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第9話 乗員暗殺計画

 霧矢は、めざまし時計にも似た激しいメロディに、ハッと目をさました。

 トトも大慌てで上半身を起こし、その拍子にベッドから転げ落ちた。

 霧矢はトトを起こしつつ、HISTORICAを確認した。

「事件だ……だれか死んだッ!」

 霧矢は個室から飛び出そうとした。

 トトが呼び止める。

「エイリアンかもしれませんよッ!」

 霧矢は、壁にたてかけてあった猟銃をかつぎ、ドアを開けた。

 サッとその影に隠れ、そとの様子をうかがう。

 すると、これまでの緊張感とはうらはらな、のんびりとした声が聞こえる。

「キリヤ、どうしたの? めざまし時計が鳴ってるよ?」

 茜の声だった。

 霧矢は、ドアから顔だけ出した。

 茜は手に朝食のトレイを持って、けげんそうに霧矢を見ていた。

 それどころか、箕倉は先にテーブルについて、食事をはじめていた。

「どうしたんですか?」

「……みんな無事?」

 箕倉はもういちど、

「どうしたんですか? キリヤさんも、ひきこもり作戦ですか?」

 とたずねた。

「いや……そういうわけじゃ……『も』ってなに?」

「篤穂さんとサクラさんは、部屋から出ないことに決めたみたいです。食事のときだけ声をかけてくれと、そう言ってました。茜さんが、いまから朝食を届けるところです」

 箕倉の話では、人数分をまとめて温めておいたらしい。

 だから、篤穂とサクラのぶんも、とっくにできあがっていた。

 茜は箕倉から、タッパーをふたつ受け取った。

 そして、篤穂の個室へと足を向けた。

 部屋の開閉スイッチを入れるまえに、軽くノックをする。

「篤穂、食事」

 返事がない。

 茜は、インターホンのスイッチを押して、通話口に語りかける。

「篤穂? 食事だよ?」

 それでも返事はなかった。通話口からは、かすかな雑音が流れてくるだけだ。

 茜は、箕倉のほうをふりむく。

「寝てるみたい」

 霧矢は茜を押しのけ、とびらの開閉スイッチに手を伸ばす。

「女の子の部屋だよ」

 茜は霧矢の腕をつかもうとした。それより先に、霧矢の指がボタンに達した。

 シュンという軽快な音とともに、とびらが開く。

 茜の悲鳴が、少年の肩越しにひびいた。

 霧矢たちのまえに現れたもの──それは、天井からぶら下がる人間のふりこだった。

 篤穂は苦悶に満ちた表情で、首の縄に体重を乗せ、四肢をだらしなく伸ばしていた。

 靴の先からしたたり落ちる汚物。

「ド、ドクターを呼んでッ!」

 霧矢の指図に、箕倉はコックピットを出て行った。

 トトは、霧矢の肩をゆさぶった。

「キ、キリヤさん、助けないとッ!」

 霧矢は室内に飛び込み、篤穂の下半身を支えた。

「まだ生きてるかもしれないッ! 茜さんも手伝ってッ!」

 霧矢の呼びかけに、茜も彼女を反対側から支えた。トトは近くにあったテーブルから、椅子を引きずり出してきた。それを篤穂の下に置くと、うまい具合に足の裏がついた。

 霧矢は、悪戦苦闘しながら、篤穂の首のロープをはずした。

「どうしたッ!? なにがあったッ!?」

 ドクターが、とびらの向こうがわに現れた。肩に銃をかついでいた。

「ドクター! 篤穂さんを診てくださいッ!」

 霧矢は、トトの手を借りて、ベッドのうえに篤穂を横たえた。

 ドクターは銃をベッドのうえに放り出し、診察を始めた。

 脈を測り、呼吸を調べているあいだ、霧矢は固唾を飲んで見守るほかなかった。

 生命の兆候がないと診たのか、ドクターは心臓マッサージに着手した。肋骨が折れるのではないかと霧矢が心配するほどの力を込め、少女の上半身がはずむ。

 どのくらい時間が経っただろうか。おそらくは、数分の出来事だったのだろう。

 ついに、ドクターが無言で立ちあがった。

 その意味するところは、この場のだれにも明らかだった。

「ダメだ……死んどる」

 それを聞いて、茜は号泣し始めた。人目もはばからずに涙する。

 霧矢は、自分がなにをすればいいのか分からなくなった。ただなんとなく、探偵らしいことをしなければならないと、そんな焦燥感が込みあげてくるだけだった。

 自殺? 霧矢には、それが最も不可解だった。

 死体を望んでいたわけではない。だが、もしだれかが死んでいるとすれば、それは他殺でなければならなかった。

「……」

 ふと霧矢は、部屋のすみにあるパソコンに目をとめた。

 こんなものはじぶんの個室にはなかったと、霧矢は気づく。

 しかし、霧矢がパソコンに興味を持った理由は、それだけではなかった。

 画面が明るいのである。

 霧矢の視線の先に、トトも興味を持った。

「キリヤさん、どうしたんです?」

 トトの問いかけには答えず、霧矢はふらふらとディスプレイに歩みよった。

 マウスを動かすと、スクリーンモードが途切れ、画面が白んだ。

 

