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偉人たちとの夏  作者: 中西貴之
9/12

実験技術者 遊佐アカネの実験ノート 第9話 狂気の科学の夏

狂気の科学の夏


 研究者は時に、狂気とも言える行動に走ることがある。それは、自らの肉体や精神を実験に捧げることだ。次のボスはそんな狂気の科学者二人組だった。


 私の名前は遊佐アカネ、決まった研究機関には所属せず、いつも仕事を求めてノラの実験技術者テクニシャンをやっている。私の仕事は、ノーベル賞を受賞するレベルの一流科学者をボスとしてその下で正確無比な実験を行うこと。わかりやすく言えば、実際に手を動かして実験をする人、といえばいいかしら。ボスたる人物はのんきに実験などしていてはいけない、と思っているが、もちろん私の希望通りにボスが動くわけではない。とりあえず、頭脳を駆使して世界で最先端の未解明の難問について仮説を立て、それを証明するためのルートを考え出してくれれば、あとは私がなんとかする。そういう役割分担。私たちの仕事は研究テーマごとの契約なので、一つの研究が終わると、あと、契約期間が切れても無職になっちゃう。そして新しい研究所に採用してもらって経験を積みながら報酬も増やしていく。そんな感じで、今回はとんでもない狂気の科学者の元へやってきた。


 微生物学者、バリー・マーシャル33歳はおびえているようにも見えた。

 米国の陸上競技選手、リチャード・ダグラス・フォスベリーが1968年にメキシコオリンピックで人類初の背面棒高跳びを披露する直前もこんな顔だったのだろうか・・・と思いつつ

「・・・。」

 私は、両手を腰に当て、その風景を眺めていた。


 ここは、オーストラリア(オーストリアではない)西部のフリマントル病院の研究室。日付は1984年7月10日。微生物学者バリー・マーシャル33歳は自らを実験台にして、66歳の男性の胃袋から取り出した細菌を水にとかして飲み干そうとしている。


 私はこれまでいろいろなボスに付き合ってきたが、ウワサには聞いていた「狂気の科学」つまり、自分の体を実験台にして世界で初めての実験をしようとしている科学者の元につくのはこれが初めてだった。

 医薬品の研究者などは、自分が研究中の薬を試しに飲んでみる・・・といったことはすることもあるとウワサには聞いたことがあるが、それにしても、ネズミなどで安全を確認してからのことだ。マーシャルは、安全の確認もできていない、嫌な臭いのする液体を飲もうとしている・・・が、ためらっている。意外と意気地無しかもしれない。

 で、ビーカーの中に200ccくらいだろうか、それくらい入った臭いドロドロの液体は何かといえば、66歳の胃潰瘍の男性の胃袋から取り出した細菌を私が培養したものだ。さっさと飲み干してくれないと臭い、髪に臭いが移りそうだ。


「あっ」


 私はその瞬間思わず声を出してしまった。

 ドロドロの液体を飲み干したマーシャルは、唇のまわりにその液体をつけたまま、こっちを向いてニヤリと笑った。歯と歯のすき間から歯茎まで、ドロドロの液体が粘りついてほとんどホラーだ。

「・・・味は?」

「ナマ肉・・・かな」

「そうですか」

 私は肉は生で食べないのでよくわからないが、まあ、そんな味なのだろう」


 マーシャル、そして共同研究者のロビン・ウォレンと私の付き合いはもう3年になる。付き合いといってもボスと実験技術者テクニシャンとの関係に過ぎないのだけれども。まあ、二人ともイケメンではある。

 ウォレンは病理学者で、私が雇われる少し前に、胃炎患者の胃から未知の細菌を発見していた。この二人の微生物学者と病理学者は互いの不足する部分を補いながら二人三脚での研究が始まったという。私が実験技術者テクニシャンとして雇われたのはその直後で、微生物培養技術の腕を買われて高額な報酬につられてやってきた。


