実験技術者 遊佐アカネの実験ノート 第8話 よだれを垂らす欲望の夏
第一回ノーベル生理学・医学賞が授与されたのは1901年のことだ。授賞したのはドイツ帝国の医師・エミール・アドルフ・フォン・ベーリング。受賞理由は血清療法。2020年の世界では、新型の感染症が蔓延し、ドラッグリポジショニングや新薬開発、そして、血清療法が効果があるのではないかと大騒ぎだ。もし、血清療法に人類の未来を描くことができるのであれば、ベーリングの授賞はもっともなものと言えるだろう。しかし、ノーベル賞を受賞しながらも、その受賞研究がその後の世界でたいした注目も集めることなく埋もれてしまう科学者も少なくない。
次のボスはそんな科学者の一人だった。
私の名前は遊佐アカネ、どこの研究機関にも所属せず、ノラの実験技術者をやっている。私の仕事は、著名な科学者をボスとしてその下で正確無比な実験を行うこと。わかりやすく言えば、実際に手を動かして実験をする人、といえばいいかしら。ボスたる人物はのんきに実験などしていてはいけない、と思っている。全知全能の神が宿ったかのような頭脳を駆使して世界で最先端の未解明の難問について仮説を立て、それを証明するためのルートを考え出す。私はそのルートに従って、ボスの考えを証明するために手を動かす。そういう役割分担。私たちの仕事は研究テーマごとの契約なので、一つの研究が終わると、あと、契約期間が切れても無職になっちゃう。そして新しい研究所に採用してもらって経験を積みながら報酬も増やしていく。そんな感じで、今回はロシア帝国から直々の依頼とあって、高額の報酬にパブロフのイヌよろしくよだれを垂らしながらロシア帝国までやってきた。
今回の私のボスは「パブロフ」だが、イヌではない。1904年に第4回ノーベル生理学・医学賞を受賞することになる生理学者だ。こういうと「あー、知ってる、知ってる、パブロフのイヌでノーベル賞とった人でしょ、エサを見せるとよだれを垂らすってやつ」と、微妙な具合に科学の知識のある人は語り始めるのだけれども、イワン・パブロフの受賞理由は実はイヌとは何の関係もなくて「消化生理」という、今となっては非常に地味な研究だった。
私がやってきたのは、ロシア帝国実験医学研究所。正面が二階建ての・・・なんというか、ぱっと見るとオランダをイメージする瀟洒な建物が広大な敷地に広がっており、ロシア帝国が直々に医学研究に相当の力を入れていることがよくわかる、時代を超越した美しい建物だった。私としては、倉庫だったり、モルタル塗りだったりの実験室での仕事が続いたので、これはありがたい仕事だと思った。パブロフは、10年ほど前に、この研究所に生理学部門の設立を任され、若くしてそのトップとして君臨している。物理学と数学にも長け、医学においては両手利きを活かして特に外科手術ではパブロフに並ぶものはいないと言われる、とにかく、生まれながらの万能の天才である。
パブロフは毎年のように優秀な研究者や実験技術者を大量に雇用して大いなる業績を次々にあげ、研究所内で生理学部門のポジションを上げ続けており、私も優秀な実験技術者の一人としてやってきた。ま、よく知られているように、後にロシア帝国は日本と戦争をすることになるのだけれど、今はまだそうしたきな臭さは漂っていなかった。
一方でロシア帝国国内の一般市民は割と大変に悲惨な状況だった。ロシア皇帝ニコライ2世は、豊富な石炭と石油の埋蔵量を背景に工業拡大政策を強力に推進し、ロシア帝国の工業は年8%ものイケイケな成長を続けていた。21世紀における中国のような成長ぶりとワガママぶりといえばおわかりいただけるだろうか。しかし、そのもうけのほとんどは貴族層に搾取されており、労働者の労働条件は劣悪であり、労働争議が頻発していた。農民にはさらに過酷な試練が与えられており、もともと寒冷な気候で農業に向いていない土地が広大であるにもかかわらず、人口の圧倒的多数を占める農民に対して政府は重税を課しており、農民自身が食べるものもない状況にもかかわらず、穀物の輸出を推進していた。もう、国内はムチャクチャである。あまりに貴族の搾取がひどいため、工業労働者や農民の暴動、学生運動、恐慌、とても一般の外国人の暮らせる状況ではなかった。
