第13話 スター・システム
その少女の死体は、眠っているようにみえた。
ペンライトで瞳孔を確認したセシャトは、おおきく息をつく。
「サクラの死亡を確認……これで登場人物はアカネさんしかいなくなったわね」
そのひとことは、茜を犯人と断定しているようにも聞こえた。
彼女が最後の生存者だから、というだけではなかった。
茜の姿は、さきほどから見当たらないのだ。コックピットにもラボにもいなかった。
ちはるも、やや自信なさげではあったが、
「これは解決した……ってことだよね?」
と、つぶやいた。
だが、霧矢はどこか納得がいかなかった。
コンパートメントのなかを見回し、犯行現場をつぶさに観察する。
「……ぜんぜん抵抗したあとがないよ」
セシャトはくちもとに手をよせ、じっと考え込んだ。
「……霧矢くんは、アカネさんが犯人じゃない、と思ってる?」
「……思ってる」
「でしょうね。さっきからそんな雰囲気だし。あたしも断定したわけじゃないの……ねぇ、さっきのアドバイザー犯行説、もういちど考えてみない? サクラさんに抵抗のあとが見られないのは、催眠弾で昏睡させたからかも」
「でも、このコンパートメントまでどうやって侵入したの?」
「それは簡単よ。アクセス権に制約がないんだから」
「いや、そういう意味じゃないんだ。アドバイザーはどうやって姿を消してるの?」
セシャトはハッとなって、霧矢の顔をみた。
霧矢は黙ってベッドにあがり、天井の通気口を調べ、その大きさを確認した。
さらにベッドの下など、どこにも取り外し可能なフタがないことも確かめる。
「セシャトさんがぼくたちとおなじように、ここで生活したら気づいたと思う。アドバイザーが犯人なら、ぼくたちに一度も目撃されていないのは、なんでなんだろう?」
セシャトはじぶんでも通気口を調べながら、
「ほんとにだれも不審な影を目撃してないの?」
とたずねた。
「ないよ。不審者がいた、なんて話すらないんだ。もしかすると、天井を這い回るエイリアンの正体がアドバイザーなのかな、と思って、通気口を見てみたけど……ここを人間が通るのは不可能だね。それに、エイリアンの目撃談だって、茜さんしかしてないんだ。だから、ぼくたちとべつにキャラがいるとは考えられない」
霧矢はベッドからとびおりた。
パンパンと手をたたき、ホコリを払う。
「というわけで、アドバイザー犯人説には、ぼくは否定的なんだ」
「じゃあ、茜さんが犯人、と?」
霧矢は答えなかった。答えられなかったというほうが正しいだろうか。
茜が犯人だという状況証拠はそろっている。
しかし、茜が犯人であるということは、これまで霧矢の心証にそぐわなかった。
トトも同じらしく、
「わたしも、茜さんは犯人じゃないと思います」
と言い切った。
セシャトは腰に手を当てて、
「感情的な推理なら、受けつけないわよ」
とつっぱねた。
トトはすこし物怖じして、くちびるを結んだ。
セシャトはパンと手をたたく。
「とにかく、容疑者の第一候補は行方不明になった。これは事実よ。あたしたちには、もうあまり時間が残されてないわ……ちはるちゃん、プラスチック爆弾を作るから、手伝ってちょうだい」
ちはるは、すこしばかりおどろきの表情を浮かべた。
「えッ……いいけど、さっきはトトさんを指名してなかった?」
「状況が変わったの。容疑者が行方不明だから、爆弾はあたしがひとりで作るわ。ちはるちゃんはボディガードをお願い」
これには霧矢が異議をとなえた。
「ちょっと待って、それこそ四人で固まったほうが……」
「固まったら危ないわ。全滅するおそれがあるでしょ」
セシャトの言葉には、切羽詰まったところがあった。
霧矢は逡巡しながら、
「……正直、このなかのひとりでも欠けたら、もう生き残れない気がする」
とつぶやいた。それは本心だった。
セシャトは表情を消し、パチリと指を鳴らした。
「最後のひとりまで粘るの。それが検史官とアドバイザーの仕事。オッケー?」
