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工場の見学は順調に進み、第二号工場の視察もあっという間に片づいた。トリアは工場長と秘書官に礼を述べると、視察する全ての工場の設計図を借り、ヴィスとロンヌシェルトへと戻ってきた。
念のため、王宮には内緒で昨日とは別の部屋を一室とった。少しせまくなったが、それでも、ふたりで泊まるには、十分な広さだ。ヴィスは持っていたアタッシュケースとトランクをテーブルの上に置くと、だらしなくソファーにもたれかかった。
「なにかわかったか?」
むかいのソファーに腰かけたトリアは、設計図に目を通したまま、首をふった。
「いいえ、なにも見つかりませんでした。彼の理論は完璧です」
「じゃあ、不正はないってことか」
トリアがまた首をふった。
「あの方法で電池を生産しているのなら、公害被害など起きません。輸入しているレアメタルの量と生産している電池の量にも大きな食いちがいが出ていますし……なにか隠しているのはまちがいないと思うのですが」
トリアは珍しく真剣な表情で設計図を睨みつけたまま、唸り声をあげた。なんど見ても、工場の設計図に不審な点は見当たらない。では、材料である大量の金属は、どこへいったのか?
トリアのギア音が、ひときわ小刻みに鳴り響いた。あまりに小刻みに鳴り響くので、ヴィスはそのまま、トリアが壊れるんじゃないかと心配した。
「少し休憩したらどうだ?」
ヴィスの提案にトリアは、首をふった。
「お気遣いありがとうございます。ですが、私は休息を必要としません」
「…いや、見てるこっちが、疲れるんだよ」
その言葉に、トリアが初めて設計図から顔をあげた。意外そうな表情で、ヴィスを見た。
「なるほど、それは困りましたね。べつの部屋をとりましょうか?」
「それだと、また誰かが襲ってきたとき、どうするんだ」
ヴィスの質問に、トリアは肩をすくめた。
「襲ってくると決まったわけではないでしょう? 昨日の件は、偶然通りかかった泥棒かもしれないですし」
そんなわけないだろう、ヴィスは心のなかで叫んだが、疲れそうなので口には出さなかった。おそらく、トリアも本気で思ってはいないはずだ。ヴィスは小さく嘆息した。
ちょうど、そのとき、ノックの音がした。
ヴィスはソファーから跳ね起き、身構えた。しかし、トリアは平然としたようすで、立ち上がり、ドアに近づいた。
「お、おい」
うろたえるヴィスに構わず、トリアはドアを開けた。ドアの向こう側に立っていたのは、ベルボーイだった。彼は大型の茶封筒を銀のトレイに乗せ、きれいな姿勢で立っていた。トリアは礼を言って、封筒を受け取ると、静かにドアを閉め、ヴィスのほうを見た。
「なにをしているんですか?」
中途半端に身構えていたヴィスは、なにもなかったように背伸びをし、深呼吸をして、ごまかした。
「それより、その封筒はなんだ?」
脱力したヴィスは、ふたたび、ソファーにだらしなくもたれながら、戻ってきたトリアに訊ねた。するとトリアは、すぐに茶封筒の中身をみせてくれた。
青写真の束だった。
「見学に行かない工場の設計図です。見たかったので、メリル秘書官に取り寄せてもらいました」
「全部見るのか!?」
「そうです」
こともなげに答えるトリアに、ヴィスは首をふった。
「理論が完璧なら、どれだけ、設計図を見ても一緒じゃないか?」
「そうかもしれません。しかし、どこかにほころびがあるかもしれない」
「そうかなぁ?」
ヴィスは疑いの目をむけた。そんなほころびを相手が見逃しているとは、思えない。誰が暗躍しているのかは、知らないが隠ぺいするなら、徹底しているはずだ。秘密を暴くなら、むしろ、ちがう方向から、攻めるべきだろう。
ヴィスは腕組みをして、唸った。
まぁ、その方向がわからないのだけど。
「ところで、見学のときに言ってたリオットってのは、どんな奴なんだ? お前知ってるんだろう?」
「リオット・バルマーですか? ……知っているというよりは、会ったことがあるというほうが正しいですね」
トリアは青写真をテーブルの上に置き、ソファーに身を預けると、天井を見上げながら、ギアの回転数を少し早めた。
「彼は、エレクトリア・アンペールのアカデミーで留学生として勉強していましたから」