しかし、科学研究に対しては、工業同様に、今後のロシア帝国の発展に必要欠くべからざるものとして、政府の多額の資金が投入され、フランスなどの同盟国からも多くの優秀な科学者が集まっていた。この点も21世紀の中国によく似ている。
「私がイワン・パブロフだ。ロシア帝国へようこそ」
50を過ぎたいい感じのジェントルマンだ。貴族は横柄で威圧的で、とても嫌な奴らだと同業の実験技術者から聞いていたが、パブロフは普通に紳士的な科学者だった。
「お招きいただき、ありがとうございます。遊佐アカネと申します」
「長年実験技術者を屋っておられると聞いたが、これはお若い」
「日本人はどこの国に行っても、実際の年齢より若く見られます」
「ふむ、なるほど、イヌと同じじゃな」
意味がわからない。
日本人はイヌ同然ということだろうか、この数年後にはイヌの国である日本とロシア帝国は日露戦争を開戦し、ロシアは惨敗してしまうのだけれども。
「さて、アカネ君には私の直下でイヌの消化生理学についての研究を手伝ってもらう」
「はい」
「イヌを剖検した経験は?」
「パブロフ先生ほどではないですが」
「よろしい、きたまえ」
私はパブロフの実験室に案内された。瀟洒な外観とは打って変わって、建物の内部は無機質なコンクリートの壁で仕切られた実験室が並んでいた。ドアの間隔からして一つ一つの部屋はかなり大きいようだ。
「これらはすべて私の実験室なんだよ」
どこからともなく、多くのイヌの鳴き声がゴウゴウと建物の壁の振動を通して聞こえてきた。イヌの飼育室もこの建物の中にあるのだろう、コンクリートを伝ってその雰囲気が感じられる。
「まず、この部屋を見てもらおう」
パブロフは一つのドアを開けた。その瞬間、ツンと鼻をつくなんともいえない内臓臭。
「今、この部屋では、エサを与えたイヌがどのタイミングで、どこから、どのような消化液をどれくらい分泌するかを調べているところだ」
広い部屋には、六台の解剖台が設置され、それぞれの解剖台にはイヌが仰向けに固定され、そのうち三匹はお腹が開かれ、喉から大腸まで、消化管がむき出しにイヌの体の脇に取り出されていた。消化管が丁寧に縦割りにされているイヌもいる。
「気分は大丈夫かね?」
「問題ありません、慣れています」
「そうか。慣れているのならわかるだろう。私はこのような実験を長年続け、消化のメカニズムについて多くのことを明らかにしてきた」
「ご著書の『主な消化腺の機能に関する講義』を読ませていただきました」
「そうか。しかし私はこのような実験方法に満足していない。アカネ君、この実験方法の問題点を述べてみたまえ」
「イヌの正常の状態の消化を見ることができていません」
「端的に言うとそういうことになるな。この実験では、あらかじめ定めた時間ごとにイヌを解剖してその詳細を調べている。この方法では、エサを与えて1時間後のイヌと2時間後のイヌは異なるイヌになってしまうのだ」
「はい」
「私は、外科手術によって、生かしたまま消化の様子を観察できるイヌを作り出そうと考えている」
それは、私にとっても大胆な発想に思えた。
「生かしたまま、ですか」
「そうだ、そうしなければ消化の真実には近づけまい。どうすればよいと思うかね」
「そうですね・・・腹部の皮膚を切除して、皮膚の代わりにネット、あるいは透明な何かで切除部分を塞ぐ・・・とか」
「なるほど、それもおもしろい。しかし、その方法では消化管の運動の観察は可能だが、消化液の定量ができぬ。私の研究において消化液の分泌は非常に大きな意味を持つのだよ」
「生かしたまま、消化液の定量、つまり、分泌量を計るのですか?」