「……わかった。じゃあ、バラバラになるまえに、最後の現場検証をさせて」
四人は手分けして、これまでの関係者の個室を総ざらいにした。
セシャトがキャプテンに登録されているおかげで、すべてのロックは解除できた。
霧矢とトトは、まず箕倉の部屋を捜索した。
だが、なんの成果もなかった。彼はここで単純な生活を送っているだけだったらしい。
次にドクターの部屋も捜索したが、それこそなにも見つからなかった。
「キリヤくん、ちょっと来てッ!」
セシャトの呼び声。
霧矢はサクラのコンパートメントへもどった。
セシャトは室内をあれこれ捜索したらしく、家具がすこし動いていた。
「どうしたの? なにか見つかった?」
「これはなにかしら?」
セシャトは、動かしたベッドのしたをゆびさした。
「これって?」
「このホコリが固まったようなもの」
霧矢がみると、たしかにホコリのかたまりのようなものがみえた。
「……見たまんまじゃない?」
「これ、ベッドのしたになにか置いてたんじゃない?」
霧矢は目をこらした。セシャトの言うとおり、なにかを置いたような形跡がある。というのも、ホコリがまったく落ちていない場所があり、その境界線にさきほどのかたまりが転がっていたからだ。ちょうどベッドのしたにモップを走らせると、大部分はキレイになるが、すみっこに毛玉ができるのとおなじ仕組みにみえた。
「……でも、なにを?」
「わからない。最初、死体かと思ったんだけど……死体は即時に発見されてるのよね?」
セシャトの言うとおりだった。
これまでアラームが鳴ったあと、死体が長期的にみつからなかったことはなかった。
「セシャトさん、こうなったらキーテジ号を地球へ帰還させるのが先だよ。もうぼくたちの手に負えない事件になってる。この場で解決はムリだよ。ちがう?」
セシャトは、くやしそうにくちびるをむすんだ。
それは、エリート検史官のプライドのあらわれにみえた。
「セシャトさん、お願いだから……」
「ほんとうに不審な人物は、みかけていないのね?」
「全然」
「誓って?」
霧矢は、セシャトの瞳をみつめかえした。
「……そういう質問には、意味がないと思う」
セシャトは霧矢をみて、すこし口調をやわらげた。
「ごめんなさい、検史官がアドバイザーにプレッシャーをかけちゃダメね。アカデミーで習ったのに……やっぱり感情のコントロールってうまくいかない……」
「ぼくのほうこそ、断言できなくて、ごめん……なにか方法を考えよう」
霧矢は、記憶をすみずみまで思い出そうとした。
ささいな物陰、ささいな物音。
ドアが開く瞬間の、シリンダーから空気が抜ける音。
だが、不審な物陰は、どこにも見当たらなかった。
少年が口を閉じていると、セシャトが状況をまとめ始めた。
「初心にかえりましょう。今回の事件、あたしが研究したことのあるケースでも、かなり特異だわ。そのうえ、なんの手掛かりもつかめていない。そうよね?」
霧矢は、首を縦にふった。
犯人を示す証拠はなにもない──霧矢には、そう思われた。
「あたしの経験から言って、手掛かりがないときは、物語の根本的な点について見落としがあるの。つまり、小手先のできごとにとらわれちゃダメ」
セシャトの口調には、確信的な意味合いが込められていた。
しかし、解決の糸口はみえない。
霧矢は不安になった。
「根本的な見落としなんて言っても……どこに見落としがあるのか……」
「あわてないで……考えの筋道を立てるために、分かり切ったところから始めましょう。このゲームのタイトルは?」
「恋愛黙示録ラブマゲドン」
「ジャンルは?」
「インディーズ系の恋愛シミュレーションゲーム」
霧矢はまるで被疑者のように、質問に答えていく。
「物語に特徴はある?」
「特徴?」
「売り文句とか、そういうのは? キリヤくんは、SNSでこのゲームのうわさを聞いてたんでしょ? どういううわさか、おぼえてない?」
