100話 貴族のご令嬢と王子は絵になりますね。ぺっ
A級昇格試験における全ての試験が終了。
実技試験に参加した者達は、揃って王都へと帰還。そのまま合格発表と閉会式を執り行うべく闘技場へと集められた。
特別試験管も閉会式への参加は強制らしく、やや遅れてだが、名称未定も闘技場の裏口から会場入りすることとなった。
「この三日間で合格できた奴はいるのか?」
「七人ほど居るそうですよ。恥ずかしながら私は一人タッチされてしまいました」
「まさか胸とか!?」
「腕ですよ。相手は女性ですし。ところでどうして胸だと思ったのでしょうか。まさか以前のA級昇格試験でそのようなことをしたわけじゃないですよね?」
「ひてまへん」
フェリスが俺の頬を引っ張る。さすがに腕や足しかタッチしてませんよ。その代わり嫌がる表情は堪能しましたけどね。あのお姉さんどこのパーティーの人だったかな。S級になって一回だけ顔を合わせたことはあったんだけど、案の定めちゃくちゃ嫌われてたし。
関係者のみ使用する闘技場の通路は明かりが灯っていても薄暗い。
そんな中で視界に入るのはギルド職員らしき二人の男性。彼らは通路の壁際で会話をしており、声は反響して俺達にまで届いていた。
「なぁこの木箱なんだ? 誰か知っているか?」
「閉会式で使うらしいぞ。受験者に渡す記念品とかじゃないか。せっかく王都まで来たってのに手ぶらじゃ寂しいだろうしな。中には今年で最後って奴もいるんだ」
「冒険者を引退して、その後は俺達みたいにギルドで雇われる流れだろうな」
「その代わり生活は安定、嫁も子供にも安心して食わせてやれる。冒険も良いが、安心感には変えられんよ。嫁は引退してくれてほっとしたとか言っててその夜は泣いたよ」
二人の職員がいるさらに奥の木箱に目をやる。
記念品ね。そういえばそんなのあったな。ギルドの紋章が刻まれた木製のプレート。今はホームのグラス置きとして活躍している。軽くて吸水性も良いからコースターとしては最適なんだよな。俺も貰ったときはなんだこれとか思ってたけどさ、いざ使うと意外に良くて地味に役立ってたりするんだよなぁ。閉会式が終わったらサリウスに産地を聞いてみようかな。
「シルシル、試験どうだった? あーしとザイっちは鬼忙しかったっしょ」
「沢山の魔術と魔術師を観察することができ、存外に楽しめた。全員将来は良い魔術師になるだろう。応援の意味も込めてシルクの反魔術を見せてやった」
「受験者がリタイヤしたのって完全にそれじゃん。何しても無効化されるんじゃあ自信も喪失するよね。シルシルってば、見た目に似合わずえげつない」
「失敬な。シルクは優しさの塊だ」
鎧姿のノノンにシルクが反論している。全体を通して見守っていたノノン曰く、最も受験生をリタイヤさせたのはシルクだったそうだ。魔術師として自信を持って挑んだ者達を完封したとなればいよいよその実力が底知れない。
ちなみにザインはなぜか木箱から目をそらし「き、記念品」とわくわくした様子だ。
いや、もらえるのはコースターだから。
「皆さん、そろそろ急がないと。間もなく昇格者の発表が行われますよ」
「そんじゃあ行きますか。遅刻すると後でうるさいし」
仲間が観客席に向かうべく角を曲がったところで、一番最後にいた俺は足を止めた。
進行方向とは別の通路に部外者っぽい人間の姿があったからだ。
白いマントにフードを深くかぶり、魔術師なのか長杖を持っている。どこかに向かう途中であり、ここからは顔を確認することはできず後ろ姿だけが窺えた。
「魔術学院の生徒ではないよな? ギルド本部の職員っぽくもない。出入り口はギルドにがっちり警備されてて部外者が入れるとも思えないけど……」
「どうしました?」
「悪い。先に行っててくれ。後で追いかける」
仲間と別れ、単身でフードをかぶった何者かを追いかけることにした。あの人物に嫌な空気を感じ取ったのだ。根拠は何もない。直感である。
気配を殺し距離を詰める。何度か謎の人物は立ち止まって振り返る。人の気配に敏感なのか警戒しているのか、距離があるにもかかわらず周囲を窺う素振りをする。
(あ、曲がった)
