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チェックメイトの一手先  作者: 八海宵一
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 馬車がロール河沿いの道に差し掛かると、対岸の工場地帯がはっきりと姿をあらわした。コンクリートの四角い無骨な建物が密集し、大小さまざまな煙突から灰色の煙が吐き出されている。ときどき、甲高(かんだか)い金属音が鳴り響き、そのたびに川面(かわも)の水鳥たちが、ざわついていた。

「そろそろ、到着のようですね」

 トリアは外の景色を眺めながら、懐中時計を見ていたメリルにいった。メリルはうなずき、あと十分ほどで到着するといった。

「石橋を渡れば、すぐですね」

「よくご存知ですね」

 メリルが驚いたようすで答えると、トリアはうれしそうに胸を張った。

「ケーナバルトの地図は、すべて頭の中に入っているんです。このあたりは、電池工場以外にも、鉄道車輛や、自動馬車のフレーム工場があるはずです」

「かなり勉強されたようですね」

「ええ、しましたよ」

 トリアはにこやかに微笑みながら、メリルにいった。

「どこに誰が住んでいるのか言えるくらいにね」

「……」

 エレクトオートがいうと冗談に聞こえない。メリルは返す言葉が見つからなかった。トリアは笑ったまま、また外の景色に目をやった。

「あ、石橋を渡るみたいですよ。ヴィスも(のぞ)いてみますか。この建築様式は、四十年前に――」

 トリアは石橋の建築様式について、長々と説明をし始めた。ガイドブックの一節を暗唱(あんしょう)しているかのように流暢(りゅうちょう)だ。いや、実際に暗唱しているのだろう。

 メリルは無表情のまま、ため息をついた。

 幸せが逃げていくような、ため息だった。

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