実験技術者 遊佐アカネの実験ノート 第6話 収穫の夏
私はその時、教会の畑の中にいた。収穫の真っ最中だ。麦わら帽子をかぶって長靴を履き、真っ青な空を見上げ・・・見上げたいところだが、ここは教会の中庭なので、教会の建物がまるで額縁のように空を切り取る。雲一つ無い夏の青空は、キャンバスを青一色に染めただけの前衛芸術が展示されているようでもあった。
オーストリアのこの小さな村はとても過ごしやすかった。人は皆敬虔なクリスチャンで、異邦人の私にもとても親切にしてくれた。
「あ~、ここは長居しちゃいそうだわ」
首に掛けたタオルで汗を拭う。
私の名前は遊佐アカネ、今は農業をしているように見えるが、実は実験技術者。いろいろな科学者をボスとしてその下で実験を請け負うのが私の仕事。わかりやすく言えば、実際に手を動かして実験をする人、といえばいいかしら。実験が農作業だったら、農作業だってする! たぶん、私がこうして畑でエンドウ豆を積んでいる間に、ボスはボスにしかできない頭を使って世界で最先端の難しいことを考えているはずだから。私はその考えを証明するために手を・・・全身を動かす。そういう役割分担。私たちの仕事は研究テーマごとの契約なので、一つの研究が終わると、あと、契約期間が切れても無職になっちゃう。そして新しい研究所に採用してもらって経験を積みながら報酬も増やしていく。そんな感じで高額の報酬を求めて、オーストリアまでやってきた。
「アカネさん、ちょっと休憩にしませんか」
今の私のボス、グレゴール・メンデルが声をかけてきた。
「あ、はい、そうします」
自己紹介を語れる程度の仕事のきりの良さだったので、私は遠慮無く休憩を取らせてもらう。
「それにしても、実験を手伝ってくれる方がすぐに見つかって良かった。
とメンデル。
「おはずかしながら、お金がないので司祭の仕事もしなければならず、教壇にも立たなければならず、かといって、エンドウマメは私が忙しくしている間、生育を待ってくれるわけではないですから」
「メンデル先生のお役に立てるのなら光栄ですわ」
「それにしても、実験技術者の方に外で植物栽培などさせてしまって申し訳ありません」
「いえ、私は先生の『交配による品種改良の謎を解明する』という研究テーマにはとても魅力を感じています」
「外での作業はつらくないですか?」
「いえいえ、もっとつらい研究現場も渡り歩いていますので」
「ほお」
「窓もほとんど無い実験室で、鉱石の山を削り出して、それをすりつぶす仕事などもしてきましたし、それに比べれば、こんなキレイな青空の下でお仕事ができるなんて」
「それはまた珍しい研究ですね、どちらの先生のラボにおられたのですか?」
「申し訳ありませんが、それは禁則事項なので」
「おお、たしかに、これは失礼しました」
「どういたしまして」
「アカネさんは若いのに、本当に経験豊富な実験技術者なのですね」
「ありがとうございます」
窓から心地よい風が入ってくる。
窓の外には、今年、つまり1856年の春に私が間引きをしたエンドウマメが実をつけていた。
エンドウマメの葉が風にサワサワと揺れる。
「エンドウマメというのは育つのが早いのですね」
「そうですね、アカネさんが丁寧に世話をしてくださったおかげで、ちょうど良い時期に開花して、品種の純化が調子よくできそうです」
しばらくの沈黙。
私は他の人と一緒にいて沈黙が訪れるのは気にしないが、メンデルは何か話さなければならないと感じているようだった。それがオーストリア紳士のたしなみなのだろうか。
「植物を交配によって品種改良することは広く行われているのに、なぜその仕組みに興味を皆持たないのでしょうか」
メンデルはそう言って腕を組みつつ考え込む。
「それは、一般的な遺伝の説がすでにあるからではないですか?」
と私が答える。
「なるほど、アカネさんにとって『一般的な』遺伝の説とはどのようなものですか?」
「そうですね、上手くは説明できないですが、白ネコと黒ネコを掛け合わせると、白黒ブチの猫が生まれるような感じでしょうか」
「ふむ、確かにその通りなのですが、もし遺伝がそういう両親の性質が混じり合うだけの仕組みだとすると・・・」
「だとすると?」
「すべてのネコはやがて、灰色なりの一色に収束していきませんか?」
