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チェックメイトの一手先  作者: 八海宵一
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 工場は昼間と変わらぬようすで、煙をあげていた。

 少し離れたところで自動馬車を降りたヴィスとトリアは、あたりのようすをうかがいながら、人目につかないように歩き、工場に近づいた。昼のときとはちがい、工場の門は閉ざされ、何人もの警備兵が立っていた。

「あのようすだと、忍びこむのはむずかしそうだ」

 ヴィスが小声で(ささや)くと、トリアも無言でうなずいた。

「どうする? もぐりこめそうなところを探すか?」

「……いえ、正攻法でいきましょう」

 少し逡巡(しゅんじゅん)したトリアは、そう言って堂々と警備兵にむかって歩き出した。ヴィスが慌てて後を追う。

「おい、ちょっと待て、大丈夫なのか?」

「さあ……やってみないとわかりません」

 ふり返ったトリアは子どものように、ちろりと舌を出した。

 なんでそんな楽しそうなんだ――ヴィスはそう思ったが、口に出して言うヒマはなかった。案の定、警備兵のお兄さんたちが険しい顔つきで、銃口をこちらに向けてきた。

「止まれ! お前たちはなんだ!?」

「私はエレクトリア・アンペールの特命全権大使、トリア・ラ・ミレッド。この者は従者のヴィス・クロットです」

 トリアは険悪な空気に気づくこともなく、涼しい顔でいつものように書類を一枚取り出した。警備兵は一瞥(いちべつ)し、銃口をさらに突きつけて言った。

「それで?」

「追加の工場見学に来ました」

「そんな話は聞いてない」

 警備兵のひとりが鋭い眼光で、睨みをきかせてきた。一触即発の沈黙。ヴィスは背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、口を開いた。

「あれ? 聞いてない? おかしいな。さっきフラット次官に会ってお願いしてきたところなんだけど。メリル秘書官の手配が遅れてるのかな? 本当に連絡来てない?」

 ヴィスの大法螺(おおぼら)に、警備兵たちは少し動揺(どうよう)の色をみせた。具体的な個人名があげられ、念押しに確認されると、人は誰しも「もしかして、そんな話が……?」と思ってしまうものだ。ヴィスはその気配を見逃さなかった。

「なんなら確認してくれ。オレたちは逃げも隠れもしない」

 ヴィスは自信たっぷり胸を張った。

 もちろん、背中は嫌な汗でびしょびしょだ。

 警備兵は、自信満々の顔と涼しげな顔の両方を怪しそうに見比べ、「わかった」と短く答えた。

「すぐに中央政務室に確認する。ここで待ってろ」

「あー、ちょっと、ちょっと」

 ヴィスが間抜けな声で呼び止めた。

「なんだ」

「あのさ、ちょっとまずいんじゃないかな?」

「なにがだ」

 神経を逆撫でするような能天気な声に、警備兵は露骨に怒りをあらわにしている。

「これでも一応、エレクトリア・アンペールの大使としてここに来てるんだよ? いくら確認のあいだとはいえ、門の外で立たせとくってのはどうかな? こっちはなんの落ち度もないのにそれでいいの? まあオレたちはべつにかまわないけど……後でフラット次官に知られたら、大変じゃないかな。ヘタすりゃ外交問題になったりして」

「ぐっ」

 警備兵は顔を引きつらせ、奥歯をガリガリと鳴らした。本能と理性の天秤(てんびん)は、紙一重の差で理性が勝ったようだ。こめかみに太い血管を浮かせながら警備兵は言った。

「確認のあいだ、なかの事務所でお待ちいただけますか、大使」

 かなりトゲのある言い方だったが、トリアとヴィスは満足そうにうなずいた。

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