドラゴンとゴブリンが乾杯する光景はシュールだな。
「キクゥウウウウウウウウ!!」
俺の隣では、女性の姿のザインが目薬を垂らしている。どうやら目薬を宿に忘れていたらしく試験中はドライアイで過ごしていたそうだ。思い起こせば目が乾燥して血走っていた気がする。それから毎回目薬を差す際に叫ぶの止めてくれないかな。ちょっぴり驚くんだよね。
茶菓子をかじりつつ俺も発言をする。
「しかし、魔物が木箱に入れられて運び込まれていたとは。予想もしなかった」
「あの場を調査した結果、その可能性が高いそうです。他に侵入できそうな箇所がない以上は、その線が濃厚でしょうね。ザインさんは特殊な目をお持ちでしたよね。木箱を目にした際に気が付きませんでしたか?」
目薬で目が潤んだザインが、落ち込んだ表情となる。
「ご、ごご、ごめんなさい、記念品が入っていると聞いて、も、貰うまで楽しみにしようとあえて視なかったぁんだぁ」
「ふふ、じゃあ仕方ありませんね」
「あーしも熱源を確認しなかったし、ザイっちだけ責められないっしょ。でも、記念品ってたぶんコースターだと思うけど」
「え」
珍しくザインが目を点にしている。
ネタバレ喰らいたくないって気持ちは理解できなくもない。それにザインやノノンを責めるのもお門違いだ。そもそもあそこに運び込まれる前に、ギルドが気づかなくてはいけなかった。
とはいえギルドの警備もザルではない。管理を行う職員の話では、木箱は実技試験の二日目、つまり前日に運送業者によって運び込まれたそうだ。ただちに運送業者に聞き取りが行われ、業者も中身を知らされていなかったことが発覚した。
”白いフードをかぶった男性らしき人物”が、ギルドからの依頼書を持ち込んだそうだ。業者は指定された場所にある木箱を闘技場へと運び、職員は依頼書が正しいことを確認した後に運び入れを指示、業者は事前に指定されたとおりの位置へ木箱を設置したということらしい。
で、肝心の依頼書は精巧に作られた偽物だったとかでまた大騒ぎ。
ギルド職員の狼狽えっぷりはひどいものだった。
あの場にいなかったサリウスだが、闘技場の倉庫から縛られて発見された。
本人曰く直前まで控え室にいるつもりだったが、入ったところで妙な薬品臭さに気が付き、布で口と鼻を覆ったそうだ。そこで背後から一撃。気絶した彼はロープで縛られ、ご丁寧に口頭魔術も使用できないよう猿ぐつわもされ倉庫に放り込まれたそうだ。
「クライン君が発見しなきゃ、サリたん倉庫で干からびてたっしょ。もしくは演技とか。依頼書の偽造、闘技場の内部構造の把握、関係者のみが分かる試験の日程、何より高名な魔術師であるはずのサリたんを倒せる人間はそうはいない。つまり犯人はサリたん。あーしの推理当たってない? どう?」
「サリたんって誰のことだよ。サリウスに犯行が可能だとしても動機が不明だろ。それに疑わしきは罰せずって言葉もある。どちらにしろただの冒険者である俺達には関係の無い話だ。本格的な犯人捜しは軍やギルドがするだろうさ」
そう、これからどうするかは”上”が決めることだ。
名称未定としてはやるべきことはすでにやったし、訊かれたことにも答えた。協力だって求められれば応じるつもりである。誰も死ななかったし、ひとまず事件は収束したってことかな。それに第三王子からは後日お礼があるそうだし。ぐふ、ぐふふ、沢山金貨もらえるかなぁ。もらえると良いなぁ。それか割の良い仕事を。
「皆さん、お待たせしました! 見てください麗しき我が初代様ですよ!」
食堂にやってきたルルーナが、ふんすと鼻息荒くし胸を張る。
その背後からやや不機嫌なシルクが姿を現した。
全身を覆っていたふわふわの毛量は梳かれたことですっきりとして、シルクの本来の姿があらわとなっていた。頭部にぴょこんと立った跳ねっ毛、額の第三の目はしっかり出ており、常時浮いている両足も確認できる。
「寒い……」
「何を仰います。初代様の可愛らしいお顔が視られないなんてルルーナは悲しいです。ああ、初代様、初代様、なんて愛らしく偉大なのでしょうか」
ルルーナはシルクに抱きつきぐりぐりと頬を擦り付ける。
反対にシルクは困り顔だ。
二人は席に腰を下ろし姿勢を正す。
「シルクは正体を隠していたわけではない。女だということは伝わっていると考えていたし、何者かであることもあえて言う必要は無いと思っていた。いや、隠したいという気持ちはあった。バレンシア家の者に見つかりたくなかったからだ」
シルクは深呼吸する。
しばしの沈黙が広がり、彼女は薄い唇を開いた。