「言われてみれば確かに」
「それに、それでは説明できないふしぎな出来事があります」
「というと?」
私は軽く身を乗り出す、テーブルがわずかに傾いてテーブルの脚がカタリと音を立てる。
「アカネさんの言われるとおり、白ネコと黒ネコを交配すると、白黒ブチの猫が生まれます。ところが、さらにその白黒ブチネコ同士を掛け合わせると、白ネコや黒ネコが生まれることがあります」
「よく言われる先祖返りですね」
「そうなのです。一般に言われている説ではそれを説明できません」
「なるほど」
私はユラユラと揺れるエンドウマメのツルに視線を流す。
「私は、なにかそこに私たちの気づいていない法則があるのではないか、それを確かめたいと思っているのです」
メンデルの視線が私の視線を追うようにチラリとエンドウマメの方へ向かう。
「それで34種類ものエンドウマメを?」
私はメンデルへ視線を戻す。
「そうです、それらのエンドウマメを自家受粉して品種を安定させます」
「自家受粉というのは、一つの花のおしべからめしべへ受粉するんですね?」
「そうです、それを繰り返すことによって品種が純化され安定するんです。本格的な実験はそこからですのでまだ先は長いですね」
私は今回の仕事では、教会の寄宿舎が与えられ、そこに住み込んでエンドウの栽培を続けていた。三食昼寝・・・こちらでいうシエスタだ・・・付きなので悪くない条件だった。
私は、今回の仕事に就くまでは、エンドウマメは食べるものであって、あまり気にしたことがなかったのだけれど、エンドウマメにもいろいろ個性があって、丸くてツルツルのもの、粒が小さいもの大きいもの、粒がシワシワのもの・・・面白いことに自家受粉をすると、親の世代とそっくりのマメが子供の世代にみのる。当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけれど、私にとっては、エンドウマメの形を私が支配しているような気分になって、とても新鮮だった。
「これがメンデル先生の言っていた品種の安定と言うことなのね」
この研究はとってものんびりした実験なので、私は時には小旅行に出たり、図書館を堪能したりしながら、エンドウマメの世話を続けていた。
そして2回目の夏が訪れた。実験が動き始めた。
「品種の純化は完成したようですので、これから交配実験に入りましょう」
「やっとですね、先生」
「今言われている遺伝の仕組みが正しい考え方であれば、丸いマメの品種とシワシワのマメの品種を掛け合わせれば、少しシワシワで丸っこいマメができるはずです」
「ですね。それを観察すれば遺伝の法則がわかる、と」
「はい。ですが、その考え方は、これまでも行われてきました。私はそこに一ひねりを加えたいのです」
メンデルは私に右手をクリッとひっくり返してみせる。
「ひとひねりとは?」
「数学の考え方を取り入れることを考えています」
「数学の考え方?」
「たとえばこんな具合です」
メンデルは黒板に10個の丸を描いた。
「丸いマメが10本あるとします」
「はい」
「これらすべてに、シワシワのマメの花粉を受粉させます」
「はい」
「どうなると思いますか?」
「少しシワシワの丸いマメができる?」
「そうかも知れません。しかし、実は答えは私にもわからないのです。どうなるか、それを具体的な数字で確かめる必要があります」
まず、私たちは34種類のエンドウマメから、性質を識別しやすい品種を選び出すことに着手した。・・・が、思いのほかこの作業は難航した。教会の畑は限られているので、いろいろな品種で同時並行に実験はできない。そんなことをしたら花粉が混じり合ってしまって訳がわからなくなる。だから、品種を厳選する必要がある。
「この実験では、たくさんの品種で実験するよりも、厳選した、性質の明確な品種を用いて実験回数を重ねることに意義があるのです」
メンデル先生は私にそう言っていた。
私は全神経をマメに集中させて、最も安定して同じ形のマメがなり、形が最も明確に異なるに品種を選び出した。
交配させる二種のうち、片方の種はまん丸の実を付ける品種にしようということはすぐに決まったが、ではどの品種がまん丸かというのを見極めるのはなかなかに困難だった。そこで、大きくてしっかり実が入るという属性を加えて一品種を選び出した。