霧矢は記憶をたどって、ネットで見かけた情報を思い出す。
「……全ヒロインの充実した個人データ」
「個人データ?」
なにか引っかかるものがあったのか、セシャトの声がうわずった。
「氏名、年齢、身長、体重、血液型……それに誕生日と家族構成……他にも色々……スリーサイズとか……そうだ、視力も記録されてるんだ」
ヒロインの視力がデータ化されているゲームを、霧矢はあまり知らなかった。
「視力……ほかにはなにかない?」
霧矢は懸命に記憶をさぐる。
一時期、SNSでネタにされていたゲームだ。
コラ画像も大量につくられていた。
ひとつひとつ書き込みを追っていく──そして、ある単語が浮かび上がった。
「スター・システム」
「スター・システム? ……おなじキャラが複数の異なる作品に登場すること?」
「そうだよ。そのスター・システム。このレーベルの作品には、同じキャラクターが頻繁に登場するんだ。制作会社のこだわりというか……とにかく、そのおかげでコラや二次画像をつくりやすいって、だれかが言ってた気がする。ほら、べつべつの作品を切り貼りできると、二次創作の幅がひろがるだろう」
セシャトは、ぴくりと眉を動かした。
「……今回のメンバーに、再登場キャラはいる?」
その問いに、霧矢は唖然とした。
「……そうだ。茜さんとサクラさんは、皆勤賞なんだ」
「皆勤賞?」
「茜さんとサクラさんは、たしか過去作にぜんぶ出てる」
「ぜんぶの作品に? ふたりは毎回コンビなの?」
「いや、ジャンルとかが違うから……クラスメイトだったり、先輩後輩関係だったり、同じクラブだったり……サクラさんのイラストは、作者が自画像代わりに使ってるんだ。だから、分身のつもりなのかも。違和感があるのは、やっぱり茜さんなんだよ」
霧矢が説明を終えると、セシャトは、うつむき加減に視線を落とした。
「境界知能の女性をくりかえし登場させてる……? 製作者の趣味……?」
セシャトの自問自答に、霧矢も不穏なものを感じた。
「いずれにせよ、このゲームの作者は、教養があると思う」
「どのあたりに?」
「この船の名前だよ。キーテジっていうのは、ロシアの民間伝承なんだ」
霧矢は、じぶんの知識の範囲で、見えざる町の説明をした。
迫害された信徒たちの町。
作者はその信徒たちを、境界知能の少女に率いられた、環境活動家に置き換えた。
セシャトは首をふった。
「作者は神を気取ってるのかしら」
「うーん、どうだろう……むしろ、ラブクラフトからの影響とか?」
「ラブクラフト? クトゥルフ神話が関係するってこと?」
霧矢は、さすがだな、と思った。アメリカのプロヴィデンスをこよなく愛し、コズミックホラーを執筆し続けた巨匠ラブクラフトのことを、セシャトは知っていたからだ。
霧矢は、
「クトゥルフ神話でも、スター・システムは採用されてる。同じ邪神の名前がくりかえしあらわれたりするんだ。でも、その邪神の役割は、作品ごとにけっこうちがう。ラブマゲドンの作者の作品が、そうであるようにね。しかも、一番の邪神であるアザトースは、白痴の神なんだよ」
「それがアカネさんの設定に活かされてる、ってこと?」
霧矢がうなずきかけたところで、ふいに船が揺れた。
ズズンと大きな音がし、霧矢たちは家具につかまる。
セシャトは舌打ちをした。
「やっぱりなにかが始まってるわ。キリヤくん、タイムアップよ。メインエンジンの破壊を優先しましょう」
「わ、わかった」
セシャトとちはるは、コックピットを出て行った。
振動がやみ、あたりに静寂がおとずれる。
トトはおずおずと、霧矢にたずねた。
「アカネさんが犯人ってことは、ないですよね?」
「……わからない」
「動機がないと思います」
霧矢は、トトの疑問を尤もだと思った。
茜は世界を救いたいと思っている。
その茜が、乗組員を殺害して回るだろうか。霧矢には疑問だった。
