実験技術者 遊佐アカネの実験ノート 第7話 全裸と議論した夏 アルキメデス編
前のボス、つまりグレゴール・メンデルが自分の発見に気づいて「エウレーカ!」と叫んだから、というわけでも無いのだけれど、手持ちのお金にも余裕が出てきたので、ギリシアに来てみた。
「まんまギリシアだわ」
目の前の光景は、ギリシア以外の何物でもなかった。ただし、パルテノン神殿にはまだ屋根があり、アポローン神殿は廃墟にはまだなっていない。果たしてここに実験技術者の仕事があるのかどうかわからないのだけれど、仕事が無ければギリシア観光をして帰ればいいや、くらいのつもりでやって来た。
え?「実験技術者ってなんだ?」って、説明しよう。私の名前は遊佐アカネ、今は単なるギリシア見物の観光客のようにしているが、私は実験技術者。いろいろな科学者をボスとしてその下で実験を請け負うのが私の仕事。わかりやすく言えば、実際に手を動かして実験をする人、といえばいいかしら。ボスには手ではなくて頭を使って世界で最先端の難しいことを考えてもらって、私はその考えを証明するために手を動かす。そういう役割分担。私たちの仕事は研究テーマごとの契約なので、一つの研究が終わると、あと、契約期間が切れても無職になっちゃう。そして新しい研究所に採用してもらって経験を積みながら報酬も増やしていく。そんな感じで、高額の報酬はとても望めそうにないけれども、前ボスの何気ない一言がきっかけでギリシアの都市国家シュラクサイまでやってきた。まあ、前の職場がオーストリアなのでそんなに遠くない。距離的には。
シュラクサイはブーツの形をしたイタリア半島のつま先の先にある石ころみたいな島=シチリア島の南端付近にある結構大きな街だ。しかし、ここでの新しいボスの家がどこにあるのかわからない・・・。
新しいボスは哲学者だと聞いている。哲学者と言っても、私が哲学のお手伝いをするわけではない。哲学も科学もない混沌とした時代。そう、ここは紀元前3世紀のシュラクサイ、21世紀で言うシラクサの街だ!!
ついにここまでやってきた!
科学の原点にして原典、古代ギリシア!
私はいつものキャスター付きバッグ一つの身軽な旅だが、街の人からは車輪のついた珍妙な箱を引っ張りながら歩いている、珍妙な服装をした人間っぽい生き物として見えているのであろう、一身に注目を集めている。
「あの、すいませんが」
「なんじゃね?」
哲学の議論を戦わせているっぽい人に道を尋ねることにした。
「Ἀρχιμήδηςさんのお宅をご存じないですか?」
「Ἀρχιμήδηςならわしじゃよ」
「え、あなたがアルキメデスさん?」
「そうだと言うとるではないか。新しい使用人が来るというので、どんなもんかと思って迎えに来たら、若い異国のお嬢さんとは。しかもなんじゃそのおかしな格好は」
グレーのブレザー制服の私を動物園のライオンでも見るかのように上から下までジロジロと。
「はい、これが私のフィロソフィーなんです」
「フィロソフィー、そうか、それがあんたのフィロソフィーか、それなら仕方あるまい。まぁよい、ついてきなさい」
わたしは、漆喰で塗り固められた、いくつかの縦長の窓がある集合住宅の一角に案内された。
「ここがあんたの部屋じゃ」
それだけ言うとアルキメデスは去って行った。
と思ったら、戻ってきた。
「何をしておる、議論をするぞ、早く来ないか」
「あ、はい、すぐに」
私は実験ノートをバッグからひっつかんでアルキメデスのあとを追った。
「今わしは、この宇宙を砂粒で埋め尽くすには何粒の砂が必要か考えておる」
「はい」
「あんたはどう思うかい?」
少し前の外資系IT企業の入社面接みたいだな、と思いつつも自分なりに考えてみる・・・。
「私の人差し指の上に砂粒を横に並べると14個並びます」
「ふむ」
「私が両手をいっぱいに広げた幅は、私の人差し指の100倍あります」
「ふむ」
「ということは、砂粒は1400個並びます」
「あんた、そんな哲学をどこで学んだ?」
「え?」
「わしはヒエロン王をはじめとして、いろいろな相手にこの質問を投げかけたが、今までは一人残らず、しばらく頭を抱えた後に『無限に必要』と答えおった。砂粒を数える試みをしたのはおまえが初めてなんじゃ」
「私は・・・」
「ふむ」
「私は、100年前の偉人、アリストテレスが、論理学があらゆる学問成果を手に入れるためのオルガノンであることを前提とした上で、学問体系をテオリア、プラクシス、ポイエーシスに三分し、理論学を自然学、形而上学としたところから、今の私の考えを学び取りました」
「それがあんたのフィロソフィーか」
「そうです、これが私のフィロソフィーです」
「ふむ、わかった、砂粒を数える試みの続きを頼む」
「では、宇宙の大きさについて・・・」
「国王のお呼びでございます」
そこへ外から少年の声が割って入った。
