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チェックメイトの一手先  作者: 八海宵一
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 従業員(じゅうぎょういん)が普段使う出入り口と、製品の搬出(はんしゅつ)に使う車両用の出入り口は、別々のところにある。従業員の出入り口は、二階事務所の防護服が置かれた部屋の奥にあり、入場許可のチェックなどを行っていたが、搬出用の出入り口は、詰めこみ作業が忙しいのと、車の行き来が多いため、うまく管理が、行き届いていなかった。

 トイレをすませたヴィスが、暇つぶしに工場のまわりを散策していると、搬出用の出入り口が開いたままになっていた。

 途端(とたん)にヴィスの好奇心の虫が騒ぎ出した。これは滅多(めった)にないチャンスだ。

 ヴィスは搬出口を(のぞ)きこみ、中のようすをうかがった。ちょうど荷物の積みこみ場のようらしく、大量の箱がうずたかく詰まれたまま、放置されていた。自動馬車の姿が見えないところをみると、とりあえずの積みこみが終わり、運搬に出ているのだろう。

 ヴィスは何食わぬ顔で、積みこみ場の中を歩いてみた。積み上げられた箱のせいで中は薄暗く、工場独特の薬品の臭いが鼻を突く。この箱のなかに一体、いくつのトリチウム電池があるのか、想像もつかない。

 ヴィスが興奮しながら、さらに奥へと進むと、大きな鉄扉が、工場と積みこみ場を遮っていた。鉄扉のむこうからは大きな機械音が鳴り響き、その振動がヴィスの体にも届いた。

 この扉を開けたら、怒られるだろうなぁ。

 今いる場所のことを忘れ、好奇心のかたまりはためらった。エレクトリア・アンペールの従者としては、非常にマズい行為だ。絶対に、扉はあけるべきではないだろう。でも、せっかくここまで来ておいて、引き返すのもどうだろう。扉一枚むこうのことじゃないか。距離にしてどれほどの差があるのか。そもそも、扉に鍵がかかっていたら、どうする? この葛藤(かっとう)はまるで無意味じゃないか。そう、こういう場合は往々(おうおう)にして鍵がかかってるもんだ。だから、扉を引いても、きっと開くことはない。それを確認すれば(あきら)めもつく。そう、これは鍵のかかった扉にちがいない。

 わけのわからない自分勝手な理論を展開させたヴィスは、一応、念のために、力をいれて扉を引っ張った。

案の定――いや、意外にも鉄扉はゆっくりと動いた。

 ()れ出ていた音がさらに押し寄せ、ヴィスの体を震わせた。大量のトリチウム電池が何本ものベルトコンベアーに乗って流れ、奥のほうに原料を溶かす巨大な炉が三基並んでいた。炉は異様な熱気を放ち、ときおり、すさまじい水蒸気を吹き上げていた。ずいぶん離れているにもかかわらず、すでにヴィスの額には玉のような汗が浮かび上がっていた。

 工場に足を踏み入れたヴィスは、今までに見たことのない光景に息を呑んだ。

 ヴィスは興奮のあまり、(しか)られるのを承知(しょうち)で、一番近くにいた従業員に話しかけた。

「なあ、あんた。そこでなにをしてるんだ?」

 ベルトコンベアーから流れてくるトリチウム電池をより分けていた青年は、顔を上げもせずに、抑揚(よくよう)のない声で答えた。

「工程NO.168を実行中です」

「工程……なんだって?」

 聞きなれない言葉に、ヴィスは聞き返した。相手は手を休めずにもう一度()り返した。

「工程NO.168を実行中です」

「だから、それはなんなんだよ?」

 ヴィスの問いかけに、青年はしばらく時間を置いてから答えた。

「工程NO.168――製品基準に達しないトリチウム電池の選別・破棄(はき)

 辞書で引いたような答えに、ヴィスが肩をすくめる。

「まるで、トリアみたいな説明だな」

「トリア?」

 青年がはじめて振りむいた。青白い無表情な顔が、ヴィスを見る。

「ああ、知り合いに、あんたみたいな奴がいるんだ――よそ見してて、大丈夫かい?」

「……」

 青年は無言でベルトコンベアーに視線を戻し、手を動かした。隣で見ていたヴィスは、その仕事ぶりに感心しながら、一人でしゃべった。

「ふーん、あんたがここで電池のチェックをして、むこうにいる奴が、箱に詰めこんで、さっきの詰めこみ場まで、運んでいくのか。なあ、一日でどれくらい作るんだ?」

 その質問に、青年はまた振りむいた。

「運送会社の人間ではないのですか?」

 どうやら青年は、ヴィスのことを運送会社の人間だと思っているらしい。なるほど、道理で驚いたようすもなく、質問に答えるわけだ。

 ヴィスはにっこり微笑んで、いった。

「もちろん、運送会社の人間だよ」

「でしたら、製品の納品数は、把握しているはずです。質問に答える必要はありません」

「やだなァ、確認だよ、確認」

 ヴィスは笑いながら、青年の背中を叩いてごまかした。青年は無表情のまま、つぶやいた。

「作業効率30%低下、作業効率30%低下」

 いままでに受けたことのない抗議方法に、ヴィスは面食らった。こんな不気味な怒り方をされるなら、いっそのこと、大声で怒鳴られたほうが、まだ、マシだ。

「ここで一体、なにをしているのですか!!」

 そうそう、こんなぐあいに、って……。

 ヴィスは、背後からの鋭い叱責に首をすくめた。振り返らなくても、誰だかわかる。こちらは、ミス無表情の……。

「や、やあ、メリル秘書官」

 メリルは珍しく、いつも冷静な瞳に、怒りの色をあらわにしていた。腕を組んで、仁王立ちしているその姿は、かなり迫力があった。

 メリルはゆっくりと口を開き、もう一度たずねた。

「ここで、なにをしているのですか?」

 厳しい口調に、ヴィスはいつものように、肩をすくめた。

「どうやら、道に迷ったみたいだ」

「ふざけるのはやめてください。前にも説明しましたが、ここには機密事項が存在します。軽薄な行動は、あなたの一生を棒にふると同時に、エレクトリア・アンペールの名にも傷をつけることになりますよ」

 その言葉に、ヴィスはトゲでも刺さったような顔をした。自分のことはともかく、トリアに迷惑をかけるわけにはいかない。痛いところを突いてくる。

 ヴィスはメリルに謝罪し、国に対して抗議(こうぎ)するのだけは許してほしいと懇願(こんがん)した。もし、そんなことになったら、一大事だ。トリアが勝手にヴィスを従者として、連れて歩いていることがバレてしまう。それだけは避けなくてはならない。

 ヴィスは深々と頭を下げた。だが、メリルは相変わらず厳しい顔つきのまま、検討しておくとだけ言った。

 どちらとも取れる言葉だが口調から察するに、大事にはなりそうにない感じだ。ヴィスはほっと胸をなでおろした。もちろん、油断は出来ないが、いままでの経験からすると、この場の注意だけですみそうだ。

「あんたも、仕事の邪魔して悪かったな」

 ヴィスは青年にも謝ったが、青年は黙々と仕事を続け、振りむきもしなかった。

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