101話 毛玉と呼ばれた美しき白髪の魔術師
ケルベロスの討伐難易度はSとされており、王国における生息数は少ないものの歴史上幾度となく村や町を滅ぼした凶悪な魔物である。ケルベロスの登場により闘技場は恐怖に埋め尽くされた。
観客席にいた一般客は我先にと逃げだし、魔術学院の生徒達も引率の講師によって避難が開始される。自ら残った冒険者達は防御結界を破壊し舞台へ入ろうとする者と、通路を使って舞台内へ救出しようとする者とで二つの流れができていた。
「こちらの通路から向こうへ行けるはずだ!」
銀の護剣のルークが冒険者達を先導する。
獣歌も結界の内部へと向かうべく通路へと入っていった。
その間、舞台にいる者達はなんとか抗おうともがいていた。しかし、物理攻撃が通用しないレイスは、彼らの振るう刃をすり抜け、次々に取り憑き同士討ちを始める。
「王子をお守りしろ! 殿下我らの後ろへ!」
「しかし、彼らが魔物に。助けられないのか」
「あれらを祓えるほどの聖魔術の使い手がおりません。ここはどうか自重を。我ら近衛騎士にとって御身が最重要なのです」
「くっ……」
襲い来るレイスを近衛騎士達は、王子を誘導しながら攻撃魔術や魔道具で倒し続ける。しかし、時間が経過するほどにレイスの数は増していた。防ぎきれず取り憑かれる者も出始め、王子と近衛騎士達の内側でじわりと焦りがにじみ出る。
舞台のある会場には三つの出入り口が存在する。そのうちの二つは裏口に通じる関係者のみ使用できる通路に通じていたが、魔物の流入が最も多くそれらを使っての退避は困難に思われた。一方、観客席や正面出入り口に通じる三つ目の出入り口からは魔物の出現は未だ確認されていない。近衛騎士は三つ目を退避ルートととし、王子を守りつつ目的の出入り口へ向かって後退を行っていた。
「もう間もなくです。通路に入ったら全速力で駆け抜けてください」
「承知した――いや、だめだ」
「殿下はまだそのようなことを」
「違う。三つ目の出入り口からもレイスが」
出口であるはずの通路からもレイスが大量に出現し、騎士と王子は来た道を辿るように退避を余儀なくされる。
「ぎゃあああああああ!!」
ギルド職員の一人が、ケルベロスに腕を食いちぎられた。地面に落下したその者は、痛みにもだえる間もなくレイスに取り憑かれる。健闘を称え穏やかに終わるはずであったA昇格試験の閉会式は、互いに斬り合う者達の鮮血と悲鳴が舞台を濡らし地獄絵図と化していた。
「なぜアンデッドが闘技場に! ファイヤーボール!」
ルルーナは魔術を駆使し、単身で耐えしのいでいた。彼女の腕ならケルベロスを除いて一掃は可能だ。だが、上位の魔術を発動するだけの時間が足りない。杖を握る彼女の手は苦しさからいつしか汗に濡れていた。
生徒は他の講師が避難させた。私も大丈夫。ここには大勢の冒険者がいる。S級パーティーも複数来ている。耐えしのげば助かる。まだ希望はある。ルルーナはそんなことを考えながら攻撃魔術を放つ。
「まるで噂に聞くミルディアがアンデッドキングに襲われたときのよう。どうしてこんな時にサリウス様はいらっしゃらないの。あの方の腕があれば」
ルルーナの額から汗が滴る。彼女に迫るレイスの数が増したのだ。
守りの攻撃は徐々に押されいよいよ間近に迫っていた。それでも彼女はバレンシア家の魔術師として最後まで抗うつもりでいた。
かつてバレンシア家は、新参の魔術家系として古き家系に侮られ蔑まれてきた。今でこそそこそこ古い家系として扱われているが、できた頃は何かと恥を掻かされ嘲笑されたのである。それらを黙らせたのは初代当主と二代目当主であった。
初代当主はその深き知識と魔術の才によって数多の魔術師を下した。そして、初代に拾われ養子として育てられた二代目は、その知識を贅沢なまでに注がれ、現在では現代魔術の学び舎と呼ばれる魔術学院を作り上げた。
ルルーナの実家には二人の肖像が飾られている。一つは魔術学院を設立した二代目当主。もう一つは、白く長い髪の毛を風になびかせる少女の横顔。ルルーナは現代魔術の礎を築き上げた偉大なる魔術師の血を受け継ぐ者として、その二つの肖像画に、誇れる人生を突き進むと誓ったのである。
「初代様、どうか私に力を。皆を助けるだけの力をお貸しください」
王子を護る近衛騎士の一人がレイスに取り憑かれる。
決定的な隙、騎士の壁は突進したケルベロスに崩されあっけなく崩壊。唸り声を上げるケルベロスは壁際に身を寄せる王子を視界に捉えた。ゆっくりと開かれるその口の奥には、火炎が顔を出していた。