「せっかくの議論の途中ですまんが、国王が話し相手をして欲しいようじゃ、ちょっと行ってくるので、その間は自由にしておいてよいからな」
そう言うとアルキメデスは出て行った。
「・・・なかなか今までのやり方では通用しそうにないわね・・・」
私はアルキメデスの戻りを哲学用語事典を読みながら待つことにした。
どれほど時間がたったかよくわからないのだけれど、アルキメデスは「ウンウン」うなりながら帰ってきた。
「やっかいなことになったぞ・・・」
アルキメデスの長い演説を要約するとこうだ、この時代のシュラクサイの王様、ヒエロン2世は金細工職人に純金を渡してそれをすべて使って王冠を作るように命じたのだけれど、職人が金をごまかし取って、その分、銀を混入させているのではないかと疑っているというのだ。なんて疑い深い王様だ。そこで、話し相手のアルキメデスを呼んで、王冠を壊すことなく、王冠が純金であることを確かめるよう言いつけたというのだ。
「王様に気づかれないくらい、ちょっとだけ王冠をかき取って純度を調べてはどうでしょう」
「そんなことをしたら、わしが槍で突かれてしまう」
「ですよね~」
余談だが「首が飛ぶ」という表現はこの時代にはまだ存在しない。ギロチンで本当に首が飛ぶようになったのはおそらく13世紀頃になってのことだ。
「どうしたものか・・・」
その後、アルキメデスは毎日、アゴラやギュムナシオンへ足を運んで議論をしていたがヒエロン2世からの難問に対する答えは出なかった。
「そうね・・・王冠が純金かどうか・・・、光の反射を調べる? 太陽光を当てて、その反射光を調べたらどうかな??」
私は私なりにいろいろと考えていたその日も、ボスのアルキメデスはギュムナシオンへ行っていた。ギュムナシオンは「裸になる場所」という意味で、今で言うエクササイズにも、入浴にも、哲学者が哲学的論議をする場所にもなる社交場のことだ。
「王冠を壊さずに純度を調べるのは・・・表面特性か・・・表面に何か液体を垂らして滑り具合を・・・あるいは、暖めて比熱を測定するか・・・」
私がそんなことを考えていたときだった。
バーーーンッ!!!!
扉がいきなり大きく開け放たれ、そこに立っていたのは・・・全裸のアルキメデスだった。
「ちょ・・・ちょっと、どうしたんですかっ!! 服を着て下さい!!」
「わかった、わかったよ、ひらめいたんだ! わしの話を聞いてくれないか!」
「聞きます、聞きますから先に服を」
全裸のアルキメデスが言うには、ギュムナシオンに行ったものの、よい議論はできなかったので「風呂にでも入って頭をリフレッシュするか」と考えて、公衆浴場に向かい、なみなみと張られた湯の中に自分の体を沈めたそうだ。そのとき、自分の身体が浮かび上がるような感覚を受けると同時に水があふれ出すのを見てひらめいたのだという。
「いいかい、こういうことだ」
「まずは服を・・・」
「そんなものは浴場に置いてきた」
「えぇぇ・・・」
「わしは湯船につかった。すると、湯船のお湯があふれ出すと同時に、水によって押し上げられるような感覚を得たのじゃ。そこでわしは思いついた。湯船の湯の中に全部、あるいは一部沈んでいるわしの体は,わしの体で排除した湯、つまり、湯船からあふれ出た湯の重さに等しい力で,湯船の湯から上向きに押上げられるんじゃ。わしはこの力を『浮力』と名付けた」
『浮力』私は実験ノートにメモをした。
「あんたにもわかるようにわかりやすく言えば・・・」
アルキメデスは続ける。
「水中に置かれた物体は、それが押しのけた水の重さと等しい上向きの力を受けるのじゃ」
あまりわかりやすくなった気がしない。
「それを王冠の問題に当てはめると・・・?」
「そこじゃ」
「王冠に銀のようなものを混ぜ、王冠の重さが変わってしまえば不正がバレてしまうゆえ、細工師は、王から受け取った金のかたまりと王冠の重さを同じにする必要がある」
「はい」
「銀は金よりも軽いゆえ、同じ重さにするには盗み取った金より多くの銀を混ぜなければならず、王冠のかさが増えてしまうのじゃ。このかさの違いをあふれ出る水の量で調べることができることに思いついたわけじゃ」
「なるほど、純金の王冠と、不純物の混じった王冠では、押しのける水の重さが異なるということですか」
「うむ、そういうふうに言い換えることも可能じゃ」
アルキメデスは早速、王宮に行くと言い出したが、私はむりやり服を着せ、市場で大小二個の樽を二個ずつ買ってきた。
「アルキメデス先生、この大きな樽の中に、小さな樽を入れ、小さな樽にいっぱいの水をはることにしましょう。そして、王冠と純金をそれぞれ小さな樽に沈めるのです。それから大きな樽にあふれ出た水の量を・・・」
「なるほど、それは一目瞭然だ!」
私とアルキメデスは四個の樽を両手に抱えて、ヒエロン2世の待つ王宮へと向かった。
