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第11話 散歩する殺人者

 ラボにもどった霧矢は、これからの方針を相談した。

 霧矢の意見は単純で、

「ぼくたちも、身の安全を図るほうがいいと思う」

 というものだった。

 セシャトはこの提案をいったんしりぞけた。

「そのまえに、状況確認からよ」

 そう言い終えてから、セシャトはトトのほうへふりむいた。

「あなたはケガはなかったの?」

「は、はい、おかげさまで」

「事件の状況をくわしく教えてもらえない?」

「ドクターが、『毒物を特定したい』と言って、薬品棚を調べることになったんです。それで、紛失したビンがないかどうか、ひとつずつ調べていたら、ドカンと……」

 セシャトは軽く舌打ちをした。

 霧矢も事態を察して、

「あの遺書は、薬品棚を調べさせるのが目的だったんだね」

 と推理した。

「おそらく、そうね。となると、自殺の線はやっぱり考えなくていいわ」

 篤穂は殺された、という点で、四人の推理は一致した。

 ちはるは入り口のところで、銃を手に左右の廊下を警戒しながら、

「犯人は、ボクたちを全員殺すつもりなのかな?」

 と、不安そうにつぶやいた。

 そうかもしれないと、霧矢は思った。もしこの爆殺が、医務室にいるメンバーを無差別に狙ったものであるならば──犯人は、特定の人物を殺そうとしているのではなく、ただひとを殺そうとしているのだ。それは、霧矢であってもおかしくなかったし、ちはるやトト、あるいはセシャトであってもおかしくはなかった。

 霧矢は、そっと首を縦にふった。

「この方舟から脱出する方法を考えないといけないかな……真剣に」

 重苦しい空気が流れる。

 それをふりはらうように、セシャトは右手をあげて注目を集めた。

「ひとまず、これからの方針を決めましょう。キリヤくん、状況を整理して」

 霧矢は地下であったできごとを説明した。

 そのなかに、これまでセシャトに報告した以外の目新しい点はなかった。

 霧矢は、セシャトに地上での状況をたずねた。

「地上はニホンの田舎、って印象」

「住民はほんとうにだれもいなかった?」

「いなかったわ。ちはるちゃんと念入りに確認したから」

「でも、ぜんぶは回れなかったんじゃない?」

 セシャトはそのことを認めた。

 認めはしたが、ちはるのほうにふりむいて、

「生活をしているような形跡は、なにもなかったわよね?」

 と確認した。

 ちはるもうなずき返した。

「そもそも民家がほとんどないんだよね。町っていうより村って感じ」

「つまり、過疎ってるわけか……食料はあった?」

 ちはるは首を横にふった。

 霧矢は嘆息する。

「箕倉の話だと、食料はこの地下の倉庫にある備蓄分しかないらしいんだ」

 それを耳にしたセシャトは、鋭い目つきをした。

「備蓄? ……そういえば、霧矢くんたちはなにを食べてるの?」

 霧矢は、コックピットと名付けられた船倉について説明した。

 すると、セシャトは、

「それは変よ」

 と口走った。

「変? ……なにが?」

「さっきのアンドロイドの話だと、この船は1万年前に地球へ到着したのよ」

 霧矢も事情を察した。

「そっか……じゃあ、あれは宇宙人が用意したものじゃなくて、だれか地球人が……」

「そういうことなるわ……ヒロインのだれかじゃないの?」

 霧矢は「ちがうと思う」と答えた。

「箕倉は、『倉庫はすぐに見つかった』って言ってたんだ。そこにあった食料も、彼らが運び込んだものじゃなくて、ここで見つけたんじゃないかな……あ、そうだ、それでまちがいないよ。だって箕倉は、ほかの備蓄が見当たらなかったって言ってたからね。じぶんたちで持ち込んだなら、そんな言い方はしないはずだ」