私は実験ノートに「まん丸で大きな実 VS」と書いた。
「まん丸と全く異なる品種とはなんだろうか?」
メンデルは、まん丸エンドウマメにどんなエンドウマメを交配させるのが良いか、ウンウンうなりながら考えていた。
「細長いとか・・・」
私は純化したそれぞれの品種のエンドウマメを数十粒ずつ、34個の箱に入れて実験台の上に並べていた。私とメンデルは、34個の箱に入った大量のエンドウマメを見ながら考えた。
「これなんかどうでしょうね?」
箱には番号を打っておいた。
私は楕円形のエンドウマメが入った21番の箱を指さした。
「そうですねぇ、でも21番の箱の中には、割と丸っこいのも混じって入っていますねえ、これは純化が不十分な品種かもしれません」
「では、これはどうでしょう、マメの色が少し黒いのですが、色という性質もアリではないですか?」
「なるほど、しかし、色は形以上にばらつきがあるし、比較対象の丸いマメとの中間の色になったときに果たして判断がつくでしょうか?」
ではこれしかない、私は8番の箱を指さした。
「この、シワシワのマメはどうでしょう?」
メンデルはコクコクと頷いて
「はい、私もそれは気になっていたのですが、そのシワシワが病気などによるものだと正確に遺伝の実験になるかどうか、その点に不安が残ります」
私はこのエンドウマメたちの一株ずつをずっと観察し、実験ノートに記録していたので、このシワシワが病気によるものではなく、このエンドウマメの「個性」であることに自信が持てた。
「このシワシワが何に由来するものか、正確にはわかりません。ですが、自家受粉を繰り返してもこの特徴は維持されていますので、むしろ比較対象には適していると私は思います!」
しばらくディスカッションは続いたが、結局、エンドウマメは生育が早いのでやり直しもきくし、という安易な理由で、私が推した8番のシワシワマメが採用された。
メンデルはこの二品種に「メンデル」と「アカネ」と名付けようと提案したが、この研究が交配実験であることを考えると、丁重にお断りすることにして丸い方を「クーゲル」、シワシワの方を「ファルティッヒ」と私が名付けた。
そこからのメンデルの実験は精緻を極めた。メンデル以前の植物学者の交配実験は、とにかく、何かの特徴のあるもの同士を交配して、その結果がどのようであるか、を観察する手法がとられていたが、メンデルはそこに「世代」という考え方を新たに導入した。
メンデルは予期せぬ雑種が発生することをさけるため、教会の畑のエンドウマメをすべて抜き去り、一度全体を耕し直し、エンドウマメが発芽しないことを確かめることを私に要求した。わたしは、最後の純化実験で残って倒れたエンドウマメをすべて引き抜き、地面に落ちているエンドウマメを『落穂拾い』よろしく、すべて拾って回収した。これらが発芽しては困るからだ。
余談ではあるが、ジャン=フランソワ・ミレーがあの有名な『落穂拾い』を描いたのは去年、すなわち、1857年のことだ。この時代に落穂拾いをするのは、なにも私だけではないということだ。そもそも、落穂拾いは、旧約聖書にまでさかのぼる。旧約聖書『レビ記』19章9節から10節に定められた律法に、「穀物を収穫するときは、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない。これらは貧しい者や寄留者のために残しておかねばならない。」とある。また「レビ記」23章22節には「畑から穀物を刈り取るときは、その畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない。貧しい者や寄留者のために残しておきなさい。」、「申命記」24章19節には「畑で穀物を刈り入れるとき、一束畑に忘れても、取りに戻ってはならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい。」とあって、この時代のオーストリアにおいても、貧者の権利として慣習が残っている。つまり、私は今、聖書でやっちゃダメよ、と何度もクドクドと書かれている禁則事項を聖職者の指示でやっている。
これこそ科学だ!
