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第10話 アンドロイド零指令

 霧矢が医務室へ駆け込んだとき、あたりは血の惨状と化していた。機材とガラスが飛び散り、血溜まりができている。中央の手術台が、木の葉のように吹き飛ばされていた。

 あたりに金属片が散っている。かすかに薬品の匂いがした。

 トトはその入り口のそばで、腰をぬかしていた。

 霧矢はかがみこみ、事情を聞き出す。

「いったいなにがあったの?」

「わ、わかんないです……ろうかに出ようとしたら、いきなり爆発して……」

 霧矢はトトをおちつかせようとした。

 ところが、トトは急に目をみひらくと、うしろをゆびさした。

「どどど……」

「?」

 霧矢がふりむこうとした瞬間、彼の顔面をなにか棒状のものがよこぎった。

 反射神経でよける。霧矢はうしろにふらつきながら、バランスをたもった。

 すると、目のまえにドクターが立っていた。

 ドクターは、吹き飛んだ寝台のパイプを手にしていた。

「ドク……ター……?」

 ドクターは生気のないうつろな目で、霧矢を見下ろしていた。

 そして、ゆっくりとパイプをふりあげる。

 霧矢はトトを突き飛ばし、じぶんもあらんかぎりの力で床を蹴った。

 ガンという金属音が聞こえる。霧矢は立ち上がった。

「ドクター! なにするんですかッ! ……!?」

 霧矢はそのとき気づいた――ドクターの首は、半分ちぎれかけている。

 そしてそのちぎれかけた隙間から、妙な管が何本も伸びていた。

 そこから吹き出す液体は、赤ではなく水銀の色をしていた。

「ロ……ボット……?」

 ドクターのセンサーは、霧矢の音声をキャッチした。

 両腕をぶらつかせながら、こちらへむかってくる。

 あまりにも不気味な光景に、霧矢は逃げるのが遅れた。

 腕をつかまれ、猛烈な握力で締め上げられた。

 悲鳴をあげる霧矢。トトはHISTORICAの催眠弾を撃ったが、効かなかった。

 トトはドクターにうしろからしがみつく。

 だが、ひじうち一発で転倒してしまった。

 人外の力に、なすすべのないふたり。

 霧矢が痛みに意識を失いかけた瞬間、ラボに人影がとびこんだ。

 その人影は一瞬で事態を把握すると、ドクターの頭部に回転蹴りをお見舞いする。

 かろうじてつながっていた箇所が千切れ、頭部は床にころがった。

 それでもドクターの腕は霧矢をはなさない。

 ちはるが駆け寄り、むりやり指をこじあけた。

「霧矢、だいじょうぶ?」

 霧矢は腕をおさえながら、

「な、なんとか……ありがとう」

 と言い、それから床に腰をぬかした。

 セシャトは室内をみまわし、用心しながらドクターの頭部に接近した。

 頭部からは謎の液体がながれ、床に銀色のシミをつくっている。

「……あなた、まだ動いてるでしょ?」

 セシャトの問いかけに、ドクターの頭部はゆっくりと目をひらいた。

 ドクターは眼球を動かし、見知らぬふたり──セシャトとちはるに反応した。

「また新入りか……ようこそ、キーテジ号へ……」

「通りすがりの遭難者ってとこかしら」

「遭難とは人聞きが悪いな……この船は楽園へむかっている……」

 芝居がかったやりとりに、セシャトは不快感をしめした。

「あたしの質問に答えてちょうだい。率直に、ね。まず、あなたは何者?」

 ドクターは口を動かす。そのたびに、コードが軽くショートした。

「わたしは……このキーテジ号の作業用アンドロイド、管理番号(コード)(ゼロ)だ……」

「作業用ってことは、ほかにもいるんでしょ? どこにいるの?」

「かつてはいた……今はもういない……」

「なぜ?」

「この船は今から一万年まえ、地球に到達した偵察艇だ……後続の母船を待つため、管理番号の最も小さいわたし以外はコールドスリープに入り……そして、蘇生可能な期間は、とうに過ぎた……」

「賞味期限切れってわけか……人間は乗ってなかったの?」

「きみは、ラボの標本をみたかね……?」

 セシャトは臨戦態勢を維持しながら、ドクターの質問に答える。

「見てないけど、おおよその話は聞いてるわ。エイリアンの死体があるらしいわね」

「あれは……生物兵器だ……」

 セシャトは霧矢に目配せした。

 これは予想外のことではない。そもそもそういう形態をした生き物だった。

 だが、霧矢にはわからないことがあった。セシャトはそれを代弁してくれた。

「なぜ生物兵器を乗せてるの? 移民船なんでしょ?」

「……」

「答えなさい」

「……移住先の惑星の生物が好戦的である場合、それを排除することも我々の任務だ」

「で、この星に対してその【排除】の必要性はあった?」

「……なかった」

 ドクターは語った。彼を製造した知的生命体は、惑星の環境破壊で居住不能になり、外部に入植可能な場所をさがす旅に出た。ほとんどの探査艇とは連絡がとれなくなった。だが、一隻の探査艇、このキーテジ号が、ついにこの第三惑星をみつけた。ドクターは母船にそのことを連絡し、1万年のあいだ合流を待ち続けた。そして、彼らは来なかった。