 セシャトは、そのエルフ耳をピクリと動かした。

「なるほどね……ってことは、だれかが食料について嘘をついてるってことか」

 霧矢はうなずいた。

「たぶん……そのひとが、あの食料を持ち込んだんだと思う……ってことは……」

「その人物はこの箱舟の存在をあらかじめ知っていて、食料を運び込む時間があった、ってことになるわね。つまり、あとからみんなで見つけたんじゃなくて、フライングでこの船を見つけた人物がいるんだわ」

 四人は顔を見合わせた。

 四人とも、心当たりがある人物にひとり目星をつけているようだった。

 セシャトが口をひらく。

「アカネさんはどこにいるの?」

 霧矢はハッとなった。

「そういえば……まさか、死んで……」

 霧矢はろうかにいるちはるに話しかけた。

「ぼくとトトさんでようすを見に行くから、ちはるたちはここにいて」

「ダメだよ。ボクも行く」

「茜さんは、ちはるたちの存在を知らないんだ。いきなり発砲してくるかもしれない」

 霧矢の言葉に、セシャトも同意した。

「ちはるちゃん、あたしたちはここで待ちましょう……キリヤくん、気をつけて」

 霧矢は猟銃を肩にかかえ、船倉にもどった。

 船倉はもぬけの殻だった。食べ終えたタッパーが床にころがっている。

 霧矢はトトに、「どこにいると思う?」とたずねた。

「わ、わかんないです……」

「勘でいいよ」

「だ、だったら……マザーのいるコンピュータルームだと思います」

 いい勘だ、と霧矢は思った。彼の意見と一致していた。

 霧矢はろうかをさらに進み、例の赤いドアのまえに立った。

 霧矢はドアの左サイドに、トトは右サイドに待機する。

「茜さん、いますか?」

 返事はない。

「茜さん、入りますよ?」

 霧矢はドアのセンサーにむけて手を伸ばした。

 シュンととびらがひらく──唐突な発砲はなかった。

 霧矢はのぞきこもうとしたが、すぐに思いなおした。

 先に猟銃をドアからのぞかせた──撃たれない。

 霧矢はおそるおそるのぞきこむ。

 茜はドアに背をむけて、パソコンと格闘していた。

「ねえ、カメラをみせてくれない? ちょっとでいいから」

 茜はふらふらと立ち上がると、椅子の背後にまわった。

 そして、唐突に土下座をした。

「お願いします」

 静寂。マザーはなにも答えない。

 霧矢は声をかけるかどうか迷った。

 しばらくようすをみていると、茜はようやく立ち上がった。

 そして、霧矢たちの存在に気づいた。

「……どうしたの?」

「あ、茜さんこそ、どうしたの?」

 茜は霧矢たちにむきなおった。

「カメラをお願いしていた」

 これは、さきほどから傍観していた霧矢にはわかりきっていた。

 霧矢が質問をしたのは、時間稼ぎのためだった。

 箕倉たちの死を伝えるほうがいいだろうか──霧矢はNoだと思った。

「茜さん、ちょっとコックピットへもどって休憩しない?」

「だけど、マザーが……」

「マザーにはマザーの考えがあるんだよ。気が向いたら教えてくれるさ」

 本心から言った言葉ではなかった。

 が、これは茜には効果覿面だった。

 茜は画面をふりかえり、

「しつこく言ってごめん……またあとで」

 と言い、退室に同意してくれた。

 霧矢はコックピットにもどり、茜を個室に入れた。

 ひと息つく。

「……さて、サクラさんはいるかな」

 そとから金属製のドアをノックする。

 なかからすぐに返事があった。

「だれですか?」

「サクラさん、だいじょうぶ?」

「だいじょうぶです……その声はキリヤさんですね。どうかしましたか?」

「お腹が空いていないかな、と思って」

「いえ、とくには……」

 困ったな、と霧矢は思った。