それでも地球は回るんだ!
さらに余談ながら『旧約聖書』の「ルツ記」では、未亡人となったルツが義母のナオミを養うために、裕福な遠縁の親戚ボアズの畑で落穂拾いをすることになっている。ボアズは姑につくすルツに好意をもち、やがてルツとボアズは結ばれ、ダヴィデの祖先となる。ジャン=フランソワ・ミレーの絵画『落穂拾い』はルツとボアズを主題にしており、このストーリーでいけば、落穂拾いをしている私と、畑の持ち主のメンデルは恋に落ちるはずだが、メンデルはエンドウマメにしか興味が無いようだった。
メンデルの元で働くようになって聖書にやたら詳しくなってしまった・・・。
さて、貧者を演じる私は落穂ならぬ、落エンドウマメをすべて拾い集め、畑全体を耕した。ホント、教会の畑で、聖書に「するな!」と書いてあることをさせるメンデル司祭は聖職者としていかがなものか・・・と思う。
その後は畑をしばらく放置する。予期せぬエンドウの発芽があるかもしれないからだ。私は毎日、麦わら帽子に長靴で、少しでも良い研究結果が出るようにしっかりと畑の世話も続けた。
いよいよ畑に、クーゲルとファルティッヒを植える。
畑を半分に区切り、片方にクーゲル、片方にファルティッヒを植える。間引きを上手に行って、正確に200本ずつ育てる。芽が出るまでは時間がかかるが、芽が出ると一気にツルを伸ばして花を咲かせるので、そこから先のあわただしさは戦争だった。こんな「戦争のような作業」はキュリー夫妻の鉱石の仕事以来だ。
メンデルが私に指示した実験方法はこうだ。
花が咲いたら、まず、200本のクーゲルのうち、100本の花を切り取り、そのおしべを100本のファルティッヒと交配する。残りのファルティッヒ100本は同様に花を切り取り、花が残っている100本のクーゲルと交配する。こうすれば相互に交配した200本のエンドウマメができあがる。これらのマメがどうなるかをまず確認しようというのだ。
それからしばらく過ぎたその日はあいにくの雨でメンデルと私は畑でシトシトと濡れるエンドウマメを見ながらお茶の時間を楽しんでいた。
「アカネさん、この交配実験がどうなるか、何か予想はありますか?」
「私は実験技術者ですので、先生の仮説を証明するために、精緻な実験をするのが仕事ですので」
予想もなにも・・・。
「それはいけません、これからの時代、女性も科学をするべきです。アカネさんにはアカネさんなりの仮説を持って取り組むのが、あなたの成長のためになると私は考えます」
残念ながら、欧州での、いや世界での科学の領域における女性科学者の地位は無いも同然だった。だから、女性の私が実験技術者ではなく、科学者になるなどと考えることはおこがましい時代だ。その証拠に、今から80年近く後のマリ・キュリーでさえ、ノーベル賞科学者であるにもかかわらず、女性であるという理由だけでフランス科学アカデミーには生涯入会することができなかったではないか! 私なんかが仮定を語るのはおこがましい・・・というスタンスを取っていた。もちろん、私には私なりの仮定があって実験をしている。
「私の仮定は・・・」
黙って耳を傾けてくれるメンデル。
「私の仮定は、おそらく、ほとんどはまん丸とシワシワの中間のエンドウマメになるものの、一部に丸いエンドウマメが実る茎と、シワシワのエンドウマメが実る茎が現れると思います」
「ほぉ、おもしろい。その理由は?」
「人間の親子を考えてみてください。多くの場合は、どこかしら父親に似た部分と、どこかしら母親に似た部分を持っています」
「確かにそうですね」
「ですが、時に、父親そっくりの子、母親そっくりの子もいます」
「なるほど」
「私には理由はわかりません。わかりませんが、親世代の特徴をそのまま持ったエンドウマメがある確率で現れるのではないかと思います」
「それはかなり説得力がありますね」
雨を受けたエンドウマメは一気に育って、あっという間に収穫期がやってきた。本当にエンドウマメは生育が早くて実験材料には最適だ。
クーゲル100本とファルティッヒ100本を観察するのかと思いきや、観察の前に全部を収穫して数を数えるという。後に実感することだが、数えるという数学的センスを植物学に導入したことが、メンデルの優れた実験手法の中核だった。