 霧矢はたずねる。

「母船はいったいどうしちゃったんですか?」

「わからない……いずれにせよ、この箱舟は見捨てられた……」

「ドクターは一万年のあいだ、なにを?」

「……待っていた」

「それはさっき聞きました。母船を待っていたんですよね。そのあいだになにを?」

「ただ待っていた……この船を必要としてくれる存在者を……」

 霧矢は顔をあげ、セシャトと目配せをした。

 セシャトはこの問答を不要とみていたが、霧矢の話すがままに任せた。

 霧矢はドクターに向きなおる。

「もしかして、その存在者が未羽みわあかねさんだったんですか?」

「そうだ……」

「でも……彼女には人類を救えっこないです。それはわかっていたでしょう?」

「必要とされた翼は、羽ばたかねばならない……わたしは、他の惑星を探査するためだけに作られたアンドロイドだ……それ以外にわたしの存在理由はない……彼女もまた人類に見捨てられている……ならばおなじことだろう……」

「あなた……茜さんに同情したんですか?」

「わたしに『同情』という概念はない……あるのは『分析』だけだ……」

「じゃあ、さっきぼくを襲ったのは? それも『分析』の結果ですか?」

「すまない……爆発のショックで緊急自衛システムが作動してしまった……」

 その話を信じたものかどうか、霧矢には判断がつきかねた。

 ドクターが連続殺人事件の犯人である可能性を、彼は捨てきれなかった。

「……ドクター、教えてください。今回の殺人事件は、あなたのしわざなんですか?」

「ちがう……」

「誓って?」

「わたしは誓う神を持たない……だが、誓えるものなら誓おう……」

「……じゃあ、だれが犯人だと思いますか?」

「わからない……ただ……それは……神のような存在者だ……」

 霧矢は、答えをはぐらかされたような気がした。

 もういちど、やや強めの語調でたずねる。

「ドクター、ぼくたちの命がかかってるんです。教えてください」

「きみをたぶらかすつもりはない……今回の事件の犯人は、まるで神の……ような……この船のコントロールは……完全に乗っ取られ……ている……犯人は、キーテジ号……を掌握し……た……方法は……わからない……」

