第12話 消えたアドバイザー
「な、なんですか? 地震?」
トトはあたりをキョロキョロして、壁にすがりついた。
ここには体を固定できるものがなにもない。
霧矢は転倒し、危うく頭を打ちかけた。
「キリヤさんッ!」
「トトさん、動かないでッ!」
霧矢は床にへばりつき、振動がおさまるのを待った。
「……トトさん、だいじょうぶ?」
「は、はい、なんとか……」
そのとき、ドンドンとドアを叩く音が聞こえた。
廊下の奥で、サクラの声がする。
「いまのはなんですかッ!? だれかいませんかッ!?」
霧矢はサクラを助けに戻るかどうか迷った。
だが、サクラよりもセシャトと合流する必要性を感じた。
霧矢は、マザーコンピュータのある部屋をめざした。
トトと一緒にその部屋に駆け込むと、先にセシャトとちはるがいた。
セシャトは椅子に座り、ちはるは猟銃を構えて、入り口を見張っていた。
「ちはる、セシャトさん、今のはなんですか? なにかしたんですか?」
霧矢は、ふたりがなにか箱舟に操作をくわえたのではないかと思った。
だが、セシャトはこれをすぐに否定した。
「ちがうわ。マザーと交信してたら、急に揺れたのよ」
「マザーと交信……?」
マザーのディスプレイに虹色の光が浮かんでいた。
霧矢は、セシャトが成し遂げたことを瞬時に理解した。
「そうか……マザーのパスワードも同じなのかッ!」
セシャトはフッと自慢げな笑みを浮かべ、両肩をすくめた。
「あたしに破れないセキュリティはないのよ」
これには、ちはるがつっこむ。
「茜さんが、パスワードを使いまわしてただけだと思うんだけど……」
「こら、あたしのアドバイザーなのに、そういうこと言わない」
霧矢はその場のやりとりがもどかしくなり、続きをたずねた。
「で、さっきの振動はなんなんですか?」
「今原因を調べようとしてたんだけど……まず、現状を説明するわ。あたしたちはようやくマザーコンピュータへのアクセス権限を手に入れ、船内を自由に行き来できる状態になったところよ」
霧矢はそれを聞いて、なんだか肩の荷が軽くなった。
「だね。あとは犯人の痕跡が、今まで調べてなかったフロアにないかどうか……」
セシャトは霧矢の発言を制止した。
「問題は、その先なのよ……せっかくマザーにアクセスできたのに、重要な情報はほとんどロックされてるの。目的地を尋ねてもダメ、船内マップの表示を頼んでもダメ。おまけに、地球への帰還命令も全く受け付けてくれないときてるわ」
霧矢は、けげんそうな顔をする。
「どういうこと?」
「そうね……真の船長……とでも言えばいいのかしら……」
セシャトの謎めいた言い回しが、あたりに静寂をもたらす。
霧矢は先をうながした。
「真の船長って、どういう意味?」
「マザーに侵入して、あたしをユーザー登録するとき気付いたのよ。あたしも茜さんも、マザーにはゲストユーザーとして認識されてるの。茜さんたちは、そのことに何の疑問も抱かなかったようだけど……」
「それって、つまり……」
「ようするに、マザーコンピュータを正式に管理してる人物は、別にいるってこと」
霧矢は言葉を失った。
ちはるが補足する。
「そう考えると、ぜんぶ辻褄が合うんだよね。犯人は、あちこちのドアの開閉を、茜さんの意志とは無関係にすることができたんだよ。遊花さんや篤穂さんを殺すのも、現場に偽の遺書を残しておくのも、かんたんだったんじゃないかな」
霧矢はことの重大さに青ざめた。
「それじゃ……犯人の可能性があるのは、一見キャプテンではないひと?」
霧矢は、頭の中で候補者を整理する。
「……もうサクラさんしかいない?」
唯一の選択肢であるにもかかわらず、セシャトは首をたてにふらなかった。
代わりに、こう続けた。
「さっきセキュリティを破っているあいだに、思いついた推理があるの。ここで話してもいい?」
何を自明なことを、と霧矢はいぶかしんだ。
「ぜひ聞かせて。もったいぶる必要なんかないだろう?」
「まあ、普通はそうなんだけど……」
霧矢の率直な催促にもかかわらず、セシャトは言葉をにごした。
「自信がないの?」
「ええ……突飛な推理なの……こんな事態は初めてだから……」
「聞かせて」
霧矢の真剣なまなざしに、セシャトは踏ん切りをつけた。
「あたしね……犯人は……アドバイザーだと思う」
霧矢とちはるは、同時に顔を見合わせた。
ただ、霧矢の表情の変化は、わずかであった。
セシャトはそれを見逃さなかった。
「キリヤくんは、トトからなにか聞かされているみたいね……ま、いいわ。聞いてちょうだい。アドバイザーはあなたたち以外に、もうひとりいるでしょ。この事件の発端を覚えてる?」
霧矢はうなずいた。
しかし、霧矢はこの推理に納得しているわけではなかった。
トトから聞かされたときはショックで深く考えなかったが、疑問点は多いのだ。
