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ヴィスが事務所にもどると、ウルが驚いたように目を見開いた。彼女は反射的に小銃を構え、つぶやいた。
「お前も一緒だったのか」
「一応、トリアの従者なんでね」
ヴィスは軽口をたたきながら、ゆっくりと手を上げ周囲のようすをうかがった。
警備兵の姿がない……。
その事実にヴィスは背筋が寒くなった。秘密裡にすべてを片づけてしまおうとするウルの思惑がハッキリとあらわれているような気がしたからだ。生かして帰すつもりなど微塵もないのだろう。
ウルはヴィスの思考を読んだのか、不敵に微笑んだ。そして、ゆっくりとつぶやいた。
「“おい、なにをしている。ネズミが一匹こちらに逃げこんでいるぞ”」
ひとりごとのような言葉のあとに、どこからともなく返事が聞こえてきた。
それは聞き覚えのあるアーミオートの声だった。
「“申し訳ありません、マスター。ですが、現在、害虫駆除の命令は出されておりません”」
間の抜けた答えにウルは舌打ちをした。
「“ちがう、ネズミというのは人間のことだ! そこから人間がひとり逃げ出しているだろう。なにをしてるんだ!”」
「“ですが人間の攻撃命令は出ていません。攻撃対象の設定を行ってください”」
ウルはまた舌打ちをした。
アーミオートはトリア以上に融通の利かないところがあるようだ。
ヴィスはそのやりとりを眺めながら、全神経を集中させた。トリアがいっていたような装置はどこにも見当たらなかった。
だが、ヴィスはウルの妙なしぐさに気がついた。彼女はアーミオートと話すときだけ、顎を引く癖があるようだった。ヴィスはそれを見逃さなかった。占い師は相手の些細なしぐさや言動の変化に敏感だった。命令装置は間違いなくその癖と関係している。だが、それだけではどんな装置なのかわからない。時間だ。もう少し時間があれば、なにかわかるかもしれない。
「なあ、アンタたちは一体なにをするつもりなんだ?」
不意に話しかけられたウルは小銃を構えなおし、無言でヴィスを睨みつけた。
「トリアはアンタたちが戦争をするつもりだっていってたけど本当なのか?」
「戦争? ちがう、我々がするのは復讐だ!」
「復讐? 一体、誰の?」
「お前が知る必要はない」
ウルは吐き捨てるように言い、アーミオートに新たな命令を下した。
「“なにをしている。エレクトリア・アンペールの従者をさっさと始末しろ!”」
興奮していたウルは、無意識に作業着の第一ボタンを持ち上げていた。
あれだ!
直感したヴィスは反射的にウルに飛びかかった。咄嗟にウルも小銃の引き金を引いた。銃弾はヴィスの髪をかすめ、壁にめりこんだ。
「わ!」
少し遅れて首をすくめたヴィスはそのまま体当たりを食らわせ、相手を壁に叩きつけた。肩と背中に強烈な衝撃が走った。同じだけの衝撃がウルにも加わっているはずだが、彼女はすぐに小銃の銃把で殴りつけてきた。ヴィスは渾身の力で、彼女の顎に頭突きをお見舞いした。「ぐっ」とつまった声が聞こえたあと、ウルはそのまま、その場に倒れこんだ。軽い脳震盪を起こしたらしい。
ヴィスはすぐに作業着の第一ボタンにむかって、叫んだ。
「“全アーミオートに告ぐ。すべての行動を中止せよ! 全命令を撤回する! トリアを襲うのも、オレを襲うのも中止だ、すぐに止めろ!”」
はたしてこのボタンが、本当にトリアのいう装置なのかどうなのかはわからなかったが、ヴィスは自分の直感に賭けた。しばらくの間、何の反応もなかったが、やがて、単調なアーミオートの声が聞こえてきた。
「“了解。すべてのコマンドを終了し、機能停止状態に戻ります”」
その声を聞いたヴィスは腰が抜けたように、その場に座りこんだ。
やれやれ、なんとかうまくいったようだ。




