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二等客車は、先頭から三輌目の車輌だった。片側に通路があり、後は個室で仕切られていた。せまくはなさそうだが、広くもなさそうな大きさだ。ヴィスは切符に書かれた部屋番号を見つけると、もう一度番号を確認した後、ノックした。
切符売り場の係員の愛想笑いが一瞬、頭をよぎったが、考えないことにした。
「どうぞ」
予想していたよりも、ずいぶん明るく若い声が返ってきた。ヴィスが拍子抜けしながらドアを開けると、書類に目を通していた青年がゆっくりと顔を上げ、にこやかに会釈してきた。その仕草はじつに優雅で、二等客車であるにもかかわらず、ヴィスは貴族の館にでも迷いこんだような錯覚に陥った。しぐさだけではない、端正な顔立ちは絵に描いたようにきれいだし、肌の色も透き通るほどに白かった。体格がもう少し華奢だったら、ヴィスは間違いなく、勘違いして食事に誘っているところだ。
性別を超越した中性的な美しさにヴィスが見とれていると、青年は不思議そうに首をかしげた。
「お掛けにならないのですか?」
「え? ああ、まあ」
曖昧な返事をしたヴィスは、斜め向かいの席に腰掛けた。とても、真正面で見る勇気はなかった。ヴィスは顔をじろじろ見ないようにトランクから本を取り出すと、そちらに視線を集中させた。
「あの」
青年が声をかけてきたので、ヴィスは反射的に視線を青年に集中させてしまった。相手はかなり驚いたようだったが、微笑みながら手を差し出した。
「トリアといいます。トリア・ラ・ミレッド、よろしくお願いします」
「ヴィス・クロット」
ヴィスは短く答え、握手に応じた。
「どちらまで、行かれるのですか?」
「ケーナバルト」
「奇遇ですね。私もです。では、あと半日ご一緒になりますね」
「ああ」
饒舌なトリアに戸惑いながら、ヴィスはうなずいた。なんだか少し疲れそうな気はしたが、眠ってしまえば、相席の相手など関係ない。ヴィスはコートを脱ぐと、毛布のように体にかけなおし、姿勢をかえ、いつでも寝られるような体勢になった。
だが、トリアのおしゃべりは終わらなかった。
「ケーナバルトのリーデリア湖には行かれましたか? あそこの夕焼けは世界一美しいそうですよ。それとも山のほうがお好きですか? だったら、私はモント・レイメント山をお勧めしますよ。あの山は――」
「失礼、ミスター・ミレッド」
「トリアで結構ですよ」
「じゃあ、トリア。見てわからないか?」
ヴィスは憮然としたようすで、毛布代わりのコートをアピールした。誰が見たって、眠ろうとしているのは明らかだ。だが、トリアは首をかしげた。
「コートがなにか? ずいぶん年季が入っているようですが……あっ、かぎ裂きがありますね」
「コートのことなんか聞いてないよ! オレは眠りたいんだ!」
ヴィスは声を荒げて、トリアにいった。トリアは申し訳なさそうに頭を下げ、謝罪した。
「すみません。私は眠ることがないので、そういった活動については疎いのです」
「なんだって?」
ヴィスはトリアの黒真珠のような瞳を凝視した。トリアも真摯なようすで見つめ返してくる。嘘を言っているようには見えない。だが、本当のことを言っているのなら、よけいに問題だ。
「私は、エレクトオートです」
トリアは静かにそういった。言った瞬間、ヴィスの脳裡に切符売りの顔が浮かんだ。
「だから、エレクトオートって、なんだ!」
「だから? 文脈が整然としませんが……まあ、いいでしょう。お見せします」
トリアは立ち上がり、上着を脱ぎ捨てた。
「な、何してるんだ!?」
「なにを慌てているんですか? よく見てください」