「検史官もアドバイザーも、死亡が確認されたんじゃなかった?」
「死体が確認されたわけじゃないわ。端末からの信号が途切れたってだけよ。そもそも、HISTORICAがどうやって所有者を認識してるか知ってる?」
霧矢は、首を左右にふった。
「警史庁から支給されるアドバイザー用の端末は、事件毎に初期化されてるの。そして、検史官以外で一番最初に触れた人物を、アドバイザーと認識するのよ」
「……アドバイザーが端末を他人に触れさせて、そいつを殺した?」
霧矢の畳み掛けるような口調に、セシャトの顔から再び自信の色が消えた。
本人も、問題点が多過ぎると感じているようだ。
「あくまでも可能性があるってだけ。でもね、こう考えると分かり易くなることもあるの。例えば、遊花さんの件よ。遊花さんは裸にされたうえ、冷水のシャワーを浴びていた。これは意識がなかったとしか考えられなくない?」
「つまり、犯人はHISTORICA催眠弾を使った、と?」
もし篤穂の死が他殺であり、犯人が彼女を絞殺しようとしたのであれば、相当な抵抗を受けたはずである。ところが、室内にも篤穂の外見にも、そのような痕跡はなかった。よって自殺と考えるのが自然なわけだが、もし篤穂が催眠弾を受けて昏倒していたとなると、話は別だ。
同時に、霧矢には迷っていることがあった。セシャトの推理は、アドバイザーではなく検史官にもあてはまるのだ。そして検史官が犯人だという説を、霧矢はすでにトトから聞いていた。しかし、口止めもされていた。
霧矢は考えあぐねた挙句、この場で結論を出すことを放棄した。
「セシャトさん、今の推理を裏づける証拠はある?」
これにはセシャトも肩をすくめてみせた。
「検史官の勘、ってやつかしら。物証はなにもないわ」
この言葉に、トトはすばやく反応した。
「あれ? セシャトさんって、そういう言葉キライじゃなかったですか?」
トトの指摘に、セシャトはプイっと横をむいた。
「あなたの山勘といっしょにしないでちょうだい。経験則ってやつよ」
「あ、はい」
セシャトはタメ息をついて、マザーコンピュータに向きなおった。
そして、あまり期待していないような調子で、
「というわけで、マザーコンピュータへのアクセス権は、大幅に制限されてるわけ。さっきの振動についても質問したけど、答えてもらえなかったわ……だれか、現状を打破するアイデアは?」
とたずねた。
これには霧矢が答える。
「マザーにどんどん質問して、アクセスの抜け穴をさがすしかないんじゃない?」
セシャトはふたたびタメ息をついた。
「そうね……気長にやりましょ。マザー」
セシャトの声に、光の帯がゆらめく。
〈キャプテン・セシャト、どのようなご用件でしょうか?〉
「この船の針路をちょっと変えてくれない? 地球までとは言わないから」
〈進路変更は、正規ユーザによって禁じられています。もうしわけありません〉
「脱出用ポッドみたいなものはないの?」
〈その利用も、正規ユーザによって禁じられています。もうしわけありません〉
「どこにあるかくらいは、教えてくれない?」
〈正規ユーザによって禁じられています。もうしわけありません〉
セシャトは、他の3人を振り向き、大げさに肩をすくめてみせた。
霧矢が一歩進み出る。
「ぼくから質問してもいい?」
〈どうぞ、キャプテン・キリヤ〉
「その正規ユーザと連絡を取る方法はありませんか?」
正面攻撃がダメなら、搦め手からという意図だった。
〈正規ユーザと連絡を取るには、正規ユーザ側からのコンタクトが必要です〉
「正規ユーザに伝言を残すことは? それもダメなの?」
〈それは可能です。ただし、宛先はお教えできません〉
セシャトと霧矢は、視線を交叉させる。
「キリヤくん、けっこう大胆なのね……どうアプローチする?」
「こっちがすでに証拠を握っている、と匂わせてみるのは?」
「おびき出す場所は?」
「犯行現場が心理的に……」
その瞬間、霧矢はひとつの可能性に思い当たった。
この会話は盗聴されてるのではないだろうか。
だとすれば、ヘタな罠を張るのはよくない。
霧矢はそう考えて、
「やっぱりやめとこうか。壁になんとやら、だから」
と、あいまいなセリフを口走った。
セシャトは一瞬眉をひそめたあと、霧矢の言いたいことを悟ってくれた。
「ああ……そうね」
ふたりの会話を聞いていたトトが、おずおずとわりこむ。
「あのう……」
セシャトはこれを右手で制した。
「悪いけど、いまの会話に関する質問はナシよ」
「いえ、その、なんというか……いいアイデアが浮かんだんですけど……」
3人の視線が、トトに注がれる。
霧矢は半信半疑で、
「どういうアイデア?」
とたずねた。
「……マザーをぶっ壊しちゃえばいいんじゃないですかね?」
セシャトは天をあおいだ。いくらなんでも荒唐無稽だと、そう言いたげだった。