実験を行った結果、純金が押しのける水の量よりも、王冠が押しのける水の量の方が多いことがわかった。つまり、王冠には混じり物が含まれていたということだ。
ヒエロン2世の純金をだまし取った金細工師は直ちに捕らえられ、絞首刑となった。
私はその後もしばらくはアルキメデスの元にとどまって、てこの原理の解明などに関わったが、やがてイタリアには第二次ポエニ戦争の気配が漂いはじめ、アルキメデスは、自ら発見したてこの原理を用いた武器の開発に取り組むようになってしまった。私は私の科学の知識を戦争に利用させない、これは私のフィロソフィーだった。私にはヒエロン2世から頂いた金も手元にあったので、ここに長居は無用と考え、暇乞いをしてこの地を去った。その後、アルキメデスの開発した武器で、小さな都市国家シュラクサイはローマ帝国と互角に戦いを進めたという。
そんなアルキメデスだったが、最期はあっけないものだったと聞いている。第二次ポエニ戦争は、ローマ帝国とカルタゴの戦いだったが、シュラクサイサはカルタゴに味方した結果、紀元前212年にローマ帝国の侵攻を受けることとなった。学者・軍事顧問としてのアルキメデスの名はローマ帝国にも伝わっており、ローマ軍はアルキメデスの開発した武器に苦しめられていたので、ローマ兵にはアルキメデスは殺さずに生け捕ることと指示が出ていたらしい。
アルキメデスが自宅で図形を描いて幾何学の問題を解くことに集中していたところにローマ兵がやって来たとのことだ。ローマ兵はアルキメデスの前に立ち「名を名乗れ」と問うたが、アルキメデスは名乗ればよかったものを「図に近づくな」と怒りをぶつけたために、ローマ兵にその場で殺されてしまったとの噂が伝わってきた。
さて、宇宙を砂粒で埋め尽くすには・・・の問題だが、私が去った後、アルキメデスは「砂粒を数える旅人」という本にそれを記述した。その結論は、10の51乗粒という結論だった。ちなみに「旅人」とは私のことだと今でも信じている。
宇宙の大きさがどれほどであるかについては、アルキメデス以前から多くの天文学者が興味を持つ問題だった。アルキメデスは天動説に基づき、地球は宇宙の中心であり、太陽以外の恒星は太陽よりも遠い恒星球に張り付いていると考えた上で、宇宙は計測可能な有限個の砂粒で埋め尽くすことができるという前述の結果を導き出したようだ。私は、シュラクサイを出るまでの間に、この問題に真摯に取り組み、アルキメデスを納得させたのだった。
砂、いわゆる珪砂の平均粒径は0.71mm。砂が球であると仮定して容積は4÷3×π×0.71の3乗=1.5立方ミリメートル。砂粒がすき間無くぎっしり詰まったと仮定すると半径1メートルの球の中には2.792×10の9乗個の砂粒が、半径1kmの球の中には2.792×10の18乗個の砂粒が詰まることになる。この計算を進めると半径100兆kmで2.792×10の63乗個の砂粒が詰まることになる。1光年はおよそ10兆kmなので、この時代の天文学的観点から、宇宙の果てまでの距離を10光年前後、つまり半径100兆kmの球と私は見積もることにした。全天で最も目立つ恒星の一つ、おおいぬ座シリウスが9光年の彼方にある。普通に考えれば、これくらいが宇宙の果てと考えるのは妥当であろう。
アルキメデスの出した10の51乗粒と私の出した答えは大きく異なるが、アルキメデスは私の仮定よりも宇宙はもっと小さいと考えたのだろう。シリウスまでの距離なども知るよしも無い。それはこの時代のギリシアの知識ではもっともなことだと思う。
もちろん、21世紀の人々にとっては、宇宙を埋め尽くす砂粒の数など、意味を持たない問いかもしれない。しかし、宇宙が無限であると最初に唱えたのはアルキメデスよりも、1900年も後のイタリアの哲学者、ジョルダーノ・ブルーノ(1548~1600)だとされている。ブルーノは、宇宙は無限であると主張し、コペルニクスの地動説を擁護、さらには魔術の信奉など多くの罪で、異端の修道士であるとされ、火刑に処せられた。ブルーノは神を心の中にある無限な存在と考え、宇宙は無限の神が作り出した無限のものであると唱えた。また、コペルニクスの地動説を拡張し、宇宙に中心などは無く、無数の恒星は1つ1つの太陽系を成しており、宇宙には無数の世界が存在すると説いた。自然世界をアトムの集合体であると述べ、このような宇宙論および原子論と関連させた空間論は、コペルニクスからニュートンへ、そしてアインシュタインへとつながる宇宙観の革命に大きな役割を果たしたとされている。
・・・以前、私の大学時代の友人は「哲学の授業をとると理屈っぽい人になりそう」と言って哲学を選択しなかった。彼女の言ったことは正しかったかもしれない、と遠ざかるギリシアの山々を見ながら思う私だった。
【つづく】