優れたメンデルとは真逆に、私の仮定は見事に外れた・・・。
実ったエンドウはなんとすべてまん丸なエンドウマメだったのだ。
「ふむ」
メンデルは、数えるまでもなく、すべてがまん丸になったエンドウを眺めていた。
「すべてが、クーゲルになって、ファルティッヒはどこかに行ってしまいましたね」
私は何気なくそう言った。
「どこかに行った?」
「あ、いや、たとえ話で、きちんと播種して、きちんと収穫しています」
「いや、それは信頼しているのですが、『どこかへ行った』と言いましたね」
「はい、いいました・・・」
「どこかに行った・・・、どこかに行った・・・」
そう言ったきり、メンデルから何の次の指示も無いまま数日が経過した。
「この新しくできたエンドウ豆の子供に何を交配させるか・・・」
「・・・。」
「まん丸とシワシワを交配すると、その子供はまん丸になった」
「はい」
「この子供世代のまん丸に何を掛け合わせると、孫の世代でより遺伝の仕組みが明確になると思いますか?」
メンデルは私に問いかけた。
「・・・私なら・・・私なら子供世代のまん丸にすると思います」
「子供世代にさらに子供世代の丸ですか、それはまた奇抜な意見ですね、理由は?」
「ネコです」
「ネコ」
「先生も以前おっしゃいましたが、白ネコと黒ネコを飼っていても、ブチや灰色ばかりにはならず、白いネコや黒い猫が現れることがあります」
「確かに私はそう言いましたし、実際それを見てもいます」
「であれば、交配してオモシロイのは、子供世代同士ではないでしょうか? もし、先祖返りが起きて再びまん丸や・・・いえ、もし、子供世代で消えてしまったシワシワのエンドウが先祖返りで現れたらとても興味深いと思います・・・」
「ネコとエンドウマメ、全く異なる生き物ですが、同じことが起きれば、エンドウマメは動物のモデルである、ということもできますね」
「ああ、そうか! 私はそこまで考えていませんでした」
「面白いと思います。つぎの播種の時期には、この新しくできたエンドウマメ『ゲミシュト』と名付けましょう、ゲミシュトを200本育てて、ゲミシュト同士で交配してみましょう。
そして私は落穂拾いを繰り返し、畑を再度、実験用に整えた。
メンデルと私が作り出した新品種「ゲミシュト」を200本育て上げた。
ちなみに、メンデルと私は、クーゲルとファルティッヒ、それにゲミシュトを薄い塩味でゆでて食べ比べをしてみた。もちろん、味の遺伝を調べるためだ。・・・違いはよくわからなかったが、私は親世代の丸いクーゲルが一番おいしいと思った。しかし、メンデルはゲミシュトが好きだと言った。結論としては、味は主観的すぎて遺伝の評価には使えそうにない、というものだった。
ゲミシュトが開花したので、100本の花を無作為に切り取って、残り100本の花と交配させ、第二世代、つまり、クーゲルとファルティッヒの孫、ゲミシュトの子供を育て上げた。
すぐに収穫の時期となり、私はそれを刈り取ってメンデルの実験室に運び込んだ。私はその中の1本を手に取ってエンドウマメのさやの中を見た。
「先生、シワシワなエンドウが! 先祖返りが!!」
「アカネさん、こっちにはまん丸のエンドウもあります。これは、エンドウマメの形ですべての茎を分類しましょう」
私たちは広い場所を実験台の上に確保し、エンドウマメの形で置き場所を変えて分類し始めた。が、それは思いのほか場所を必要としなかった。孫世代のエンドウマメはまん丸とシワシワの二通りしか無く、その中間的なエンドウマメは無かったのだ。
「やはりこうなりましたか」
「メンデル先生?」
「アカネさんの予測は素晴らしい! 確かに先祖返りが起きています」
「ええ、でも・・・う~ん・・・規則性がわからないですね、日当たりとか・・・いや、日当たりや水やりは差が出ないように厳密にしていたつもりなのですが・・・」
「日当たり・・・、日当たり・・・、そうか! そうだったのか!」
メンデル先生がアルキメデスなら「エウレーカ」とか言いながら、裸で街に飛び出しそうだ。
「日当たり、そうか、アカネさん、あなたの発想は素晴らしい!!」
「いえ、日当たりには違いが出ないように・・・」
私を遮って
