第200話 初仕事!
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迎えの車は、朝六時ちょうどに地下の駐車場で待っていた。
外はまだ薄暗かった。高い建物の並ぶ通りを抜け、広い道路をしばらく走ると、窓の外から店の明かりが減っていく。代わりに、道の脇に止まった軍用の車両が増えてきた。屋根の上で回る黄色いランプ。白い屋根のテントの列。その前で、毛布を肩にかけた人たちが、紙コップを手に並んでいる。
エリナは昨日と同じように窓へ張りついていたが、今日は何も言わなかった。
しばらくして、通りの先を灰色の線が横切った。
あの壁だった。スマホの画面で見た時は、灰色の板を並べた細い線にしか見えなかった。近くで見ると、一枚一枚が見上げるほど高い。表面には引っかいたような白い傷が何本も走っていて、ところどころ黒く焦げている。壁の上には、太い銃を抱えた隊員たちが間隔を空けて立っていた。持ち手の前で、暗灰色の金具が朝の光を返している。
車は壁の切れ目の前で止まり、通訳の女性が書類を見せると、板が一枚分だけ横へずらされた。抜けた先に、もう一本、同じ壁があった。そこもくぐると、景色が変わった。
車も人も、いなかった。
横倒しになったままの車。ガラスのない店。ガソリンスタンドの、片側だけ潰れた屋根。映像の中で見た通りが、今は窓のすぐ外を流れていく。
「……ほんとに、あったんだ」
口に出してから、当たり前のことを言ったと思った。エリナが窓から顔を離し、陸の膝の上に前脚を置いた。
車が止まったのは、大きな店の駐車場だった場所だ。
白い線の引かれたアスファルトが、真ん中あたりで割れて持ち上がっていた。その割れ目から、黒い岩の塊が地面を押しのけるように盛り上がっている。高さは二階建ての家くらい。手前側に、大人が十人並んで入れそうな幅の口が開いていて、その奥は斜めに下りながら暗がりへ続いていた。
口の周りは、半円に囲われていた。灰色の板と土嚢、その内側に投光器が何台も並び、全部が口の奥へ向いている。少し離れたところにはテントがいくつか張られ、ケーブルが地面を這っていた。
ウォーカーは、投光器の列のすぐ後ろに立っていた。
「来てくれて感謝します、JOHN」
握手は、昨日の最初の時と同じく、一度だけ強かった。
「中へ入る前に、二つ見ておいてほしいものがあります」
ウォーカーが最初に示したのは、口の縁の地面だった。細い三脚が一本、岩に固定されて立っている。上に箱型の機械。あの写真で見た中継機と同じ形だが、側面の数字は「0」だった。
「斜面を下りきった先の広い場所までなら、これで無線が届きます。あなたの待機位置は、そこです」
ウォーカーの横から、眼鏡の女性が端末を差し出した。画面越しに経路図を見せてくれた、記録を管理している人だった。
画面には、あの白い経路図の、入口に近いところだけが大きく映っていた。入口から斜めに下りた先が広い空間になっていて、その奥で道が左右に分かれている。右の道の入口に、小さな丸と「1」の数字。そこから線が右の道へ伸び、2、3と続いていく。
「一番の中継機は、この右の道の入口に置かれています。最初の班も、二つ目の班も、ここから右へ入りました」
陸は画面の右の道を、指でなぞるように見た。この先に、壁を指していた三番がある。
「もう一つは、あれです」
ウォーカーが顔を上げた先は、口の右側の岩壁だった。
鉄の骨組みでできた細い通路が、岩壁に沿って口の中へ下りていた。手すりのついた足場が、何本もの金具で岩に留められている。外側の半分ほどはまっすぐ並んでいるが、口の奥へ入ったあたりから先が、外側へ傾いていた。一番先端には投光器と黒いカメラが付いているのに、そこだけ明かりが点いていない。先端の手前から垂れた太いワイヤが、途中で切れたように揺れていた。
「中を見張るための点検歩廊です。流出の夜に、何かがぶつかった。先端を支えていたワイヤを掛け直す前に、あそこから下がるしかなかった。あのまま傾き続ければ、いずれ口の中へ落ちて、入口を半分塞ぎます」
「直しに行けないんですか?」
「先端の金具に掛けるには、傾いた足場を、口の内側まで歩く必要がある」
ウォーカーはそれ以上言わなかった。口の内側は、人を入れないと昨日の文書に書いた場所だった。
「……あれ、うちのでできますよ」
「中の確認が先です。終わって、余裕があれば頼みたい」
陸は頷いて、もう一度傾いた足場の先を見た。
スーツは、テントの一つで台座に立っていた。昨日、対策本部で点検を済ませたものを、そのまま運んできたらしい。陸が背中を台座に合わせて胸のボタンを押し込むと、脛から順に装甲が閉じ、肩と腕がかちりと鳴った。
作業服の男性が、銀色のケースから魔石を一個取り出し、背中の差し込み口へ入れる。
「最初は低い出力からです」
背中で、小さく何かが噛み合った。
台座から下りると、エリナがすぐ後ろへ回り込んだ。
「ほし、ついた」
「アメリカの魔石でも、ちゃんとつくんだな」
窓の中で、蒼星鉱がいつもの速さで瞬いていた。
口の手前まで戻ると、ウォーカーが右耳を指で軽く叩いてみせた。陸も無線機の位置を確かめる。耳元で、通訳の女性の声が「聞こえますか」と言った。
「聞こえます」
「では、JOHN」
ウォーカーは、それだけ言って一歩下がった。
陸はエリナと並んで、黒い岩の斜面を下りた。