 ドクターの目から、だんだんと光が失われていく。

 銀色の液体が、床にひろがっていく。

「この船はどこにむかっているんですか?」

「楽……園……」

「楽園? 楽園ってなんなんです?」

「楽園……とは……移住可能……な……惑星の総称……だ……この船は……次の……惑星を探査し……ている……発見可能性は……かぎりなく……ゼ……ロ……」

 ドクターの瞳は、にごった灰色になった。

 セシャトはコードを調整したが、もはやショートすらしなかった。

 アンドロイドはその寿命を終え、一万年ぶりの眠りについた。

 医務室に静寂がおとずれる。

 霧矢はもういちどだけ、ドクターに話しかけようとした。

 ところがその瞬間、うしろでドアがひらいた。

 ふりむくと、箕倉が立っていた。箕倉はドクターの頭部をみて青くなった。

 霧矢はあわてて事情を説明した。箕倉は最初困惑していた。

「ど、ドクターがアインドロイドだったんですか?」

「う、うん……」

「そっちの女性ふたりはだれですか?」

 箕倉は、ちはるとセシャトをゆびさした。

 霧矢が答えるまえに、セシャトがまえに出た。

「あたしたちは、キリヤくんたちとおなじように森で迷子になってたの。たまたまここへ降りる入り口を見つけて、さっき降りてきたの」

 箕倉は目を見開いて、

「地上に出る方法があるんですかッ!」

 と、彼らしくない大声を出した。

 霧矢はおどろいて、

「そうだけど……どうかしたの?」

 とたずねた。

 箕倉は急にそわそわし始めた。

「どうかしたの、じゃないですよ。べつのエリアへ移れるじゃないですか」

「べつのエリア……?」

「キリヤくん、気づいてなかったんですか? このエリアは狭すぎます。いくらなんでも乗員が九名ってことはないでしょう。ここは船の一部です。僕はそう確信してます」

 霧矢はあぜんとした。

 それは、じぶんの洞察力のなさに対してであった。

「そ、そうか……ここはメインのエリアじゃないんだ……」

「そう考えて、まちがいありません。さあ、外に出ましょう」

 箕倉は、どこに出入り口があるのかを、セシャトに確認した。

 セシャトは箕倉をおちつかせる。

「待って、あたしたちは上にいたけど、大した施設はなかったのよ?」

「それはあなたたちのさがし方が悪いんです」

 セシャトはムッとした表情で、

「そりゃそうかもしれないけど、あなたのほうがうまく探せる保証は?」

 とやりかえした。

「僕は電園町生まれです。おかしな洞窟の話を聞いたことがあるんですよ」

 セシャトと霧矢はおたがいに目配せしあった。

 セシャトの視線は、安易に信用しないように、と命じていた。

 霧矢は慎重にたずねる。

「たとえば?」

「一番有力なのは、小学校の裏山です。あそこはむかしから変なうわさが立つことが多かったんです。変な臭気がするとか、夜中にボーッと明るくなったりするとか」

 霧矢は、セシャトたちと相談したかった。

 だが、箕倉はセシャトをせっついて、

「そこのロックされているとびらでしょう? 開けられたんですか?」

 と、ルートについてもすでに推測がついているようだった。

 霧矢は、

「これは全体で話し合う必要があるよ」

 と言ったが、箕倉は受け付けなかった。

「ダメですよ。殺人犯がいるかもしれないのに。キリヤくん、僕はきみたちが犯人ではないと思ってます。だからこのメンバーで地上に出ましょう」

 マズいな、と霧矢は思った。

 箕倉が信頼してくれている。だが、霧矢たちは箕倉を信頼できない。

 箕倉が犯人ではない、という証拠もなかった。

 霧矢は逡巡した。そして、こう結論づけた。箕倉は地上に出たがっている。もしするとそれは、犯人として身をくらませたいからではないだろうか。だとすれば、ボロが出るように地上へ誘導したほうが、いいのかもしれない。これだけ味方がいればだいじょうぶだろうと、霧矢は考えた。

「……わかった、じゃあ、ちょっとようすを見にいこうか」

 霧矢たちは医務室を出た。右手にあるドアのまえに立つ。

 シュンという軽快な音とともに、とびらが跳ね上がった。

 目の前に階段があらわれる。

 霧矢は銃をかまえたまま、ゆっくりと最初の段に足をかけた。

 最後尾のトトがくぐると、とびらは閉まった。

 真っ暗になり、トトがヒッと悲鳴をあげたところで、天井のライトがついた。

「ここは旧式か……みんな、足元に気をつけて」

 五人はゆっくりと階段をのぼる。

 十数段ほどで次のとびらについた。

 セシャトの話では、ロックを解除済みだった。

 霧矢はバルブ式のドアノブに手をかけた。それを回すと、金属音が聞こえた。

 隙間から光が漏れる──地上がその姿をあらわした。

「……ッ!」

 まばゆい太陽。その光の柱の向こうに、青空と白い雲がみえた。

 箕倉はすぐに穴から飛び出した。

 霧矢も体をのりだす。

 五人が出たのは、河原の絶壁だった。みあげると、鬱蒼(うっそう)とした木々がみえた。

 数メートル先には、水のせせらぎ。霧矢のなかから、息苦しさが消えた。

 霧矢が深呼吸をしていると、箕倉はふりかえって、

「さあ、急ぎましょう」

 と言い、下流のほうをゆびさした。

「この先に小学校があります。川沿いに歩けば……」

 そのとき、頭上の茂みからなにかが飛び出した。

 霧矢が見上げるよりも早く、その物体は河原におりたった。

 それは犬のような形状を持つ──ロボットだった。目が赤く光っている。

 その色が、霧矢を不穏な気持ちにさせた。

 箕倉は、この警備ロボの話を聞かされていなかった。

 だから、パニックに陥った。あわてて逃げようとする。

 それに反応して、ロボットは箕倉におそいかかった。

 前脚による一撃。それだけで、箕倉の首が、あらぬ方向に曲がった。

 上半身がゆらりと揺れ、ひざから崩れ落ちる。

 石と金属がぶつかる音。ロボット犬は河原へ華麗に着地した。

 カメラアイを赤く光らせ、霧矢たちのほうへ向きなおった。

 霧矢が箕倉に駆け寄ろうとすると、猛烈な力でうしろに引っ張られた。

 セシャトの指が霧矢の襟首えりくびにかかっていた。

 霧矢は穴倉に引きずりもどされ、階段にほうりだされた。二、三段ころげおちる。

 セシャトはとびらを閉めた。ガキンという打擲音が聞こえた。ロボットが外から殴りかかっている音だと、霧矢は気づいた。

「み、箕倉くんはッ!?」

「手遅れよッ! アラームが鳴ってるでしょッ!」

 霧矢はそのときはじめて、アラームが鳴っていることに気づいた。

 箕倉は死んだ。その事実に、霧矢は憮然とした怒りを感じた。

「ロボットは襲って来ないって言ってたじゃないかッ!」

「知らないわよッ!」

 セシャトは金属製のバルブをかたく閉めた。さらに、ドアの右側についているコントロールパネルを動かした。ロックをしなおす。外側の警備ロボはあきらめが悪く、しばらくドアを殴り続けていた。どれほどの時間が過ぎただろうか。ドアの向こうに、ロボットの気配がなくなった。


 シンとした静寂──霧矢たちは、ふたたび地下に閉じ込められた。

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