「アカネ君には胃袋から取り出した菌の培養をしてもらいたい」

 3年前の実験室。

「はい」

 胃袋から取り出した? そんなところに菌がいるのだろうかと私は思案していた。

「微生物学を修得しているアカネ君にはむしろ信じられないことかもしれないが、私たちは胃袋の中に細菌が生息していることを発見したのだ」

 確かに信じがたい。

 胃袋は口で咀嚼しきれなかった食物を蠕動運動で物理的に、そして消化酵素と塩酸で科学的に分解する臓器だ。塩酸の濃度はpH1にもなる強酸性環境だ。そんな環境では細菌どころか人間でさえ分解されてしまう。それが証拠に、ステーキの断片を丸呑みにしても胃でほとんどが溶かされてしまう。

「アカネ君には、まずは培養条件の検討からして欲しい」


 これは難題だ。

 私たちの小腸や大腸には膨大な種類の細菌が生息しているが、そのほとんどが試験管内での培養に成功していない。なぜならば、それらの細菌は消化管の外に取り出すと生きていけないのだ。「大腸菌」という菌がいる。名前からすると大腸を代表する菌のようなイメージだが、大腸菌は大腸におけるすべての細菌のうち、1パーセントにも満たない少数派菌属だ。ましてや菌がいるかどうかもわからない胃。培養するためには胃の中の環境を試験管内で再現しなければならないが、それでも培養に成功するかどうかはわからない。

「わかりました」

 実験技術者テクニシャンとしては、科学的観点から見て理にかなった指示であればイエスしか答えはない。もちろん「胃の中の細菌なんて培養できるわけないでしょ」でクビになる選択肢もあるが、やはりこの研究は面白そうだ。


 ここは病院付属の研究室なので、胃潰瘍の患者が足りなくなることはない。ウォレンはさっそく、病棟から胃潰瘍患者の胃の試料を採取し、顕微鏡にセットした。

「うん、この患者にもいるね」

 思っていたより簡単に菌を見つけ出したので私は少し驚いた。そんなにウジャウジャいるものなのだろうか。塩酸の胃液の中に。

「アカネ君、ちょっとのぞいてみてごらん」

 私は、組織鏡検法を行っている接眼レンズをのぞき込んだ。

 なるほど、これは少し特徴的な形をしている。コルク抜きのようならせん状をしているのが光学顕微鏡でさえ見て取れる。

「私たちはすでに、多くの胃潰瘍患者の胃の中にこの菌がいることを把握しているんだ」

「なんという名前ですか?」

「ヘリコバクター・ピロリだ」

「ヘリコバクター・ピロリ・・・螺旋菌だから」

「その通り」


「ところでアカネ君は胃潰瘍の原因を知っているかい?」

「心理的問題やストレスによる胃酸過多でしょうか」

「うん、それは教科書にも載っている模範的な回答だ。でもね、私たちはその説をひっくり返そうとしているんだよ、このヘリコバクター・ピロリを使って」

「ひっくり返す?」

「私たちは、胃潰瘍の原因がこの菌にあると考えているんだ」

「この菌害の中に生息することによって胃潰瘍が発生する、という意味ですか?」

「その通り」

「データはあるんですか?」

「それは今から取得する」


 私はこの人たちの研究は、臨床医学上大きな発見につながるのではないかと直感した。ストレスによる胃酸過多が原因で起きると考えられていた疾患が、細菌の感染によるものだと解釈が変われば、それは診断から治療までを根底からひっくり返すことになる。

「おもしろい、おもしろいです先生」

 と思ったが、実際はそう簡単には話は進まなかった。


 ウォレンは毎日のように異なる胃潰瘍患者の胃壁試料を採取して実験室に持ってきた。それを私が前処理をしてプレートを作成し、マーシャルが観察・撮影するという、それはもうすさまじい流れ作業だった。