 これは、私の遺書です。遊花さんを殺したのは、私です。私は、未羽茜に嫉妬していました。まさか、本当に方舟が存在しているなんて――楽園へはひとりで行きたかった。だから、同乗者全員を殺すつもりでした。私の計画では、遊花の死体が見つかるまえに、みんなの飲み水に毒を入れる予定でした。けれど、甘野くんの事故で、全てが狂ってしまいました。私の犯行がバレるのは、時間の問題だと思います。そうなれば、茜は私を処刑するでしょう。あの女に殺されるくらいなら、自分から死を選びます。後悔はしていません。さようなら。篤穂


 トトは霧矢のとなりから、パソコンをのぞきこんだ。

 そして「えッ?」というおどろきの声をあげた。

「こ、これ……本物ですか?」

 霧矢は、答えられなかった。本物だとすれば、あまりにもあっけない幕切れだ。

 ほかのメンバーも、霧矢たちの行動に興味をしめした。篤穂の遺書があることがわかると、茜以外、めいめいがその画面に目をとおした。

 そのあいだ霧矢は、キャラクターたちの表情の変化を、つぶさに観察した。最初にパソコンをのぞきこんだのは、箕倉だった。

「……殺人計画の自白、ですか」

 箕倉がみせた懐疑の表情は、演技にはみえなかった。

 ドクターも、画面の文章を黙読した。しかし、なにも言わなかった。

 ふたりがパソコンから離れたので、霧矢はもういちど画面をのぞこうとした。

 

 ドンドン

 

 霧矢は、とびあがるほどにおどろいた。

 箕倉は銃をかまえた。

 

 ドンドン

 

 霧矢は、それが壁をたたく音だと気づいた。

 エイリアンか、それとも――

「どうします? 壁越しに一発撃っておきますか?」

 箕倉はそう言って、銃口を壁にむけた。

 霧矢はこれを制止した。

「待って……サクラさんだ」

「……サクラさん?」

「このとなりは第四コンパートメントじゃなかった?」

 箕倉もうなずいた。だが、彼は用心して、

「サクラさんも襲われてるのかもしれませんよ」

 と口走った。にわかに緊張が走る。

 ところが、これを打ち破るかのように、間の抜けた声が聞こえた。

「すみませーん、となりがさわがしいんですが、なにかありました?」

 その声は、換気口から聞こえてきた――サクラの声だった。

「さっきからざわざわしてますが、なにかあったんですか?」

 箕倉は、なにか答えようとした。けれども、この状況をどう伝えたものか迷ったらしい。けっきょくなにも言わなかった。

 霧矢は黙考する。事件は終わったのだろうか。篤穂が犯人で自殺したのだとすれば、すべては解決した。問題は、ほんとうにそうなのか、という点だ。

 となりに立っているトトも、霧矢に耳打ちした。

「サクラさんがなにかのトリックで、アツホさんを殺した……ってありえます?」

「……ありえなくはないと思う」

 ただ、トリックについては見当がつかなかった。

 けっきょく、その場のだれもが判断を避けたので、霧矢はこう叫んだ。

「なんでもないよッ! あとで説明するッ!」

「……はい」

 霧矢はじぶんの対応が、大ハズレでないことを願った。

 そのあと、手分けして死体を医務室に運び込むことになった。茜はずっと泣いていたから、トトが付き添うことになった。男だけで死体を運ぶ。人間の死体は予想以上に重く、霧矢はへとへとになって船倉へもどった。それから、みまわりをすると称して、こっそりとラボへ移動した。箕倉には見咎められた気もした。しかし、彼ならば告げ口はしないだろうと、霧矢は期待をもった。