トリアは上半身裸のままで、ヴィスに近づいた。
筋肉の隆起があまり見られないスラリとした体。だが肩幅は広く、胸板は極端にうすかった。
トリアはその白い腹部の中央にある窪みに、人差し指を差しこんだ。
鍵の開くような音が聞こえ、腹部が上下に開いた。
なかをのぞくと、小さなギアや、糸のように細い配線が埋めつくされていた。歯車が忙しそうに回り、細いピストンがリズミカルに動いている。そして、機械の中心に真鍮色のトリチウム電池が二本、嵌めこまれているのが見えた。
「私たちの民族は、遠い昔に古い体を捨て、新しい体を手に入れました」
「新しい体? その機械仕掛けの体のことか? 本当に? 頭からつま先まで?」
トリアはうなずいた。
ヴィスは泡をふいて倒れる一歩手前で踏みとどまりながら、もう一度トリアを見た。内部を見ない限り、どう見たって人間そのものだ。ユエラの町長が自慢していた耕運機の親戚筋にあたるとは、到底思えない。
「エレクトオート、つまり電気仕掛けの人と呼ばれる私たちは、あなた方のするような睡眠や、食事は一切とりません」
トリアはそのままの状態で自分の席にもどり、アタッシュケースから新しいトリチウム電池を取り出した。
「ですが、電池だけは取り替える必要があります」
トリアは丁寧に一つずつトリチウム電池をとりかえると、開いた腹部をゆっくりと閉じた。
「……なあ、トリア。その電池見せてもらってもいいか?」
「どうぞ」
トリアは脱ぎ捨てたシャツを拾いながら、使い終わった電池をヴィスに手渡した。先ほどまでトリアを動かしていた力の源は、まだ温かかった。いや、むしろ熱い。鉛筆ほどの細さしかない電池で、よくこれだけ動けるものだ。
「これ、もらってもいいかな?」
「はい?」
さすがのトリアも、ヴィスの突然の発言に驚いたようだった。
「使用後のトリチウム電池ですよ? なんに使うのですか?」
ヴィスは照れくさそうに、頭をかいた。
「別に使うわけじゃないんだ。その、珍しいから、話のネタにもらえればなと思って」
「別に珍しくはないと思うのですが……まあ、よければ差し上げますよ。ミスター・クロット」
「ありがとう。オレのことはヴィスでいいよ」
ヴィスは子供のようにはしゃぎながら、使用済みのトリチウム電池をコートのポケットにしまいこんだ。
ちょうど、そのとき、
「えー、切符を拝見、切符を拝見――」
車掌がノックの確認もせずにドアを開け、部屋に入ってきた。
部屋には上半身裸の青年と、なんだか異様に興奮している男がいた。
車掌は顔色一つ変えずに二人を見た。
「えー、お楽しみのところ、切符を拝見、切符を拝見」
「ちょ、ちょっと待てよ、なんだよ、お楽しみって」
ヴィスは耳の先まで真っ赤にしながら抗議をしたが、トリアのほうは、恥ずかしいという感情がないのか、そのままの格好で鞄から切符を取りだしていた。
「お前もなにか言えよ、トリア」
「なにかって、なにを言うんですか?」
「だから、なにもしてないし、なにもなかったってことをだよ! オレはお前になにもしてないだろう」
「はい、確かにじっくりと、見てもらっただけです」
一同、無言。
長い沈黙の末、車掌は何事もなかったかのように業務に戻り、切符を確認すると部屋を出て行った。
「えー、切符を拝見、切符を拝見。近頃は見るだけでも満足するらしい」
「ちょっと待て!」
ヴィスは力の限り叫んだが、車掌は戻って来なかった。
「お前もさっさと服を着ろ!」
ヴィスが怒鳴ると、トリアは笑いながらいった。
「ねえ、ヴィス」
「なんだ」
「本当に見るだけで満足だった?」
身をくねらせるトリアに、ヴィスは手近にあったトランクを投げつけた。どこでおぼえるのだろう、くだらない冗談は人間そっくりだ。