「ちょっと待て。お前ら、学校に行って勉強するのか!?」
ヴィスの質問に、トリアは心外そうに眉をひそめた。
「当然です。エレクトオートも日々、進化するのですから、アカデミーくらいありますよ」
教室にずらりと並んだエレクトオート……想像するだけで、気味が悪い。ヴィスは思い切り、首をかしげた。
「なんで、リオットって奴は、そんなところに留学なんかしたんだ?」
「“そんな”という言葉がなにを意味しているのか、わかりませんが……、彼が留学に来た理由は、はっきりしています。最先端の電池技術を勉強するためでした」
「じゃあ、トリチウム電池の量産技術は、もともと、エレクトリア・アンペールのものだってことか?」
「ええ。若干、改良されていますが、基本的な部分は、私たちの考えがそのまま使われています。ケーナバルトが工業都市として発展した理由の一つは、エレクトリア・アンペールから持ちだされた技術によるものだといっていいと思います。リオットはわずか二年のあいだに、電池以外の工業技術も勉強していましたから。流体力学、生物化学、人間工学……吸収できるものは、なんでも吸収していました」
「ずいぶん、頭がいいんだな」
「天才という言葉は、彼のためにあるのでしょう。ただ――」
「ただ?」
十年近く前の記録を呼び出していたトリアの表情に、かげりがみえた。
「人間は、あれほど学ぶことに執着するものでしょうか?」
自問自答するかのようなつぶやきに、ヴィスは少し驚いた。まるで人間のひとりごとのようだったからだ。いままで見てきた中で一番、人間らしい仕草にヴィスはどきりとした。トリアはヴィスのようすに気づいたらしく、透き通るような白い歯をみせて、微笑んだ。
「そのくらい彼は、熱心に技術の習得をしていたってことです」
「悪用していた可能性は?」
「考えにくいですね。彼はまじめで正義感あふれる青年でしたから。第一、五年前に亡くなっているでしょう」
「じゃあ、誰なんだ? 誰がなにをしようとしてるんだ? 政府の奴らか? それとも工場で、働いてる奴の誰かか? 誰かが考えて実行してるんだろう?」
「誰かが考えている……そうですね。なにをしようとしているか考えるよりも、誰がしようとしているのか、考えるほうが早いかもしれない」
トリアはまた、ひとりごとのようにつぶやき、ギアを鳴らしながら身動きをしなくなった。取り残されたヴィスは、目の前の彫像を眺めていたが、やがて飽きると、コートのポケットから麻袋と羊皮紙を取り出した。しばらくためらったあと、麻袋に入った骨をつかみ、ヴィスはもう一度ケーナバルト二世の運勢を占った。
羊皮紙の上に散らばった骨は、やはり凶相をあらわした。それは、前よりもはっきりと出ていた。つまり、死が近づいているということだ。
ヴィスは真剣な面持ちで、丁寧に占いの結果を読み解いた。
四方に散らばる骨の位置を一つ一つ順に追っていき、死以外の意味が浮かび上がっていないかを確認した。わずかでもいい、なにか手がかりはないのか。全神経を集中させ、ヴィスはようやく、かすかな意味を見出した。
誤った判断。誤解。
ヴィスはその意味を考えようとしたが、自分がなんの情報も持っていないことに気づき、大きなため息をついた。王宮内のできごとを知ることができれば、もう少し、具体的なイメージをつかめるが……あのメリルが口を滑らせるとは、思えない。
ヴィスはもう一度、大きなため息をつくと、ソファーの上で身を丸め、猫のような体制で仮眠をとることにした。わからないことだらけの結果に不満ではあったが、いまのヴィスにはどうすることもできなかった。
結論を急ぎ、占いの結果を無理矢理こじつけて失敗した占い師の例を、ヴィスはいやというほど知っている。
急ぐ必要はあるが、焦ってはいけない。
ヴィスは目を閉じながら、自分に言い聞かせた。半日近く、馬車に揺られたせいか、すぐに眠りの世界はやってきた。ただ耳だけは集中させ、物音がしたらすぐに飛び起きることができるように警戒を怠らない。ギアの音が聞こえていたが慣れてしまったらしく、耳障りにはならなかった。
時計の秒針と一緒だ。一定のリズムを知ってしまえば、気にならない。あるべきところに、ある音なのだ。
ヴィスは、いつしか寝息をたてていた。




