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チェックメイトの一手先  作者: 八海宵一
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3

 二等客車は、先頭から三輌目(りょうめ)車輌(しゃりょう)だった。片側に通路があり、後は個室で仕切られていた。せまくはなさそうだが、広くもなさそうな大きさだ。ヴィスは切符に書かれた部屋番号を見つけると、もう一度番号を確認した後、ノックした。

 切符売り場の係員の愛想笑(あいそわら)いが一瞬(いっしゅん)、頭をよぎったが、考えないことにした。

「どうぞ」

 予想していたよりも、ずいぶん明るく若い声が返ってきた。ヴィスが拍子抜(ひょうしぬ)けしながらドアを開けると、書類に目を通していた青年がゆっくりと顔を上げ、にこやかに会釈(えしゃく)してきた。その仕草(しぐさ)はじつに優雅(ゆうが)で、二等客車であるにもかかわらず、ヴィスは貴族の館にでも迷いこんだような錯覚(さっかく)(おちい)った。しぐさだけではない、端正(たんせい)な顔立ちは絵に描いたようにきれいだし、肌の色も透き通るほどに白かった。体格がもう少し華奢(きゃしゃ)だったら、ヴィスは間違いなく、勘違(かんちが)いして食事に(さそ)っているところだ。

 性別を超越(ちょうえつ)した中性的な美しさにヴィスが見とれていると、青年は不思議(ふしぎ)そうに首をかしげた。

「お()けにならないのですか?」

「え? ああ、まあ」

 曖昧(あいまい)な返事をしたヴィスは、(なな)()かいの席に腰掛けた。とても、真正面で見る勇気はなかった。ヴィスは顔をじろじろ見ないようにトランクから本を取り出すと、そちらに視線を集中させた。

「あの」

 青年が声をかけてきたので、ヴィスは反射的に視線を青年に集中させてしまった。相手はかなり驚いたようだったが、微笑(ほほえ)みながら手を()し出した。

「トリアといいます。トリア・ラ・ミレッド、よろしくお願いします」

「ヴィス・クロット」

 ヴィスは短く答え、握手(あくしゅ)(おう)じた。

「どちらまで、行かれるのですか?」

「ケーナバルト」

奇遇(きぐう)ですね。私もです。では、あと半日ご一緒になりますね」

「ああ」

 饒舌(じょうぜつ)なトリアに戸惑(とまど)いながら、ヴィスはうなずいた。なんだか少し疲れそうな気はしたが、眠ってしまえば、相席の相手など関係ない。ヴィスはコートを脱ぐと、毛布のように体にかけなおし、姿勢(しせい)をかえ、いつでも寝られるような体勢になった。

 だが、トリアのおしゃべりは終わらなかった。

「ケーナバルトのリーデリア湖には行かれましたか? あそこの夕焼けは世界一美しいそうですよ。それとも山のほうがお好きですか? だったら、私はモント・レイメント山をお勧めしますよ。あの山は――」

「失礼、ミスター・ミレッド」

「トリアで結構ですよ」

「じゃあ、トリア。見てわからないか?」

 ヴィスは憮然(ぶぜん)としたようすで、毛布代わりのコートをアピールした。誰が見たって、眠ろうとしているのは明らかだ。だが、トリアは首をかしげた。

「コートがなにか? ずいぶん年季(ねんき)が入っているようですが……あっ、かぎ()きがありますね」

「コートのことなんか聞いてないよ! オレは眠りたいんだ!」

 ヴィスは声を荒げて、トリアにいった。トリアは申し訳なさそうに頭を下げ、謝罪(しゃざい)した。

「すみません。私は眠ることがないので、そういった活動については(うと)いのです」

「なんだって?」

 ヴィスはトリアの黒真珠のような(ひとみ)凝視(ぎょうし)した。トリアも真摯(しんし)なようすで見つめ返してくる。(うそ)を言っているようには見えない。だが、本当のことを言っているのなら、よけいに問題だ。

