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チェックメイトの一手先  作者: 八海宵一
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 トリアが見学をしているあいだ、ヴィスは事務所のパイプイスにただ座っているだけだった。好奇心旺盛(こうきしんおうせい)なヴィスは、是非、見学したいと申し出たが、メリルはかたくなに首を横にふった。

「国家機密に関する場所があるので、従者の方はご遠慮ください」

 口ぶりは優しいが、顔が笑っていない。ヴィスは肩をすくめ、仕方なく見学をあきらめた。代わりにメリルが()れてくれた温かいコーヒーに口をつけ、あらかじめ用意されていた焼き菓子に手を伸ばした。

 実にうまい焼き菓子だ。

 ヴィスが静かに感動していると、退屈そうなメリルがコーヒーを手にし、むかい側の席に腰かけてきた。どうやら、彼女も工場内に入ることは許されていないようだった。

「いつから、ミレッド大使の従者になられたのですか?」

 口いっぱい菓子をほおばりだしたヴィスに、珍しくメリルが訊ねてきた。ヴィスは間の抜けた声で「ほひ?」と答え、しばらくしてから焼き菓子を飲みこんだ。

「つい最近、なったばかりだよ」

「大変ではありませんか? その……エレクトオートのお世話をするというのは」

 ヴィスは首をひねって考えた。お世話なんてした覚えがないから、なんて答えたらいいのかわからない。いままで大変なこともなかったし。

「ふつうの人より楽なんじゃないかな、カバン持ってればいいだけだし……それよりも、秘書官のほうが大変でしょ? あの政務次官、神経質そうだったから」

 遠慮(えんりょ)のないヴィスの意見に、メリルは涼しげな口元にかすかな笑みを浮かべた。それだけで、いままで無機質だった印象が一変する。秘密を共有する子供のように、照れ隠しで微笑む彼女は、可愛かった。

「フラット政務次官は、政務に忠実で、立派な方ですよ」

「だと思うよ。あの眉間のシワを見ればわかるさ」

 ヴィスが思いっきり眉間にシワをよせて、フラットのマネをしてみせた。メリルは噴出(ふきだ)すのをこらえながら首を横にふり、たしなめた。

「似てない?」

「そういう問題じゃありません」

 メリルの表情から笑みが消え、事務的な口調に戻った。感情のコントロールが実に見事だ。ヴィスは肩をすくめ、焼き菓子に手を伸ばした。

「そういえば、ケーナバルト王との謁見はどうなってるんだろう?」

 コーヒーに口をつけていたメリルは、あわててうなずいた。

「その件に関しては、政務次官が調整しています。おそらく、近いうちに謁見できると思いますが」

「近いうちか」

 ヴィスは腕を組んで唸った。占いの結果をどう伝えるかを、それまでに考えておかないといけない。トリアと相談して、うまくいく方法を考えないと。牢屋(ろうや)大袈裟(おおげさ)だとしても、話がこじれるのはまずい。

 ヴィスは、メリルを見た。

 メリルが怪訝そうに、こちらを見返す。

「どうかしましたか?」

「いや……」

 ヴィスはしばらくためらっていたが、やはり訊ねることにした。

「あのさ、聞いてもいいかな? ……なんか最近、王宮で変わったことなかった?」

「変わったこと?」

 突然の質問に、メリルは首をかしげた。

「なにかご存知なんですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

 ヴィスは口ごもった。根拠(こんきょ)はなにもない。だから、説明のしようがないのだ。ヴィスは鼻をかきながら、ごまかした。

「王宮の生活って楽しそうだから、なにかないかなーと思って」

 メリルがあきれたようすで、咳払いをした。

「とくに変わったことはありませんが……仮にあったとしても、あなたに教えたりはしないでしょう」

「たしかに、そのとおりだ」

 ヴィスは、パイプイスにもたれ、コーヒーを一口(すす)った。よその国の従者に、王宮内の出来事を包み隠さず話す者などいない。ヴィスにだってそれくらいはわかる。一応、聞いてみただけだ。そんなに簡単にケーナバルト二世の凶相の原因がわかるなんて、ヴィスも思っていない。だが、謁見までに糸口くらいは見つけておきたい。でないと、納得のいく説明を求められたときに、どうすることもできない。

 ヴィスは唇に指を当てながら、考えこんだ。すると、メリルがまた咳払いをして、いった。

「だから、くどいですよ」

「え? なにが?」

 意味がわからないヴィスは、非難するメリルに聞き返した。メリルがあきれたように首をふる。

「わざとらしい、政務次官のマネでしょう? さっきも笑わそうとしていましたよね」

「えーと」

 ヴィスは、頭をかきながら、正直にいった。

「いまのは、普通に考え事をしてただけなんだけど……」

 しばし、沈黙。

 やがて、メリルが落ち着いた口調で、無表情のまま言った。

「失礼しました」

 表情は鉄仮面のようだったが、彼女は耳まで真っ赤にしていた。

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