「だいじょうぶです、それはわかっています。アカネさん、シワシワのマメの茎の本数を数えてください、私は丸い方を数えます」
「わかりました。1、2,3・・・25本です先生」
明らかに丸いエンドウマメの方が大きい、数倍はありそうだ。
「私の方の丸いエンドウマメは75本でした」
「25本と75本・・・1:3?」
「そうです」
メンデルは黒板に四つのマス目を描いた。
「親世代のまん丸い性質を『A』とします」
「はい」
「親世代のシワシワの性質を『a』とします」
「はい」
「あかねさん、あなたは以前、シワシワの性質がどこかに行った、と言いました。私はそれを聞いて考え続けたのです、シワシワの性質はどこに行ったのだろう、ということを」
「?」
「親世代『A』と『a』を掛け合わせると『A』になる。では『a』はどこに行ったのか?」
「ナゾですね?」
「私はあなたのおかげで気づきました」
「私のおかげ・・・」
「あなたは『日当たり』と言いましたね」
「はい」
「『a』がどこに行ったかを探すのは難しい。なぜならば、どこかに『a』が行ったと考えるならば、必然的にその行き場所を探さなければならないし、孫世代で『a』が戻ってくる理由も必要です」
「はい」
「『a』はどこにも行っていない!」
メンデル先生の声に力が入る。
「『a』は私たちの目の前に、そこにいたのです!」
「ひょっとして、『A』と『a』には、例えるなら大きさの違いのような概念があって、巨大な『A』の日陰になるようにして小さな『a』が隠れてしまった」
「そういうことです! エウレーカ!!」
(あ、言ったw)
メンデルは黒板にさらに四角い四つの枠を描いた。
「枠が四つであることは後から説明します。まず、子世代で私たちのエンドウマメはすべてまん丸になりました。つまり・・・」
四つの枠の中にすべて『A』を描いた。
そして孫世代、と横に並べて右側に、また四つの枠を描いた。
「1:3の割合で『a』と『A』が現れました」
といって、右側の四枠の一つの枠に『a』を、三つの枠に『A』を描いた。
「ああ、だから枠が四つ必要なのですね」
「そうです」
この左側の四枠すべて『A』の中にはどこかに『a』が隠れていて、見えなくなっている。それが、この右側の孫世代では『a』としてあらわれる。どのようにすれば良いと思いますが?」
「左側の子世代の四枠には、どこかに『a』が入るがそれは見えてこない、そして孫世代には四分の1の確率で『a』が復活しなければならない・・・ということは!」
「ということは?」
「メンデル先生、この一個の枠の中には、『A』または『a』が二文字入る!」
「ダス・イスト・リヒティヒ! その通り」
メンデルはチョークですらすらと書き始めた。
「私たちは、この実験を始める前に2年をかけて品種の純化をしました。その結果、まん丸なエンドウマメとシワシワのエンドウマメを得ました。エンドウマメの性質を示すこの枠の中には、それぞれに文字入る。ならば、親世代も二文字なのです」
「あ!まん丸は『A』ではなくて『AA』、シワシワは『aa』なんだ!」
「ゴロース! すばらしい!」
メンデルは、子世代、左側の枠の上部に『AA』と書き、左側に『aa』と書いて、両者が交差するように枠を埋めていった。つまり、『AA』と『aa』を混ぜ合わせるのだから、子世代の四枠はすべて『Aa』となる。
「子供世代が『Aa』となったとき、『A』が『a』を隠してしまって、私たちには『A』としか見えなかったのです。この『A』の性質を『優性』と呼ぶことにしましょう」
「優性、はい」
私は実験ノートに黒板の絵を描き写してメモを取る『優性』。
「同じように孫世代についても考えてみます」
そういってメンデルは、右側の四枠の上に『Aa』、左にも『Aa』と書いた。
「『Aa』と『Aa』を交配するのです。このマトリックスを埋めてみましょう」
メンデルは、左上のマスに『AA』、右上に『aA』、左下に『Aa』と書いた。
「そして、この右下は・・・」
特に強い筆致で『aa』と書いた。
つまり、交配を「×」で示すとすると、孫世代は次の4パターンになる。
パターン1:A×A→Aになる
パターン2:A×a→私たちにはAに見える
パターン3:a×A→これも私たちにはAに見える
パターン4:a×a→これはaになる!!