「とにかく大勢のサンプルが必要だ」

「偉い先生たちに新しい説を納得させるには、胃潰瘍の患者全員からヘリコバクター・ピロリを確認する必要があるからね」

 そう言って、ある患者からヘリコバクター・ピロリが検出されなければ、また翌日に同じ患者から胃内視鏡を使って別の潰瘍部位を採取するという徹底の仕方だった。

 数ヶ月をかけて私たちは、フリマントル病院に入院している胃潰瘍患者、百数十人分の標本を作製し、写真に記録した。中にはどうしても、潰瘍部位からヘリコバクター・ピロリが検出できない患者もいて、マーシャルとウォレンはその違いの検討も並行して行っていたが、そちらの方はなかなか理由がつかめずにいた。つまり、胃潰瘍患者全員からはヘリコバクター・ピロリを取り出すことができず、私には若干、胃潰瘍の発生原因を覆すにはデータが弱いように感じた。


「患者に抗生物質を投与してみよう」

 ある日、ウォレンはすごいことを言った。

 胃潰瘍患者に抗生物質なんて、骨折した患者に風邪薬を飲ませて治そうとするようなものだ。


「抗生物質は何がいいだろうぁ」

「できるだけ抗菌スペクトルの広いもの・・・」

 私は、ヘリコバクター・ピロリに効果のある抗生物質を探す仕事を頼まれた。このときはまだ培養系が確立できていなかったので、患者の胃から採取した潰瘍部位を使って直接実験を行った。この方法は荒っぽいが、病院の研究者だからこそできる確実な方法のように思えた。

 結局、ペニシリン系の抗生物質を使うことが決まって、二人によって臨床試験計画が立案された。


 この件は当然ながら患者に協力してもらう試験であるため、フリマントル病院の倫理委員会にかけられた。制酸剤を飲んでいれば治る可能性がある患者から制酸剤を取り上げて、抗生物質を代わりに飲ませようとするのだから、委員会も難航が予想された。だって、実験に協力した患者は、ヘタをすれば治療のチャンスを失って死んでしまうかもしれない。


 倫理委員会の判断は、胃潰瘍初期の患者に対し、少数の症例について認める、というものだった。つまり、抗生物質による治療に失敗しても、取り返しがつく患者ならよいですよ、ということだ。二人が死人のような顔で出席のために研究室を出た倫理委員会から嬉々として帰ってきたときのことを私は今でも覚えている。


 患者は慎重に選択され、胃潰瘍の初期段階であり、できるだけ年齢が低く、他に基礎疾患のない患者が選ばれた。21世紀ではインフォームドコンセントは重要で、このような異常な治療を試みる場合は患者に文書で説明し、文書で了解を得る必要があるが、この時代は、割と簡単な説明で患者からの口頭での同意を得られた。


 臨床試験の間も私は毎日病棟から持ち込まれる潰瘍試料を前処理し、ウォレンが組織鏡検法で記録・撮影を続けた。臨床状況は私の契約外のことなので、よくわからないのだけれども、結果だけ述べれば当初立てた仮説を証明する形で試験は無事に完了した。つまり、マーシャルが投与した抗生物質によって、驚くべきことにヘリコバクター・ピロリは除菌され、それと同時に胃潰瘍も治る患者が現れたのだ。マーシャルとウォレンは病理組織の組織鏡検結果と臨床結果を大急ぎでとりまとめ、1983年に学会で発表した。


 二人が学会に行っている間は私は休日となり、初めてのオーストラリア大陸の旅を堪能した。フリマントルはわかりやすくいえば、オーストラリア大陸の左下の端っこあたりにあるとても小さな都市だ。古くから港町として栄えているため港湾施設が発達しており、日本の南極観測船も帰港する港だ。私の滞在中に日本の南極観測船「ふじ」が帰港することはなかったが、日本から南極はとても遠いので、多くの南極観測隊隊員は飛行機でオーストラリアまでやってきて、ここフリマントルで船に物資と共に乗船するのが常だった。第二次世界大戦中は、太平洋戦域における連合国軍潜水艦の一大基地となり、アメリカ軍がフィリピンに進軍するまで、百隻以上の連合軍潜水艦部隊が集結していたので、日本にとっては、ちょっと微妙な思いの街だ。


