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チェックメイトの一手先  作者: 八海宵一
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 第一号工場の正面スペースに馬車が停車すると、ふたりは事務所に案内された。

 コンクリートで囲まれた簡素な事務所のなかはそう広くなく、薄暗かった。

 組み立て式のパイプイスに机、スチール棚……すべて灰色なのが原因かもしれない。働いている人たちは、忙しそうにしていたが、活気があるようには見えなかった。

 たった一人を除いて。

「あんたか! 私の工場に文句をつけているっていうのは!」

 事務所の奥から、作業着を着た女がすごい剣幕でやってきた。彼女はグリスのついた手で、トリアの胸ぐらを掴むと、力いっぱい睨みつけた。

「落ち着いてください。なにか誤解があるようです」

「誤解だって? なにをいってるんだ! あんたがうちの工場の公害がひどいと言ってきたんだろ!」

「とりあえず、落ち着きましょう。ウル工場長、まず、その手を放してください」

 メリルがあいだに入り、冷静な口調でなだめた。ウルは一瞬、メリルのほうに鋭い視線を送ったが、なにも言わずに手を放し、ゆっくりと深呼吸をした。

 メリルはしばらくようすを見たあと、ウルが暴れないのを確認してから、あらためてトリアを紹介した。

「こちらは、エレクトリア・アンペールのミレッド大使です。ミレッド大使、こちらはケーナバルトすべての国立電池工場を総括しているウル工場長です」

「よろしくお願いします」

 トリアはにこやかに手を差し出したが、ウルは憤然(ふんぜん)としたようすで、腕を組んだまま、握手に応じなかった。

「ずいぶん、嫌われてしまったようですね――おや?」

 肩をすくめていたトリアが首をかしげながら、ウルに訊ねた。

「以前、どこかでお会いしませんでしたか?」

「は?」

 この質問に、ウルはもちろんメリルとヴィスも怪訝な顔つきでトリアをみた。このエレクトオートは、人と会うたびにこんなことをいっているのか。

「もしかして、新手のナンパか?」

 ヴィスがたまりかねて、口を開いた。

「ナンパ?」

 トリアが呆れた顔つきで、首を振った。

「どうして、私がナンパをするのですか」

「しらないよ! こっちが聞いてるんだ」

 口を(とが)らせて憤慨(ふんがい)しているヴィスを横目に、トリアは真剣な表情でしばらく考えこんだ。ギア音が小刻みに鳴り響き、電子頭脳を高速回転させる。前回のこともあり、トリアは全神経を電子頭脳に集中させた。顔から表情が消え、彫刻(ちょうこく)のように動くのをやめた。

 過去に会ったことのある、膨大(ぼうだい)な人物データを参照していく。

 固まっていたトリアが、二度瞬きし、ウルの顔をもう一度眺めて、静かにつぶやいた。

「リオット・バルマーだ……」

「リオット・バルマー? って誰だ?」

 ヴィスがおうむ返しに訊ねると、代わりにウルが答えた。

「私の父だ」

「リオットの……どうりで、リオットによく似ているわけだ」

 挑戦的で意志の強そうな青い瞳に、少し尖ったアゴ。肩にかからない鳶色のショートヘアーが、父親と同じように寝癖でハネ上がっている。

「父を知っているのか?」

ウルの質問に、トリアはうなずいた。

「以前、エレクトリア・アンペールのアカデミーでお会いしたことがあります。そうですか、この工場はリオットが作った工場なのですね……リオット、いえ、お父さまはお元気ですか?」

「……父は、五年前に亡くなった」

 ウルは顔を(くも)らせ、(こぶし)(にぎ)()めた。

「だから、私が後を継いで工場の管理をしている」

「そうですか、それは大変でしたね……」

「あんたになにがわかるんだ!」

 ウルは険しい顔つきで、トリアを睨みつけた。

「父の偉業にケチをつけておいて、同情なんかするな!」

「工場長、冷静にお願いします。こちらは大使ですので」

「うるさい!」

 ウルはメリルに噛みついた。興奮して頬を紅潮させている。メリルは小さく咳払いをし、ウルに深呼吸をうながしたが、ウルは鼻を鳴らしただけだった。

「見学したいのなら、させてやる。父の理論がいかに完璧なものか、その目でよく見ろ。そして、まちがった考えを訂正するんだ」

「まちがっていれば、もちろん訂正はします」

 冷静なトリアの様子にウルはさらに顔を真っ赤にし、トリアの腕を引っつかんだ。すごい力で引きずるように、工場へむかって歩き出した。

 取り残されたメリルとヴィスは、互いにむかいあい、同時に肩をすくめた。

「驚かれたでしょう? 工場長は、昔から短気で……」

「べつに驚きはしないけど、あんな怒りっぽい人に工場まかせて大丈夫なの?」

「技術(うで)はたしかなんですがね……」

 メリルは少しだけ疲れたようすで、ため息をついた。

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