表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チェックメイトの一手先  作者: 八海宵一
PR
5/40

4

 国境にあるターツ駅まで列車は停車せずに、ひたすら進む。

 馬車や単線鉄道と違い、大きな()れや騒音(そうおん)もなく、滑るように走る列車の旅は、すべての乗客を満足させるくらいに快適だった。空調も整備され、外の寒さが嘘のように車内は暖かく心地よい。

 だが、心地よくない人が一人だけいた。

 ヴィスである。

「うるさいよ!」

 壁際にもたれかかり眠ろうとしていたヴィスは、トリアに抗議した。トリアは読んでいた書類から顔を上げ、首をかしげた。

「うるさいですか?」

「ああ」

 ヴィスが力強くうなずく。トリアがもう一度首をかしげ、肩をすくめる。

「では、車掌にもう少し静かにするよう、お願いしてみましょう。しかし、あなたは実に繊細(せんさい)ですね。この列車の静音設計(せいおんせっけい)は、最新の――」

「ちがうよ、うるさいのは、お前だ」

 ヴィスは、トリアの車両設計の授業をさえぎった。

「私?」

 驚いたようすでトリアが自分を指さす。黙って書類に目を通していただけなので、まさか抗議の対象になっているとは思いもしなかったようだ。話しかけるなというから、トリアはヴィスが話しかけてくるまで、一度も口を開くことがなかった。

「私は、書類を読んでいるだけですが?」

「お前の中の音だよ。ほら、耳を澄ますと歯車がカチカチいってるだろ」

 かすかな音だが、一定のリズムにしたがって、ウィーン、カチカチ、ギギギギ。列車が静かなぶん、余計に音が響いて聞こえた。さきほど、内部を見たせいもあり、気になって仕方がない。

「なるほど。ですが、これは仕様であって、仕様がない」

「どこで、そんなくだらないダジャレを覚えるんだ……」

「このダジャレは、ヒーン駅の二階にある……」

「聞いてないよ!」

「はい?」

 トリアは不思議そうに首をかしげ、聴覚センサーの自己点検プログラムを起動させると宣言した。点検は二秒で終わり、結果は問題なしだった。トリアはその結果に満足し、しばらく考えたあと、にこやかに言った。

「ああ、皮肉的なニュアンスを含んだ、ひとり言ですね」

 ヴィスは大きなため息をひとつした。

 ウサ駅の係員が笑った訳が、今はっきりわかったような気がする。

 ヴィスは立ち上がり、ドアノブに手をかけた。

「どこに行くんですか?」

「食堂だ」

 もう長い時間、なにも腹に入れていない。ヴィスは乗車口に書いてあった車輛案内を思い出しながら言った。案内板にあった「新鮮な食材に、最高のシェフが腕を振るう旅先での最高の贅沢!」をどこまで信じていいかわからなかったが、ヴィスは大いに期待していた。

 きっと今までに食べたことのないような料理が、ずらりと並ぶにちがいない。

 ヴィスは、よだれをふきながら得意げに胸を張った。

「お前のしない食事ってやつをしてくるよ、腹いっぱいになれば、音なんか気にせず、ぐっすり眠れるだろうしな」

「あの、ヴィス……」

 トリアが申し訳なさそうに、おずおずと手をあげた。反射的にヴィスの背中に緊張が走った。また、なにかとんでもないことを言い出すんじゃないだろうな。

「な、なんだ」

「見学させてもらえませんか?」

「見学?」

 突然のお願いに、ヴィスは間の抜けた声でおうむ返しに聞き返した。

「さっきも言いましたが、私は食事をとりません。ですから、あなたの言う“食事”というものを見学させてほしいのです」

 変なことをお願いされたものだ、ヴィスは思った。対処の仕方がわからない。「どうぞ、ご自由に!」というのも変だし、「ダメだ、ダメだ! お前に見せる“食事”はない!」では、なにがなんだかわからない。食べているところを見られても別に、料理が減るわけではないが、そもそも、見ることになんの意味があるのか、わからない。

 ヴィスはトリアをあらためて見た。

 黒い瞳を潤ませ、祈るような姿でトリアがこちらを見つめていた。

 ヴィスは思った。

 あの目はズルい。

「一度だけだ、それ以上は絶対にダメだ」

 もったいぶった口調でいうのが、やっとだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