「これまでの私の研究で、消化液は口腔内、胃、小腸、膵臓などにそれぞれ備わる消化腺から分泌することがわかっている。私はそこに挿管をして、イヌに対しては最小限のダメージで消化液を体外に取り出す、実験専用イヌを用意したいのだ」
「イヌの体のあちこちから管が出たような」
「その通り。これは私にとっても初の試みだ、まずは君に挿管手術の助手をしてもらう」
「わかりました」
私たちが食べたものは、誰もが知っていることだけれども、口の中で咀嚼され、胃でさらに分解され、小腸で栄養が吸収され、大腸で水分が吸収され、残りかすが糞便となって排出される。この一連の食物の通路を消化管という。
消化管に付随して消化液を分泌する器官を消化腺ろいう。人間とイヌでは消化管も消化腺もよく似ており、イヌを研究することによって人間の消化に関する知識がほぼ間違いなく得られる。消化腺の主なものは肝臓と膵臓であるが、いずれもそれそのものは消化管ではなく、肝臓、膵臓から管が十二指腸に伸びている。肝臓からは胆管を経て茶色くヌルヌルとした胆汁が分泌され,脂質の消化をたすける。また、膵臓からの膵液には豊富な分解酵素が含まれ、タンパク質、脂肪、炭水化物を分解消化する。
加えて、胃壁、腸壁には胃腺、腸腺があり、塩酸が主成分の胃酸や消化酵素をドバドバと分泌している。口腔には唾液腺があり、唾液を分泌しているが、唾液腺は顎下腺、舌下腺、耳下腺など複数ある。私が思うにこれらの中で挿管が可能なのは唾液腺、胆管、膵管だろう。胃腺と腸線は小さな分泌腺が平面上に大量に分散して存在しているため、管構造を持たず、細胞そのものが分泌するので挿管での採取は難しそうだ。
翌日から、パブロフと私は、最初に見た実験室で解剖実験に使われたあとのイヌの体を使って、管構造の解明から着手することとなった。胆管と膵管は容易に挿管が可能であろうということがわかった。特に、肝臓から十二指腸に伸びる胆管は非常に太く立派で、この手術はパブロフによらず誰にでも任せることができそうだ。
「君はなかなかオペの手際がいいな」
「ありがとうございます」
わたしは視線をイヌの切開部分に向けたまま針で胆管を抱合しながら答えた。
「どこでそんな主義を覚えたのだ?」
「昔とある研究室で医薬品の動態実験をしていました。その頃はマウスやラットを使っていましたので、それに比べればイヌは臓器が大きいのでオペも楽です」
「なるほどな」
膵管もほぼ同様に処置が終わった。難しいのは唾液腺だった。唾液腺は血管のように伸びており、どこに挿管するかで結果が大きく異なりそうだった。しかも、それぞれの管は細く、そこに、イヌが普通に生活しても脱落しないようにチューブを固定しなければならない。
「アカネ君、この部分を縫合してくれないか、私の大きな手では唾液腺と筋肉の間に針を通すことができないんだ」
「わかりました、交代しましょう」
そんなふうにして、パブロフとの二人三脚での研究が続いた。
死体を使ってさまざまに試行錯誤を行い、耳下腺の出口に挿管を行うこととした。ここであれば唾液腺の出口が太いため挿管が可能であり、イヌが口を動かす動作をしても影響を受けにくいのでチューブが脱落する可能性が低かった。これまである時点で動物を殺して解剖して調べることが常識だった生理学研究において、生かしたまま体内の試料を取り出して研究を行う手法の開発は、まさに新時代の到来だった。
ところで、以前からイヌであっても人間であっても、「食べ物を見ると」唾液腺から消化液を分泌・・・つまり、よだれがでることはよく知られていた。パブロフと私たちはイヌを生かしたまま、さまざまに条件を変えて唾液の分泌量の変化を測定しようとしていた。
私は街に出て肉とミルクとパンを購入した。