「キリヤさん、セシャトさんの推理をもうちょっと考えてみませんか?」
「だいぶ彼女の肩を持つんだね」
「セシャトさんは、アカデミーの捜査実習の推理で、まちがったことがないんです」
それは実習だからだろう、と霧矢は思った。
実習には出題者がいる。出題者には意図がある。意図は答えにつながる。
テストというものに対する霧矢の感覚は、そういうふうにできていた。
「……そもそもさ、アドバイザーが犯人ってケースはあるの?」
トトは、じっと考えに耽った。
「アドバイザーによる殺人ですか……計画的なものは、聞いたことないですね」
「じゃあ、計画的じゃない殺人は?」
トトは、慎重にうなずき返した。
「あります」
「え、あるの?」
「はい。正確に言うと、アドバイザーが異世界で犯罪を犯すのは、だいたい捜査中の精神的プレッシャーに起因するんです。つまり、異世界に飛ばされて危険な目にあったり、頭がおかしくなっちゃうんですね」
こんな理不尽な目に遭えば頭もおかしくなるだろうと、霧矢は妙に納得してしまった。
「すると、今回のケースも、アドバイザーの錯乱って可能性があるわけ?」
霧矢の確認に、トトはうーんとうなった。なにか引っかかるところがあるようだ。
しかし、単純に混乱しているようにもみえた。
霧矢は返答を待たずに、じぶんの推理を披露した。
「今回のケースは、最初から計画的なものだったように見えるんだよね。仮に犯人が真の船長だとすると、茜さんたちがマザーに登録する前に、手を打ったってことだろ? 彼女たちが船内をどれくらい歩き回ったのかは知らないけど……長くて半日、短ければ二、三時間ってとこだと思う。その間に先回りして情報をロックするなんて、最初から狙ってなきゃできない芸当なんじゃないかな」
霧矢は、トトの反応を待つ。彼女は、ますます混乱してしまったらしい。
腕組みをして体を左右に揺さぶりながら、曖昧に口を開く。
「つまり、犯人は、最初からこの船に乗るつもりだったと?」
「ぼくはそう思うよ」
霧矢は、比較的自信を持ってそう答えた。
一方のトトは、あいかわらずよく分からないような顔をしている。
「だとすると、どういうことになります?」
トトの質問に、霧矢は道中で考えておいた結論を提示する。
「だとすると、精神に異常をきたしたアドバイザーの犯行じゃないってことさ」
トトはしばらくの間、少年の推理に感心していた。
ところが、突然何か思いついたように背筋を伸ばし、ポンと手を叩く。
「あ、いいこと思いつきました! アドバイザーは、登場人物のふりをしてるんです!」
霧矢は、トトの顔を穴が空くほど見つめ返す。
恥ずかしくなったのか、トトは頬を軽く染めた。
「えっと……なにか変なこと言いましたか?」
「い、いや、変じゃないよ。考えても見なかったから、ちょっと驚いただけ。でも、アドバイザーが登場人物のだれかに成り済ますなんて……そんなの不可能じゃない?」
「どうしてですか?」
「だって茜さんたちは、ぼくやトトさんを知らなかっただろう? ぼくたちは外の世界から来たんだ。アドバイザーが登場人物のふりをするなんて、最初からできないんだよ」
「えー、たまたま顔が似てるんじゃないですか?」
トトはそう言って食い下がった。
「偶然容姿が似ている可能性なんて、ほぼゼロだよね?」
霧矢の疑問は単純だった。この世界のキャラクターは、それぞれ固有の容姿と人間関係を持っている。つまり、なりすましはほとんど不可能なのだ。たまたまだれかのキャラクターに似ていた、という確率は天文学的に低く思われたし、さらに人間関係まで完璧にトレースできる可能性は、ゼロに近いと感じられた。
その説明をうけたトトは、さすがに引き下がった。霧矢は会話をもどす。
「ねぇ、トトさん、ひとつ約束してもらいたいことがある」
「なんですか?」
「もし茜さんに再会して……彼女が不審な動きをしたら、ためらわず撃って欲しい。お願いだよ」