 これではドアを開ける口実がない。

 霧矢は今の事態にかんがみて、やや強硬策に出た。

「サクラさん、ちょっと外に出たくない?」

 これは二重の釣り針だった。

 霧矢は、サクラを容疑者からはずしているわけではない。

 サクラの返答が不穏なら、むしろここに閉じ込めたいと考えていた。

「外にですか? もしかして茜さんの指示ですか?」

 この返答は、あまりにも自然な反応だったので、霧矢は拍子抜けしてしまった。

 それとも、質問の意味がわからなかったのだろうか。

 霧矢はその可能性もふくめて、もうすこし丁寧に説明した。

「今後のことについて、ちょっと話し合いたいんだ」

「今後のこと、とは?」

「まあ、地球に帰る方法をさがすとか……」

「茜さんがそう言ったんですか? それともドクターですか?」

 霧矢は判断に窮した。

 サクラの返答からは、霧矢を出し抜いてやろうとか、そういう気配が感じられなかった。さすがに演技ではないだろう、と霧矢は考えた。というのも、これが演技なら、よほど入念にリハーサルしてきたとしか、思えなかったからだ。後発でこの船に迷い込んできた自分を相手に、そのようなリハーサルをする余裕はなかっただろうと、霧矢はそう考えた。

「とりあえず茜さんに、もういちど確認してみるよ。地球に戻る気なのか、って」

「ええ、そうしてください。マザーコンピュータを操作できるのは、茜さんしかいません。わたしのほうは食事さえ忘れないでいただければ、だいじょうぶです。トイレもシャワーも部屋のなかにあるので」

 霧矢はすこしドアをはなれて、トトに確認する。

「今のサクラさんの態度、どう思う?」

 トトは腕組みをして考え込む。

 こういうときのトトは、わりと公務員をしている雰囲気があった。

「……めちゃくちゃ冷静なひとだな、と思いました」

 霧矢も、そこは気にかかっていた。

 ただ、サクラが冷静なのには、理由があるのではないかとも思った。

 彼女は、ほかのメンバーが殺されていることを、伝えられていないのである。

「……ねぇ、あの冷静さって、演技だと思う?」

 トトは、うーんとうなった。首をかしげる。

「すみません、わたし、ひとの感情を読むのが苦手で……」

 だろうな、と霧矢は思った。

 前回の捜査でも、こちらを出し抜こうとしているセシャトを、お友だちだと思っていた。ひとを信頼しすぎるトトの性格を、霧矢は先の事件で熟知していた。ただ、霧矢はこの場で、トトの愚直な見方にすがりたい気持ちもあった。彼は彼で、やや凝ったものの見方をしてしまうじぶんの性格に、自覚があったからだ。

「トトさん、ちょっと状況を整理するね。このキーテジ号のなかに残っている船員は、捜査関係者のぼくたちをのぞけば、茜さんとサクラさんしかいないんだ。つまり、犯人は二択なんだよ。茜さんか、サクラさんか。トトさんはどっちだと思ってる?」

「……わかりません」

「直感でいいんだ」

「あの……直感でいいなら、どちらでもないと思います」

 霧矢は眉をひそめた。そして、こうたずねた。

「つまり、エイリアンが犯人だってこと?」

「いえ、エイリアンが犯人だという可能性は、みなさんの推理で却下していますし、わたしもエイリアンじゃない気がしてきました。だって、殺し方が人間っぽすぎます。SFとかに出てくるエイリアンって、もっとぐちゃっと殺すと思うんです」

 そうだ。殺し方がいかにも人間っぽい。

 そういうすなおな見方を、霧矢は待っていたのだった。

「うん、そうだね。そのほうがしっくりくる。犯人はエイリアンに見せかけて、登場人物を殺している……でもさ、茜さんとサクラさんのどちらでもなくて、さらにエイリアンでもないとなると、いったいだれが犯人なの?」