ロシア帝国の首都、サンクトペテルブルクの街は、バルト海に面した水と緑の豊かな大都市だ。都市の名前サンクトペテルブルクは「聖ペテロの街」という意味のドイツ語読みで、建都を命じた初代ロシア皇帝ピョートル大帝が自分と同名の聖人ペテロの名にちなんで命名したものだ。街は水路が張り巡らされた水運の街でもあり、一方で、当時のロシア帝国が積極的に拡張していた鉄道路線が複数乗り入れてもいた。この鉄道を使えばモスクワまで10時間程度で移動が可能だ。そのモスクワは1812年のロシア戦役でナポレオン1世の侵攻を受け破壊されていたが、サンクトペテルブルクは戦火を免れた。街の中心部には政府機能が集中し、東部、南部は未だのどかな農村地帯、そして北部、西部には新たに区画整理された高級住宅街が配置された計画都市だ。私はこれまで、実験技術者としてさまざまな街で暮らしたが、サンクトペテルブルクは最も好きな街の一つだ。
さて、私が買った肉とミルクとパン。私やパブロフの食事ではない。重要な実験材料だ。イヌが食べ物を見ただけで唾液を分泌することは挿管イヌを使った実験で科学的に証明できた。では、見せる食べ物の種類によって唾液分泌量は異なるのだろうか、それがパブロフの次の疑問だった。それを確かめるために選んだのがこの三つの食品だった。
新しく用意した唾液腺に挿管したイヌの前にテーブルを置き、その上に食品を載せる。その後4時間までの唾液を採取し、唾液が最も分泌されるのはいつか、どの食品でどれほどの唾液が分泌されるかを計測する。イヌにとっては完全なお預け状態なのでさぞかしつらいことだろう。
この実験も、難なく成果を出すことができた。実験前の予想通り、見せる食べ物によって分泌される唾液の量は異なり、やはり大好物の肉を見せたときに大量の唾液を分泌した。肉を見せたときには4時間後までに約110立方センチメートル、ミルクとパンはいずれも50立方センチメートル前後で、約2倍もの違いがあった。また、何もエサを見せていないときでも、1時間あたり5~8立方センチメートル程度の唾液分泌は基礎分泌量としてあることがわかった。いずれも、これまで誰も確かめていない画期的な事実だった。
私たちはあるとき、唾液腺の機能を観察するため、イヌの頬に穴を開けた上で唾液腺に管を挿入し、分泌された唾液が計量容器に蓄えられるように外科手術を行う実験を行っていた。その状態で、イヌにいろいろな種類のエサを与え、唾液の組成がどのように変化するかを観察しようとするものだ。ところがここで問題が生じた。数回エサを与える実験をしたところ、その後は私やパブロフの姿を見ただけで唾液を分泌するようになってしまったのだ。これではエサの種類による違いの研究ができない。
そこでパブロフは、イヌに姿が見えないようにして口の中に入れる機械式の実験方法を開発した。しかし、イヌは、実験の準備などエサを与えるより以前の些細な周辺の気配を感じ取ってエサがもらえると喜び、唾液を分泌し始めてしまったので、実験ができなくなってしまった。
「困りましたね」
私は、私の顔を見ながらよだれをダラダラと垂らしてハッハッいっている管のついたイヌを見ながら言った。
「いや、考え方を変えるのだ。これは、新しい動物反応の実験につながるのではないか?」
「新しい動物反応?」
「そうだ。エサを与える前兆をさまざまに変更してイヌがどのように反応するかを調べることは非常に興味深い。たとえば、エサを与える5秒前にメトロノームを動かしてみたり、エサを与える合図のベルを鳴らしてみたりするのだ」
実際に実験してみたところ、1回から数回、それらの『エサのお知らせ』をした後のイヌは、メトロノームやベルを聴くとすぐに唾液を分泌し始めることがわかった。
当初パブロフはエサを与える前の「お知らせ」の種類の違いによるイヌの反応の違いを調べたいと思っていたので、実験室では足音などいろいろなノイズが加わって正確な実験ができないと判断し、なんと、このために立派な二階建てのコンクリート構造の防音実験棟を建設してしまったのだ。さすがはロシア帝国から無制限の権限を与えられているパブロフだけのことはある。