 フリマントルが、英国によって開拓され始めたのは1829年のことなので、歴史的に見るべき建築物などはさほどないが、海岸線近くまで迫った山地をバスで越えてグレート・イースタン・ハイウェイを200キロも走れば、オーストラリアらしい荒野にアクセスすることができ、日本では見ることのできない、地平線まで荒れ地に樹木が点在する景色を楽しむことができた。私はハイウェイ沿いのサザンクロスという街のアチャーナー・ストリートとアンタレス・ストリートがちょうど交差する場所に建つ、こぢんまりとした二階建てのクラブホテルに3泊ほど宿泊し、読書をしたり、散歩をしたりして過ごした。


 私がそんなふうにご機嫌に休暇を続けていた頃、学会発表で二人は一躍世界の注目を集める・・・かと思いきや、どうやらそうではなかったらしい。学会終了で彼らが研究室に戻ってくるタイミングに合わせて私もフリマントルに戻った。


「アカネ君、学会発表はもう散々だったよ」

 マーシャルは予想していたのであろう、笑っていた。

「私の発表を聞いたお偉い先生方は、コンタミだろうと言っていたよ」

「私が行った培養に限って、コンタミなどあり得ません」

「いや、君の技術は私たちもよくわかっているよ」

「仮に胃に住み着けるような細菌がいたとしても、それが胃炎の原因であるという証拠が不明瞭だ、とのことだ」

「抗生物質を使った臨床試験の結果では証拠にならないと言われたのですか?」

「ストレスによって生じた病変部に細菌が住み着いた可能性が高い、だそうだ」

やれやれ、という雰囲気のウォレン。


「コッホの四原則を満たしていない、とも言われたな」

 コッホの四原則!懐かしい、私はアレクサンダー・フレミングと私の後任になったアーシャはうまくやっているだろうか・・・などと考えていた。フレミングたちがうまくペニシリウムの研究をやり遂げたからこそ、今回のヘリコバクター・ピロリの臨床試験の成功があるわけだ。科学者同士は時と場所を隔てても密接につながりあっているものだ。それを体験できるのが楽しくて私はノラの実験技術者テクニシャンをやっている。


「コッホの四原則についておさらいをしておこう」

 ウォレンがホワイトボードに、1、2、3、4とサラサラと書いた。

「まず一つ目は、患者全員からその細菌がみつかること」

「ここがそもそも弱かったな、患者全員からはヘリコバクター・ピロリが検出されなかった」

 実験技術者テクニシャンとして私は反論する。

「検鏡法では菌の繁殖が不十分であれば偽陰性となりますし、胃壁の試料採取箇所によっても偽陰性となる可能性があります」

「うん、その通りだ、やはり特異性が高い培養法に切り替えて再度試験を実施する必要があるだろう」

「アカネ君、培養条件については?」

「はい、ポリペプトンのプロテアーゼ分解物に、肝抽出物、酵母抽出物、溶血ウマ脱繊維素血をベースにした寒天培地のレシピを完成させています」

「なるほど」

「では、可能な限り多くの患者の潰瘍組織を内視鏡で採取し、その培地で培養することによって再確認を行うこととしよう」

「陽性とならなかった潰瘍患者には申し訳ないが、部位を変えて再採取することとしよう」

「これで一つ目の条件を満たすための実験はできそうですね」

「それと同時に、コッホの四原則の二点目も同時にクリアできる」


ウォレンは「2」に続けて「患者から取り出した細菌を培養して確認する」とホワイトボードに書いた。マーシャルと私はうなずく。


「そして、私たちがクリアしなければならない難問が、コッホの四原則の三点目と四点目だ」

 ウォレンは「3」に続けて「培養した細菌を動物に接種すると患者と同じ症状が発症する」。「4」に続けて「接種し発症した動物から同じ細菌が検出される」と書いた。三人の間に沈黙が訪れる。


 というのも実は、もうすでに学会発表前に、ラットを使って3と4を確認する実験をマーシャルは行っていたのだ。しかし、結果は学会で発表できるものではなかった。つまり、ラットに注入した人間のヘリコバクター・ピロリはすぐに除去されてしまい、潰瘍を発症することはなかったのだ。学会発表前から、コッホの四原則の半分は満たすことができていないことを承知でマーシャルは発表を行い、偉い先生とやらに見事その点を突かれたわけだ。