「つまり、この枠は、『a』を遮る巨大な『A』がないので、シワシワが現れたのです。この『a』を『劣勢』と呼ぶことにしましょう!」
私は『劣勢』と実験ノートにメモを取る。
「このように考えれば、孫世代では優性のAすなわちまん丸なエンドウマメが3。劣勢のaすなわちシワシワのエンドウマメが1誕生することが説明できるではないですか!」
メンデルは、遺伝はペンキのように混ぜると均質に混じり合うものではなく、混じり合わない粒子のようなもの、今私たちはそれを『遺伝子』として知っているのだけれど、そのようなものが担っているのではないかというアイディアにこのとき至ったのだ。ちなみに、遺伝子がロザリンド・フランクリンによって発見されるのは今から90年以上後の1952年のことだ。
私たちの実験はますます加速した。
私はその後、メンデルが着目した七つのエンドウマメの特徴、「①種子の形」「②子葉の色」「③種皮の色」「④さやの色」「⑤若いさやの色」「⑥花のつき方」「⑦茎の長さ」について、同様に遺伝の実験を進め、私はメンデルに報告を続けた。
メンデルは私の実験結果に熟考を重ね、遺伝のルールを「優性の法則」「分離の法則」「独立の法則」の三つの法則にまとめ上げることに成功した。
『優性の法則』は、異なる特徴を持ったものを掛け合わせた場合、両者の中間的な特徴ではなく、優性な特徴が現れること。
『分離の法則』は、特徴は丸い種の形、シワシワの種の形のように分けて考えなければならないこと。
『独立の法則』は、植物を形成する多数の特徴はそれぞれ独立した特徴として子孫に伝えられ、ある特徴(たとえば種の形)が別の特徴(たとえば花の色)に影響を及ぼすことはないこと。
遺伝の法則の完成だ。
エンドウマメの実験をしている間にメンデルはいつの間にか教会の中でも偉くなり、修道院院長の座に就いていた。遺伝の法則完成後も、メンデルからは教会に残って、教会の事務長にならないかと、しつこく誘われたが、私は丁重にそれをお断りして暇乞いをした。私は実験技術者だ。
以降の話は後に知ったことなのだけれども、メンデルは1865年2月8日と3月8日の二回にわたり、実験結果をブリュン自然科学会の例会で発表したらしい。残念なことに愚衆はメンデルの研究が奇抜すぎて理解できず、発表は不発に終わってしまったということだ。翌1866年、メンデルは、遺伝の法則に関する論文『植物の雑種に関する実験』を『ブリュン自然科学会誌』に投稿したものの、無能な学会からは「シロウトが無名の雑誌に投稿した論文」として扱われてしまったそうだ。
修道院院長の仕事は思いのほか多忙だったようで、私が去った後は人手が足りず、ほとんど実験をすることは無かったと聞いた。私が協会に残ってメンデルの実験を手伝う選択をしていれば、メンデルにはもっとやり遂げられる実験があったのではないか、と思うと、かなり心が痛む。
メンデルはダーウィンにも自分の論文を送ったと聞いたが、それはどう扱われたのか、私にはわからない。すくなくとも、ダーウィンにメンデルが影響を与えることは無かったようだ。メンデルは、物理学も数学も、そして博物学も修得した間違いなく天才科学者だったが、周りの人間が凡人過ぎた。時代を先取りしすぎた科学者だったのだろうと思う。
【つづく】