 ラボの奥にかがみこんで、霧矢はセシャトと連絡をとった。

《もしもし、なにかあったの?》

 霧矢はこれまでの事情を説明した。

《……納得のいかないオチね》

 霧矢もうなずいた。

「セシャトさんも、やっぱりそう思う?」

《遺書の内容が、あいまい過ぎ。ユウカの殺害方法は書いてなかったの?》

 書いていなかった、と霧矢は答えた。

「ただ、遺書にわざわざトリックを書くかな、って気が……」

《それはそうね……でも、もっと根本的におかしいところがある》

「どこ?」

《アツホは、ユウカを殺害したあと、みんなを毒殺するつもりだったのよね?》

「そう書いてあったよ……で?」

《そんなことをしたら、船内にひとりっきりにならない?》

 霧矢は一瞬、もっともらしい疑問だと感じた。

 けれども、それはセシャトが遺書を読んでいないせいだ、とも思った。

「篤穂さんは、船を独占するつもりだったんじゃないかな?」

《その場合、だれが船をコントロールするの?》

 セシャトの指摘に、霧矢はハッとなった。

《船長はアカネなんでしょ? そのことは、マザーに公式登録されてる。つまり、アカネを殺害してしまうと、この船は舵取りが効かなくなるわ。これは致命的だと思う》

 セシャトの推理に、霧矢は深く納得した。

「セシャトさんは、これを殺人事件だと考えてるんだね?」

《ええ、殺人犯がいることは、ほぼ確定かしら》

 霧矢はセシャトに、だれがあやしいと思っているかを尋ねた。

《アカネが第一候補ね》

 ふつうはそう考えるだろうな、と霧矢は思った。

 彼は、セシャトが持っていない情報を持っていた。

「じつはね……」

 霧矢は、茜が境界知能(ボーダー)であることを告げた。

《境界知能(ボーダー)……? それ、情報操作されてないでしょうね?》

「第三者からの証言はとれてるし、彼女の行動はそれっぽいんだ」

 むずかしいトリックを考えることはできないのではないかと、霧矢はそう伝えた。セシャトはしばらく黙り込んだ。

《なるほどね……狂信者っていう解釈はまちがっていて、純粋にそういう思考にたどりついちゃってるわけか……》

「そう、純粋にね……いい意味でも悪い意味でも」

 霧矢は、セシャトから教えてもらった設定を、思い出していた。人類滅亡を信じて邁進する、狂信的な思想の持ち主。それは、まちがった説明だった。茜は狂信者ではない。

 それに、地球環境が悪化しているというのも、科学的な事実でしかなかった。そこから彼女が導き出した行動が、すこしばかり飛躍していたということだけなのだ。

「ひとつ質問してもいい?」

《どうぞ》

「作者がそういうふうに設定したのかな?」

 セシャトは即答しなかった。

《……つまり、ゲーム上の設定として境界知能(ボーダー)なのか、ってこと?》

「うん……それとも、物語の暴走でそうなっちゃったのかな?」

 どちらの可能性のほうが高いのか、霧矢には判断がつかなかった。

 セシャトも明確な答えを出さず、あいまいに返答した。

《どっちもありそう……ところで、頼んでおいたものは入手できた?》

「えッ……ああ、音声は録音できたけど、パスワードはわかんない」

《盗み見ることはできないの?》

 むずかしい、と霧矢は答えた。

 茜はパスワードを打ち込むときに、ペッタリと前かがみになっている。

 おそらくは他人にみられないようにしているのだろう。

 管理権限を奪われる可能性があるのだから、当然といえば当然だった。

「ただ、一〇文字なんじゃないかな、って思う。キーの音を聞いてるかぎり」

《一〇文字? ほんと?》

 セシャトの声がうわずっていたので、霧矢は不審に思った。

「なにか心当たりがあるの?」

《ちょっと待って……さっきの情報とすりあわせてる》

 セシャトとちはるの会話が聞こえた。

 そして数秒後、

《開いたッ!》

 という歓喜の声が聞こえた。

「ほんと?」

《世紀末クラブのパソコンのパスワードとおなじだったわ。Armageddonよ》

 パスワードの使い回しに、霧矢たちは助けられたかっこうになった。

「でもよく知ってたね」

《ゲームのなかで、それがヒントになるイベントがあるの。それじゃ、今から下に降りるわ。合流するまでは、行動をひかえてちょうだい。近くに来たら、また連絡する》

「了解」

 霧矢は端末を切った。

 セシャトたちと合流できることに、霧矢は深く安堵した。

 その瞬間、奥でドンと激しい爆発音が聞こえた。

 霧矢は端末を取り出し、画面を見た。

 だが、アラームは鳴っていなかった。

 胸をなでおろした瞬間、トトからの電話がかかってきた。

 霧矢は通話ボタンを押し、端末を耳に当てる。

「もしもし?」

《た、大変ですッ! 医務室が爆発して……ッ!》

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