第63話 エリナとおやすみ!
風呂から上がると、陸は大きめのタオルを手に取った。
「ほら、こっち来て。ちゃんと拭かないとな」
「うん」
エリナが近づいてくる。陸はまず頭からタオルをかぶせ、そのままわしゃわしゃと水気を取っていった。
「わっ」
「動くなって」
頭を拭き、背中から四本の脚へ。翼の周りは引っかけないように気をつけながら、残った水滴を拭いていく。
最初はされるがままだったエリナも、しばらくすると気持ちよさそうに目を細めていた。
「これ、きもちいい」
「タオル気に入った?」
「うん」
「じゃあ、もうちょいな」
身体を一通り拭き終えたものの、翼の周りにはまだ少し水気が残っている。
陸は洗面台の近くに置いてあるドライヤーを手に取った。
「最後これ使うか」
「それなに?」
「風出して乾かすやつ」
電源を入れた瞬間、ぶおっと音を立てて温かい風が吹き出した。
「わっ!」
エリナが少し身体を引く。
「大丈夫大丈夫。ほら」
陸は自分の手に一度風を当ててから、少し離してエリナの背中へ向けた。
「熱くない?」
「……あったかい」
「熱かったら言ってな」
「うん」
温風をゆっくり動かしながら、背中や翼の周りを乾かしていく。さっきまで風の音を気にしていたエリナも、だんだん動かなくなった。
「気持ちいい?」
「きもちいい……」
エリナは目を細めたまま、じっと温かい風に当たっている。
「これも気に入った?」
「うん」
しばらくして水気がなくなると、陸はドライヤーを止めた。
「よし。終わり」
音が消え、エリナがぱちっと目を開ける。
「もうおわり?」
「終わり。もう乾いたからな」
「そっか」
少し残念そうな顔をするエリナを見て、陸は笑った。
「また風呂のあとにやろうな」
「ほんと?」
「うん」
エリナの顔がすぐに明るくなった。
洗面所を出たところで、陸はふと考える。そういえば、エリナはどこで寝かせよう。部屋ならいくつかあるが、一人で寝かせるのもどうなんだろう。
少し考えてから、エリナを見る。
「一緒に寝る?」
「いっしょにねる!」
返事はすぐだった。
「じゃ、決まりな」
陸はエリナを連れて寝室へ向かった。
扉を開けると、中央に大きなベッドが置かれている。エリナはすぐそちらへ近づき、前脚をベッドへ乗せた。
「やわらかい」
「結構ふかふかだぞ」
陸が先に腰を下ろすと、エリナもベッドへ上がってくる。四本の脚で何度かその場を踏み、沈む感触を確かめていた。
「ふかふか!」
「だろ?」
陸も横になり、エリナが入れるよう隣を空ける。
「ほら、こっち来な」
エリナはそのまま陸の隣へ来ると、身体を横たえた。大きなベッドには二人で寝てもまだ十分に余裕がある。
照明を暗くすると、部屋の中が静かになった。
少しの間、陸は天井を見ていたが、隣のエリナへ顔を向ける。
「そういやさ。エリナがいたところって、どんなとこだったの?」
「いたところ?」
「ママとかパパと暮らしてたとこ」
「あのね、きがいっぱいあるの」
「木?」
「うん。おっきいきも、いっぱい!」
エリナは少し嬉しそうに続ける。
「ずっともりなの。ママとパパもいるし、みんなもいるよ」
「前に言ってた『みんな』?」
「うん! ともだちもいる!」
「友達もいるんだ」
「いっぱいいるよ」
「へえ。楽しそうだな」
「たのしいよ! みんなやさしいの」
親の話をしていた時とは違い、エリナの声は明るかった。
陸はその森を想像してみる。大きな木が並ぶ中で、エリナのようなドラゴンたちが一緒に暮らしているのだろうか。
「じゃあ、なんでそこからみんなで移動してたんだ?」
「……わかんない」
「知らない?」
「うん。ママたちについていったの」
「そっか」
エリナが知らないなら、それ以上聞いても仕方がない。
少しすると、今度はエリナが陸を見る。
「リクのいたところは?」
「俺?」
「うん」
陸は少し考えた。
「俺がいたとこは、森っていうより街だな。でっかい建物がいっぱいあって、道路には車が走ってて」
「くるま?」
「今日映画で走ってたやつあっただろ?」
「あっ!」
「そうそう。ああいうのがいっぱい走ってる」
「いっぱい?」
「めちゃくちゃいっぱい」
エリナの目が少し大きくなる。
「人間も世界中に八十億人くらいいるしな」
「はちじゅうおく?」
「まあ、ものすごーくいっぱいいるってこと」
「そんなにいるの?」
「いるいる」
陸は笑った。
「俺が住んでた街だけでも、人めっちゃいたからな」
「みてみたい」
「街なら見えるよ。でも今は、人も車もいないんだ」
「いないの?」
「うん。前はもっと全然違ったんだけどな」
陸は少しだけ間を空ける。
「今、外に出られないんだよ」
「でられないの?」
「うん。本当なら玄関の向こうが普通の外なんだけど、今は開けたらダンジョンだろ?」
エリナが少し考えてから頷く。
「あれ、本当は違うんだよ」
「そうなの?」
「そう。なんでこうなったのかは、俺にも分かんないけど」
「リクも、かえれないの?」
「俺は家にはいるよ。ただ、外に出られないんだ」
「そとなの?」
「そう。前は玄関から普通に街へ出られたんだけどな」
エリナは少し考えるように陸を見ていた。
「また、でられる?」
「どうだろうな。今のところは分かんない」
「そっか……」
エリナの声が少し小さくなった。
陸が手を伸ばして頭を撫でると、エリナは抵抗せず、そのまま目を細める。
「眠くなってきた?」
「まだねむくない……」
「ほんとに?」
「うん……」
言いながら、エリナの目がゆっくり閉じていく。
陸はそのまま何度か優しく頭を撫でた。
「エリナ?」
返事はない。
代わりに、すぐ隣から静かな寝息が聞こえてきた。
「もう寝てんじゃん」
陸は小さく笑う。
「おやすみ、エリナ」
もう一度だけ頭を撫でると、陸も枕へ身体を預けた。
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