「させません、簡易結界!」
「ルルーナ殿!?」
王子の前に飛び出したルルーナが結界を張る。口内より放射された火炎は、二人がいる結界を勢いよく包み込む。だが、ルルーナが一瞬早く結界を展開したことで二人は無事であった。
「ここから逃げ出す方法はないのか」
「申し訳ございません。私が転移魔術を使うだけの技量と魔力があれば」
「そうか。ならばいよいよ諦める時がきたのかもしれんな」
「まだ死ぬと決まったわけではありません。くっ、必ず助けは来ます。必ず」
「ルルーナ殿!?」
炎が途切れ簡易結界が解ける。ルルーナは魔力の使い過ぎから崩れるように座り込んだ。大量の汗を掻き呼吸は絶え絶えである。もはや立ち上がることも術の一つも出すこともできない状態であった。ケルベロスはようやくメインディッシュにありつけると、その目を愉悦に歪ませる。
「次は私が相手だ。犬っころ」
彼女を護るように前に立ち、剣を抜いたのは王子であった。
「第三王子メルヴィン・ジーン・ファルナスである。王族の血はさぞかし美味いであろう。魔術師は止めておけ。見た目は良いが肉付きは余り良くないぞ」
「それ、褒めてるのか貶しているのか分かりませんよ」
「褒めているのだ」
ケルベロスが咆哮する。
*
通路ではルークとギルを先頭に激しい戦闘が行われていた。
押し寄せるスケルトンにスケルトンウィザード。その全てが真新しい武具を装備し、道幅いっぱいまで詰まっていた。
蹴りでスケルトンを砕くギルが苛立ちを隠しもせず吠える。
「ふざけんな。どこからこんなにわらわら湧いてやがる」
「奇妙だ。発生原因も不明だが、魔物が身につけている装備の質が良すぎる。おかげで数倍守りが堅くなり僕たちの進路を上手く妨害している」
「言われてみれば雑魚が持つには出来が良すぎるな。スケルトン共が持つのはたいていどこかの拾いものか生前着けてた装備だ。そういうのはたいてい錆び付いてて欠けている。つまり人によって計画された襲撃と考えているのか」
「まだそうだとは断言できない。その可能性があるというだけさ」
ギルと入れ替わるようにスイッチしたルークが稲妻を発生させる。身を焼かれ後退したところでエマとライザが「撃つわ。下がりなさい」と冒険者の集団を下がらせた。
二人は氷系統の攻撃魔術と聖魔術の範囲浄化を同時に放つ。浄化の力を帯びた極寒の風が渦を巻き、通路を突き抜ける。通路のスケルトン達は一瞬にして氷漬けとなり、ひとりでに砕け散った。通路に歓声が響き渡る。
「エマ、負傷者に回復を。まだ敵は居るようだ」
「もうしてる。ルーク達も気をつけて」
再び通路に魔物の足音が響いた。
◇◇◇
観客席の冒険者達が救出に通路へとなだれ込んでいる最中、俺達はなんとか結界を破って中に入れないか試していた。フェリスにグランノーツにザインの三人が攻撃を加えるもびくともしない。元々闘技場の催しにおける安全確保の為に備えられた魔術だ。S級冒険者が数人かがりで攻撃しても壊れないようにできていても不思議ではない。
俺は状況を観察しながらしばし手を考えていた。
今、通路に入っても大勢の冒険者が詰まっていて進めない。かといって結界を破ることも難しい。他にあちら側に行ける手段はないか。舞台ではケルベロスを相手に王子が剣を構えている。ルルーナはすでに限界を迎えていて魔術を使用するどころか立つことすら困難だ。今あちら側に向かわねば間に合わなくなる。
「犬ごときがよくもシルクの一族を! 万死に値する!」
始めてシルクが語気を荒げていた。直後に転移の輝きがシルクを覆う。
そうか、転移か! その手があった!
待った待った俺達を置いて行くな。
「シルクの毛を掴め! 転移だ!」
仲間にそう叫び、俺はシルクの毛を掴んだ。
次の瞬間、景色は一変し、舞台の上に。全員が即座に動く。
王子の前でグランノーツが、防御姿勢で火炎を防ぐ。間髪入れずフェリスが魔剣で炎を切り裂いた。ザインはホーリーフィールドを放ち、レイスを浄化。俺は倒れている奴らへ、死ぬまでの時間を延ばすべく『肉体保護』を付与する。
火炎攻撃を消されたケルベロスは、攻撃と対象を切り替え、突風のような無数の風の刃でシルクを攻撃する。シルクは風の刃を防ぎもせず避けることもしなかった。切断された彼の長い毛束が、風にばらけ舞い飛ぶ。
彼を隠すものが失われたことで、初めてシルクは素顔を晒した。
長い白髪をなびかせる可憐な少女。その額には三つ目の瞳があった。
だが、放つのは尋常ならざる濃密な魔力。
「シルク・シルフィード・バレンシアの名において、お前を処刑する」