不意に謎の人物は曲がった。慌てて追いかけ曲がった先を確認する。だが、そこには誰もいなかった。魔力の網にも反応はない。忽然と消えたのだ。実技試験の後で疲れているのかな、などとその場を離れようとした俺は、床に何かが落ちていることに気が付く。
「なんだこれ……人形? ずいぶんボロボロだな」
木製の小さな人形。全体的に削れて丸くなっているが、大切に扱っているのか、目立った傷はない。
謎の人物の落とした物だろうか。とりあえず運営に落とし物として届けるべきかな。しかし、なんか不気味な人形だな。表情が笑っているのか泣いているのかあいまいだ。呪物の線もあるので届ける前にザインに呪いがないかみてもらうかな。
俺は人形をポケットに入れ、仲間が居るであろう観客席へと急ぐ。
◇
闘技場の観客席にはずらりと、魔術学院の生徒、実技試験まで行ったが惜しくも合格できなかった受験者達、ギルド関係者、今年の合格者の顔を見るべくやってきた記者やその他大勢が並んでいた。
中央の会場では、ちょうど七人の合格者を発表している最中であった。俺は仲間の顔を探し一度見渡す。最前列で手を振るフェリス達を見つけやや駆け足で階段を下りた。
「ルルーナさんが席を取っておいてくださっています」
「トイレに行ってたんだけど苦戦してさ。太くて長いのが出ちゃって」
「わざわざ申告しなくていいですから」
フェリスだけでなく、周囲の席の人間も露骨に嫌そうな顔をしていた。
席に腰を下ろし合格者を確認する。
若い男女五人、中年が二人、計七人。いずれも見覚えはないし、試験中に俺とは出会っていないと思われる。そもそも俺は一度もタッチされていないのだから知るはずも無いのだ。
「今年は規模がでかいし、もうちょい多くなるかなとか思ってたんだけど、例年程度の数になっちゃったかぁ。ただ、これに懲りず来年も頑張って貰いたいとは思うけど」
「見てくださいラックス。あそこに居る彼女が私を出し抜いた受験者ですよ」
「どれどれ。結構若いな。まだ十代ってところか」
隣に居るフェリスが合格者の一人にはしゃいでいた。ちなみに反対側の席に座っているのはシルクである。もさもさしていて彼の後ろにいる人は少し見にくそうだ。
「あれ?」
舞台のどこにもサリウスの姿がない。いるのはギルド関係者と魔術学院の関係者、そして、ルルーナだ。会場全体を見渡して見るもそれらしい姿は見つけられない。
一人の人物が舞台に上がる。
その瞬間、闘技場全体がざわつく。
紫色の艶のある長髪に整った目鼻立ち。王族らしい衣服に白いマントが羽織われている。
――第三王子メルヴィン・ジーン・ファルナス。
現ファルナス国王の”第四子”にして国民より厚い信頼を得る、王位継承権第三位の王子である。第一王子と並び次期国王候補と噂されている人物だ。
「この場にいる七名は、厳しい試験を乗り越え合格した、新たなA級冒険者達である。私は王族ゆえ冒険者の作法も常識も持ち合わせてはいない。しかし、今日この時に魔物から王国を守る英雄が誕生したことだけは明白だ。大いに胸を張りたまえ。諸君は一つ成し遂げたのだ。皆々にもう一度お願いしたい。彼らに盛大な拍手を。おめでとう」
割れんばかりの拍手が合格者に贈られる。
王子は一人一人握手を交わす。
「なんで王子がここにいるんだ?」
「恐らくですが、王位争いを一歩リードすべくギルドとの繋がりをアピールしたいのでしょう。冒険者は貴族との繋がりもありますから援護射撃としての成果は大きいでしょうし」
「ふーん、王族も大変だな」
挨拶が終わると王子は最後にルルーナと言葉を交わす。魔術学院の講師にして有名貴族のご令嬢だ。そんでもって美人。挨拶しない理由がない。
突如として会場に悲鳴が響く。
それは舞台の上を飛ぶレイスに対してであった。レイスは舞台の脇にある関係者専用の通路から次々に出てくる。奴らは真上で渦を作り、合格者や関係者に急降下して取り憑く。
「なんでアンデッドが!? 今すぐ助けに、あでっ!?」
舞台の中へ飛び込もうとした俺は、思いっきり見えない壁に額を打ち付けた。
いつつ、侵入者除けの防御結界か。おい、なんだあれ。
通路から人を丸呑みしそうな四つ足の魔物が現れる。
灰色の毛並みに見上げるほどの体高、三つの頭部はだらりと舌を垂らし、ゆっくりとした足取りですさまじい殺気を放つ。
上位の魔物――ケルベロスである。