さらに、イヌをつなぎ止めるエリアと人間が実験操作をするエリアを完全に分割し、イヌを隔離した上で、別室に私とパブロフが入り、レバーと金属ロープを組み合わせたシステムでイヌと対面することなくエサを与える実験ができるようにした。このような精緻な実験によって「古典的条件付け」と呼ばれる、イヌの学習能力を発見した。
古典的条件付けは、元々イヌに備わっている、エサを見ると唾液を分泌するという生体反応に、メトロノームやベルといった人為的な刺激を結びつけることに成功した初の研究成果であり、これもまた生理学の領域の革命的発見となった。
「消化機能だけではなく、いろいろなイヌの行動について条件付けを確認しよう」
「たとえば、お座り、とかですか」
「その通り、ベルを鳴らすと座るように犬に学習させるのだ」
一見、こちらも上手く行きそうな気はするが「エサを食べる」という本能に基づいた行動とは異なり、そもそも、犬にお座りを教えること自体が難しかった・・・私はどちらかといえばイヌ派ではなくてネコ派だった。
私は一人、動物飼育室にこもって、ベルを鳴らせばお座り、メトロノームを鳴らせばお手、のようなことを学習させる努力をかなり長期間行ったが、その実験は「失敗という発見」をした。
「これ、ダメですね、パブロフ先生」
「そうだな・・・」
「イルカなどでは、笛の音でジャンプさせたりできるのに・・・」
「なに!そのようなことが日本ではできるのか!?」
「えぇ、割と普通に。ですから、動物の種類さえ選べば実験は可能ではないかと思うのですが・・・」
「うむ、しかし、さすがにイルカの実験はここでは難しいな。しかも、そのような実験は動物保護団体が黙っておるまい」
「そうですね」
結局、古典的条件付けで結びつけることができるイヌの反応は、エサを食べるなどの先天的な行動だけであることを発見したにとどまった。まぉあ、これも重要な発見の一つではある。
ある日、せっせと論文の校正をしている私の横に立ってその様子を眺めていたパブロフがぼそっと言った。
「条件付けを消去することは可能だと思うかね?」
私はついイルカをイメージしてしまう。
「条件付けを消去というよりはむしろ、ベルが鳴ってもエサがもらえないことを学習するか、という観点からすればそれは、ダー、イエスだと思います」
「なるほど、確かめてみる価値はありそうだ」
それをきっかけに、私たちは次に、学習を消去する方法についても研究を行った。
こちらの研究はとても簡単に進展し、事前の「お知らせ」で学んだ学習を消去するには、ベルを鳴らしてもエサを与えないことを数回繰り返すだけで良いことを発見した。
実験の容易さとは裏腹に、この実験は、後の「行動療法」の発明につながる大きな発見だった。行動療法とは精神疾患の治療方法の一つで、医師の管理の下、トラウマなどの疾患の原因になる体験をあえて再現し、その体験をしても自身に何も起こらないことを体験させて記憶の書き換えを行う医療方法のことだ。パブロフは消化に関する実験はすべて部下の研究者らに任せ、自らは行動の学習事件に集中していた。
そんなさなかに、パブロフの元に朗報がもたらされた。創設されて間もないノーベル生理学・医学賞の受賞だ。ただし受賞理由については前述の通りの「消化管生理」に関するもので、私の尽力した犬の実験は含まれていなかった。
この直後から日本とロシアの関係は悪化の一途をたどり、そのことが理由で残念ながら、私は授与式の時点ではすでに職を辞してロシア帝国を離れていたので、会場でそれを見ることはできなかった。ノーベル賞の受賞講演でパブロフは、受賞理由の消化腺の生理的メカニズムよりも、最新の実験成果である人工的な条件付け反射の話に長い時間を割いたときいた。受賞理由とは異なっていたものの、条件反射が大脳皮質によってコントロールされており、条件反射は生まれ持ったものに加えて人為的にも作り出すことができる話は、多くの聴衆を魅了したそうだ。
【つづく】