「私は、エレクトオートです」

 トリアは静かにそういった。言った瞬間、ヴィスの脳裡(のうり)に切符売りの顔が浮かんだ。

「だから、エレクトオートって、なんだ!」

「だから? 文脈が整然としませんが……まあ、いいでしょう。お見せします」

 トリアは立ち上がり、上着を脱ぎ捨てた。

「な、何してるんだ!?」

「なにを慌てているんですか? よく見てください」

 トリアは上半身裸のままで、ヴィスに近づいた。

 筋肉の隆起(りゅうき)があまり見られないスラリとした体。だが肩幅は広く、胸板は極端(きょくたん)にうすかった。

 トリアはその白い腹部の中央にある(くぼ)みに、人差し指を差しこんだ。

 鍵の開くような音が聞こえ、腹部が上下に開いた。

 なかをのぞくと、小さなギアや、糸のように細い配線が埋めつくされていた。歯車が忙しそうに回り、細いピストンがリズミカルに動いている。そして、機械の中心に真鍮色(しんちゅういろ)のトリチウム電池が二本、()めこまれているのが見えた。

「私たちの民族は、遠い昔に古い体を捨て、新しい体を手に入れました」

「新しい体? その機械仕掛けの体のことか? 本当に? 頭からつま先まで?」

 トリアはうなずいた。

 ヴィスは(あわ)をふいて倒れる一歩手前で踏みとどまりながら、もう一度トリアを見た。内部を見ない限り、どう見たって人間そのものだ。ユエラの町長が自慢していた耕運機(こううんき)親戚筋(しんせきすじ)にあたるとは、到底(とうてい)思えない。

「エレクトオート、つまり電気仕掛けの人と呼ばれる私たちは、あなた方のするような睡眠(すいみん)や、食事は一切とりません」

 トリアはそのままの状態で自分の席にもどり、アタッシュケースから新しいトリチウム電池を取り出した。

「ですが、電池だけは取り替える必要があります」

 トリアは丁寧(ていねい)に一つずつトリチウム電池をとりかえると、開いた腹部をゆっくりと閉じた。

「……なあ、トリア。その電池見せてもらってもいいか?」

「どうぞ」

 トリアは脱ぎ捨てたシャツを拾いながら、使い終わった電池をヴィスに手渡した。先ほどまでトリアを動かしていた力の(みなもと)は、まだ温かかった。いや、むしろ熱い。鉛筆ほどの細さしかない電池で、よくこれだけ動けるものだ。

「これ、もらってもいいかな?」

「はい?」

 さすがのトリアも、ヴィスの突然の発言に驚いたようだった。

「使用後のトリチウム電池ですよ? なんに使うのですか?」

 ヴィスは()れくさそうに、頭をかいた。

「別に使うわけじゃないんだ。その、珍しいから、話のネタにもらえればなと思って」

「別に珍しくはないと思うのですが……まあ、よければ差し上げますよ。ミスター・クロット」

「ありがとう。オレのことはヴィスでいいよ」

 ヴィスは子供のようにはしゃぎながら、使用済みのトリチウム電池をコートのポケットにしまいこんだ。

 ちょうど、そのとき、

「えー、切符を拝見(はいけん)、切符を拝見――」

 車掌(しゃしょう)がノックの確認もせずにドアを開け、部屋に入ってきた。

 部屋には上半身裸の青年と、なんだか異様に興奮している男がいた。

 車掌は顔色一つ変えずに二人を見た。

「えー、お楽しみのところ、切符を拝見、切符を拝見」

「ちょ、ちょっと待てよ、なんだよ、お楽しみって」

 ヴィスは耳の先まで真っ赤にしながら抗議(こうぎ)をしたが、トリアのほうは、恥ずかしいという感情がないのか、そのままの格好で(かばん)から切符を取りだしていた。

「お前もなにか言えよ、トリア」

「なにかって、なにを言うんですか?」

「だから、なにもしてないし、なにもなかったってことをだよ! オレはお前になにもしてないだろう」

「はい、確かにじっくりと、見てもらっただけです」

 一同、無言。

 長い沈黙(ちんもく)の末、車掌は何事もなかったかのように業務に戻り、切符を確認すると部屋を出て行った。

「えー、切符を拝見、切符を拝見。近頃は見るだけでも満足するらしい」

「ちょっと待て!」

 ヴィスは力の限り叫んだが、車掌は戻って来なかった。

「お前もさっさと服を着ろ!」

 ヴィスが怒鳴(どな)ると、トリアは笑いながらいった。

「ねえ、ヴィス」

「なんだ」

「本当に見るだけで満足だった?」

 身をくねらせるトリアに、ヴィスは手近にあったトランクを投げつけた。どこでおぼえるのだろう、くだらない冗談(じょうだん)は人間そっくりだ。

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