「残された確認方法はただ一つ」

 マーシャルが口を開いた

「培養して増やしたヘリコバクター・ピロリを人間に飲ませることだ」

「しかし、倫理委員会はこれを承認するだろうか」

「いや、倫理委員会に提議すれば、結果を出す前に実験が禁止される可能性さえある」

 再び沈黙が訪れる

「アカネ君、患者から採取した潰瘍組織からヘリコバクター・ピロリを取り出し、純粋大量培養はできるかい?」

「私の感覚からすると、先ほどの培地から寒天を除去すれば大量培養可能かもしれません。ただし、嫌気培養がよいか、通気培養がよいかは検討の必要があります」

「わかった、できるだけ早くに大量培養を進めて欲しい」

「まさか?」

「私がそれを飲む」

 ウォレンと私はまん丸と目を見開いたまま固まってしまい、平然としているマーシャルに言葉を返すことができなかった。


「・・・。」

 私は、両手を腰に当て、その風景を眺めていた。

 微生物学者、バリー・マーシャル33歳はおびえているようにも見えた。

 米国の陸上競技選手、リチャード・ダグラス・フォスベリーが1968年にメキシコオリンピックで人類初の背面棒高跳びを披露する直前もこんな顔だったのだろうか・・・と思いつつ。

 いつものフリマントルの研究室。1984年7月10日。マーシャル33歳は自らを実験台にして、66歳の男性の胃袋から取り出したヘリコバクター・ピロリを水にとかして飲み干そうとしている。

 私はこれまでいろいろなボスに付き合ってきたが、ウワサには聞いていた「狂気の科学」つまり、自分の体を実験台にして世界で初めての実験をしようとしている科学者の元につくのはこれが初めてだった。


 あの学会後の打ち合わせのあと、私はすぐに大量培養の条件を決定し、ピロリ菌を30リッター培養し、遠心分離機にかけて慎重に菌体だけを取り出し、それを飲みやすいように(?)水に懸濁したドリンクを用意した。私は、砂糖などで味を調えることを提案したが、不用意に添加物を用いると偉い先生に突っ込みどころを与えることになることを嫌ったマーシャルは水だけで菌を飲むと言い張った。それは、ビーカーの中に200ccくらい入っていて、嫌な臭いを発していた。


「あっ」


 私はその瞬間思わず声を出してしまった。

 ドロドロの液体を飲み干したマーシャルは、唇にその液体をつけたまま、こっちを向いてニヤリと笑った。

「・・・味は?」

「ナマ肉・・・かな」

「そうですか」

 ウォレンも私も「味見しよう」とは言わなかった。


 ナマ肉味のヘリコバクター・ピロリを飲んでから10日目にマーシャルは胃カメラを飲み、胃の一部分を内視鏡で取り出して顕微鏡で自ら観察したところ、胃の表層の細胞が損傷を受け、炎症を起こしているのが確認された。つまり、菌を飲んだことでマーシャルは胃潰瘍を発症したのだ。これでコッホの四原則の3番目は証明された。


  次は私の培養技術の出番だ。

 マーシャルから採取した炎症部分からを培養した結果、10日前に飲んだものと同じヘリコバクター・ピロリが確かに確認された。これによってコッホの四原則は満たされ、ヘリコバクター・ピロリが胃潰瘍の原因であることは疑いのないものとなった。


  33歳の若き学者の狂気の科学の成果は偉い先生方にも認められ、その後、一気に胃潰瘍のメカニズムの解明研究と診断・治療方法に革命が起きた。私はマーシャルの二回目の学会発表が成功したのを見届け、無事解雇されたのだったが、私が去った後、この業績によって二人は2005年にノーベル生理学・医学賞を受賞することとなった。私はもちろんその授賞者には含まれなかったのだけれども、私としては十分満足だった。


【つづく】

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