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毛並みのいい白馬が四頭、女神像の刻まれた馬車を優雅に走らせ、ロンヌシェルトの玄関に到着したのは、予定通り昼をすこし過ぎた頃だった。相変わらず無表情な顔つきのメリル秘書官が馬車からあらわれ、ふたりに挨拶をすませると、早速出かけましょうと促した。昨夜とちがいパンツタイプのスーツにローファーを履き、髪を後ろで束ねていた。ずいぶんと動きやすそうな格好だった。
「あなたが案内してくださるのですか?」
メリル秘書官の格好にトリアが質問をすると、彼女は軽くうなずいた。
「工場までの案内は私がさせていただきますが、工場内の見学や説明は工場長のほうからさせていただきます」
「わかりました。よろしくお願いします」
トリアはメリルに笑いかけ、馬車に乗りこんだ。鞄を持ったヴィスが後に続き、トリアの上着を引っ張った。
「どうかしましたか?」
座ろうとしていたトリアが首をかしげる。
「昨日のことを話さないのか?」
ヴィスは顔を近づけ、声をひそめながら、隣の席に腰かけた。
「秘書官の方に、昨日のことを説明してどうするのですか?」
「どうするって……別にどうするわけでもないけど……」
「どうかしましたか?」
最後に乗りこんできたメリルが、怪訝そうにふたりを見る。
「いや、その」
ヴィスがあたふたしていると、トリアが横から即答した。
「なんでもありません。そうでしょう? ヴィス」
呼ばれたヴィスが振り向くと、トリアはニコニコしながら、ヴィスの尻をメリルから見えないようにつねった。
「痛っ! 痛いって! お前、力加減わかってないだろう! わかったから、やめろ!」
ヴィスは足をジタバタさせながら、トリアに顔を近づけて抗議した。トリアはなにごともなかったかのように、つねるのをやめると、もう一度、メリル秘書官にいった。
「本当に、なんでもありませんので、気になさらないでください」
「は、はあ……」
事情がのみこめないメリルは曖昧にうなずき、しばらく首をかしげたあと、馭者に発車の合図をした。すぐに馭者の嗄れ声とムチが飛び、石畳の道に蹄の音が響いた。
今から訪れる工場は、ケーナバルト北部に流れるロール河沿いの工業地帯にあった。昔から工業の栄えていた地域で、記念すべき最初の国立電池工場が建設されたのも、ここだった。当時、不可能だといわれていたトリチウム電池の量産方法をケーナバルト国立電池研究所が考案し、第一号工場は試験的な意味で建てられた。工場は完璧な状態で稼働し、すぐに第二号工場が隣に建てられた。そして、この第二号工場の稼働を契機に、ケーナバルトは大きく発展していく。
十年前まで、世界の動力は石炭だった。
それがわずか十年で電池に代わろうとしている。
これから見学に行くのは、そんな記念すべき、第一号、第二号工場だった。いまなお現役で稼働するこの兄弟工場は、生産数も一位二位を誇っているという。
兄弟工場はケーナバルトになくてはならない存在であり、発展をあらわすシンボルそのものだった。
トリアとメリルが交互に説明してくれたおかげで、ヴィスは随分と工場について詳しくなった。その技術の凄まじさには、ただ圧倒されるばかりだ。
工業地帯は市の中心部からすこし離れたところにあったが、街道の整備が発達しているため、馬車の移動は快適だった。大きな揺れもなくゆったりとした流れで、車窓の景色が移り変わる。馭者がときどき鞭を入れ、そのたびに白馬が鼻をならしてこたえた。
じつに優雅な移動だ。
ただひとつ気になるのは、その移動速度があまりにもゆったりしていることだった。さきほどから、馬車の横を何台もの大型自動馬車が、すごいスピードで行き来していた。あまりにも速度がちがいすぎる。
まるでうさぎとかめだ。
「あの……」
ヴィスが、おずおずと手を上げながら、メリルにいった。
「なんですか?」
「聞いてもいいかな? ……王宮には自動馬車ってないの?」
「ありますよ。どうして、そんなことを聞くんですか?」
メリルは不思議そうに眉をひそめた。ヴィスはそのようすに首をかしげた。そんなおかしなことを質問しているつもりはないんだが。
「だったら、そっちで移動したほうが、早くないかな?」
「早いでしょうね」
淡々とメリルが答える。
「えーと」
ヴィスは頭をかきながら、首をひねった。
早いってわかってるなら、ふつうは、そっちで移動しないか?
だが、向かいの席に座っていたメリルは当然のように、すました顔でこちらを見ていた。あきらかに、それがどうかしましたか、と無言でいっている。
見かねたトリアが、ヴィスに説明をした。
「ケーナバルトは、最先端の技術を持つ国でありながら、伝統と格式にもこだわりを持っています。そのため、王宮に関係した公式な移動はすべて、馬車で行われるのが慣例になっているのです」
「自動馬車があるのに、わざわざ馬車を使うのか?」
「それが伝統ですから」
トリアがうなずいた。メリルも小さくうなずいている。
「じゃあ、聞くけど、ケーナバルト王も移動するときは、馬車?」
「当然です」
メリルは即答した。
「十六頭立ての白馬の馬車に乗られます」
ヴィスは腕を組んで、唸り声をあげた。
どう考えても、それだと移動するのに時間がかかりそうだ。
自動馬車に乗ったほうが早いのに、わざわざ馬車を使いたがるというのは、よくわからない。
ヴィスは車窓のむこうを見た。大型自動馬車があっという間に通り過ぎていった。
小さなため息をつき、ヴィスは心のなかでつぶやいた。
一度でいいから、牛や馬がひかない車に乗ってみたいのに……。
そんなヴィスの思いをよそに、馬車は優雅に走り続け、嗄れ声の馭者がまた鞭をいれた。昼下がりの石畳に蹄の音がひときわ響いた。