だが、それとは対照的に、霧矢の脳裏には強烈な光が差し込んだ。
「すごいよ……トトさん、君は天才だ!」
「は、はい?」
頭にハテナマークを浮かべたトトを放置して、霧矢はスクリーンに向かう。
「マザー! この船が故障して目的地につけなくなったら、どうなるッ!?」
〈……〉
霧矢の質問に、セシャトとちはるの顔が凍りついた。
霧矢はもういちど指示を出す。
「マザー、答えてッ!」
〈……そのような事態に陥った場合、本船は、自動的に地球へ帰還、修理ドックへと収容されます〉
4人の興奮が、最高潮にたっした。
セシャトが入れ替わってたずねる。
「それはどんな場合? 正規ユーザは帰還を阻止できるの?」
〈該当事項としては、伝染病の蔓延、燃料不足、船内では修理不能な損壊などが挙げられます。この緊急プログラムは、何人たりとも変更することができません〉
霧矢はガッツポーズを決め、トトがその肩にすがりつく。
正規ユーザーですら妨害できない帰郷の可能性に、場はわきたった。
しかし、これが問題解決の第一段階に過ぎないと最初に気付いたのは、ちはるだった。
「で、でも、どうやって緊急事態を発生させるの?」
他の3人のお祭り気分を消し飛ばすには、その一言で十分だった。
セシャトはいつものエリート検史官の顔にもどる。
「そうね……ちょっと喜ぶのが早かったかしら……」
セシャトは、そう言ってふたたびスクリーンに話しかけた。
「マザー、緊急事態と認識されるケースを、もう少し詳しく教えて」
〈目的地へ到着することが不可能になった場合、一律に緊急事態と判断されます〉
「それじゃ分からないわ。具体的に」
〈メインエンジンの故障などがそれに当たります〉
霧矢は、マザーが提示した例にこくこくとうなずいた。
メインエンジンが破損すれば、目的に到着できないのは自明である。
ところが、そこからふと別の疑問が生じた。
「メインエンジンが壊れているのに、どうやって地球へ帰るんだい?」
〈本船には、緊急用の予備エンジンが搭載されています。速度は半減されますが、地球への帰還は可能です〉
セシャトが質問をつなぐ。
「メインエンジンはどこにあるの?」
画面が切り替わり、白い線が無数に交差をはじめた。
それは、船内の立体地図のようだった。
〈キャプテン・セシャトがいる部屋は、ここです〉
立体地図のすみっこに、赤い点が打たれた。
〈メインエンジンは、ここにあります〉
すこし離れたブロックに、青い点が打たれた。
それは、この部屋よりもさらに下の階層だった。
セシャトはそれを見ながら、
「……ルートはなんとなくわかったわ。でもこの地図、小さすぎない?」
とたずねた。
〈それ以上の船内マップは、セキュリティの関係上、表示できません〉
「……そう」
セシャトは制服のポケットから紙の手帳とペンをとりだし、なにやら書き付ける。
そして、霧矢に声をかけた。
「キリヤくん、この船内マップ、これで書き写せてるかしら?」
霧矢は手帳をのぞきこんだ。
そこには地図など描かれておらず、ただひとこと、
ワナだと思う?
とだけ書かれていた。その一文に、霧矢は眉をひそめかけた。
が、すぐにセシャトの意図を察した。
ペンを受け取り、返答をする。
「えーと、セシャトさん、よく見て。ここがちがうよ」
メインエンジンの情報がアクセス可能なのはおかしい?
そこから、ふたりの筆談がはじまった。
セキュリティの関係なら、メインエンジンを表示しちゃダメなはず
同意 犯人がわざとアクセス可能にしてるかも
ノル手はあるけど?
霧矢は視線をあげた。
セシャトのするどい眼光と目があう。霧矢は迷った。あきらかに罠であるような気がしてきている。マザーはあれだけブロックが固かったのに、メインエンジンの在り処だけ教えてくれるのは奇妙だった。しかし、霧矢は、じぶんたちが探偵としてはほとんど手詰まりになっていることもわかっていた。
何回か小刻みにうなずいたあと、霧矢はペンをとった。
チャンスだと思う
セシャトは深くうなずき、ペンを返してもらってさらに長文を書きつけた。
こんどは、ちはるとトトに声をかける。
「ちはるちゃんたちも、ちょっと確認しておいて」
ちはるとトトは手帳をのぞきこみ、そこに書いてある文章を目で追った。
トトはすこし態度に出てしまっているように、霧矢にはみえた。
が、ちはるはさすがのもので、
「このマップで正確なんじゃないかな」
と答えた。
セシャトは手帳を閉じる。
「オッケー、それじゃあトトはあたしと一緒に、エンジンを壊す道具を作りましょ。ちはるちゃんと霧矢くんは、茜さんたちの監視をお願い。もうのこりふたりだから、おかしな行動をとった時点で、催眠弾の使用を許可するわ。あとは……」
四人のポケットから、一斉に警報音が鳴り響く。
そのアラームは、四つのHISTORICAから等しく聞こえてきた。