 トトは、すこしばかりうつむき加減になった。

「これはセシャトさんに絶対言わないで欲しいです」

 やや不穏な空気が流れた。

 霧矢は即答できなかった。

「……それはどういう意味?」

「セシャトさんが聞いたら怒ると思うんです。でも、わたし……検史官を疑ってます」

 トトはセシャトを疑っている? 霧矢の思考は混乱した。

 そのせいで、トトの言っている【検史官】がだれなのか、理解に時間を要した。

 そして理解した途端──霧矢はその推理に驚嘆した。

「もしかして……最初に派遣された検史官を疑ってるの?」

「はい……ほんとうは同僚なので、疑いたくないんですが……」

「でも……いや、すごいひらめきだよ。ぼくは一秒もそんなこと考えなかったから……だけど、動機は? 検史官が物語の登場人物を殺したっていう、前科はあるの?」

 トトはごにょごにょと言葉をにごした。

 よく聞き取れない。霧矢は、すこし生真面目な顔になって、

「アドバイザーを信頼して……教えてくれないかな?」

 と告げた。トトはそれでもしばらくは答えなかった。

 霧矢が諦めかけたとき、トトはようやくその緋色のくちびるを動かした。

「ごく稀になんですが……理由不明で消える検史官がいるんです」

 トトは語った。エルフの世界にある警史庁は、女王の直轄組織であり、そこで働けることは栄誉であるとともに危険がともなった。だから、殉職者も日常茶飯事だった。だが、どのような殉職者であれ、それは庁内に公示される。また、退官時にも、それまでの貢献を称えて庁内に名前が掲示されるのが常だった。ところが、その公示のなかに名前が現れず、いつの間にか消えているエルフがいるらしい。

 いるらしい、というのは、トトはそういうことにうとかったので、名前とじっさいにいなくなった検史官とを照合することなどしなかったし、そもそも新米の検史官にはそんな時間も人脈もなかったからである。しかし、それは都市伝説のように庁内に存在していた。トトはそれを初めて聞いたとき、怪談のたぐいだと思っていた。

「でも、ある日、夜遅くまで残業してて思ったんです。もしかして……仕事をこっそり抜け出して、そのまま帰ってこなかったひとがいるんじゃないか、って……」

 霧矢は、トトの推理の全貌を察した。

「つまり……今回の事件は、前任の検史官が組織を脱出するため、わざとゆくえをくらませたんじゃないか、ってこと? しかも、その偽装工作のためにアドバイザーを殺し、ほかの登場人物や、あとからきたぼくたちも殺そうとしてる?」

 トトなうなずいた。どこかためらいのあるうなずき方だった。

「セシャトさんはこの仕事をとても誇りにしています。だからセシャトさんには言わないでください」

 それは違うと、霧矢は思った。もし庁内にそういう噂があるのなら、セシャトの耳にこそ最も早く入っているはずだからだ。トトはセシャトを誤解している。セシャトはトトが考えているような、完全無欠のエリートではない。もしかすると、セシャトはすでにこの可能性に思い当たっているのではないかと、霧矢は疑っていた。

「……わかった。セシャトさんには言わないよ」

「ありがとうございます」

「もしトトさんの推理が正しいなら、行方不明の検史官はこの箱舟に?」

「……かもしれません」

「かもしれない? ほかになにか目星がついてるの?」

「わたし、この船に乗って逃げたいな、とは思わないんですよね……」

 霧矢はハッとなった。

「……だね。生きていけるのかどうかもわからないし……」

 もしやじぶんたちの生存確率は、はてしなく低くなっているのではないだろうか。

 ドクターは言っていた。生存可能な惑星を発見できる可能性はゼロに近い、と。

 警史庁とも連絡がとれず、地球に帰還もできないとなれば、もはや絶望的だ。

 この場には、秘策を用意してくれたエンジニアも、天才的な参謀もいない。

 あせればあせるほど、思考は空回りした。

 霧矢はしばらく思案し、それからゆっくりとサクラの部屋にもどった。

 もういちどドアをノックする。

「……はい、どなたでしょうか?」

「ごめん、ぼくだよ」

「もう茜さんと相談したんですか?」

「サクラさん、ちょっと質問があるんだ。この船を見つけたとき……」

 その瞬間、船体が大きくゆれた。

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