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第195話 初めての外国!

第195話 初めての外国!


 窓の下に広がる海を、しばらくは二人で眺めていたが、同じ景色が一時間続いても、二時間続いても終わらない。陸は肘掛けのボタンを押して、背もたれを今度は最後まで倒してみた。足元の台と合わさって、座席はほとんど平らなベッドになった。


「これ、寝れるやつだ……」


 制服の女性が毛布を持ってきて、窓の覆いを半分下ろしていった。向かいの席では、エリナがクッションの上で丸くなり、尻尾で鼻先を覆っている。夕方から寝ていたはずなのに、もう寝息を立てていた。


 陸も毛布をかぶった。エンジンの音が、遠くでずっと同じ高さで鳴っている。


 何時間眠ったのか分からなかった。


 目を開けると、覆いの隙間から明るい光が差し込んでいた。毛布が肩までかけ直されていて、向かいの席は空だった。


 エリナは窓際に座り直して、外を見ていた。


「……起きてたのか」


「リク。した、みて」


 陸は身体を起こし、覆いを上げた。


 海の端に、陸地があった。


 茶色と緑がまだらに混じった土地が、海から先へ、どこまでも広がっている。その上を、定規で引いたような道路がまっすぐ伸びていた。畑らしい四角い区画が並び、ところどころに家や建物が固まっている。どれも間隔が広い。道路も、建物と建物の間も、日本とは測り方が違うみたいだった。


 高瀬に見せてもらった映像の街も、こんなふうに道が広かった。


「うみ、おわった」


「おわったな」


 エリナは窓に鼻先をつけたまま、しばらく黙っていた。


「とおかった」


「海のずっと向こうって言ったろ」


「いった」


 機体が、ゆっくり高度を下げ始めた。


 耳の奥がつんとして、陸は何度か唾を飲み込んだ。エリナも首を振っている。地上がぐんぐん近づいてきて、道路を走る車の形が分かるようになり、建物の窓が見えるようになり――どん、と下から小さな衝撃が来た。


 エンジンが轟音を上げて、身体が前へ引っ張られる。それが少しずつ弱まって、機体はやがて、のんびりした速さで地上を走り出した。


「……着いた」


 陸は肘掛けから手を離した。いつの間にか、ずっと握っていたらしい。


 扉が開くと、乾いた風が吹き込んできた。


 日本の空港で感じた湿った風とは違う。空が高くて、日差しが真上から強く降っている。タラップの上から見渡すと、滑走路の向こうに茶色い丘が低く続いていた。


 陸はエリナを抱えて、一段ずつタラップを下りた。


 最後の一段で、エリナが腕から飛び降りた。四本の脚でコンクリートを踏み、鼻先を下げて、何度か匂いを嗅ぐ。


「におい、ちがう」


 陸も最後の一段から足を下ろした。


 靴の裏の感触は、日本の空港と何も変わらない。ただのコンクリートだ。それでも、ここはもう日本ではなかった。


 タラップの下には、黒い大きな車が三台並んでいた。その前に、スーツ姿の人が何人か立っている。真ん中にいた男性が前へ出てきた。四十代くらいで、首から名札のようなカードを下げている。


 男性が英語で話し、通訳の女性が隣で訳した。


「ようこそ、JOHN。お二人の受け入れを担当しています。長い移動、お疲れさまでした。ウォーカー指揮官からは、無事に到着したらすぐ知らせるように言われています」


「JOHNです。よろしくお願いします!」


 陸が頭を下げると、男性は手を差し出した。握り返すと、大きくて硬い手だった。


 男性の目が、陸の足元へ下りる。エリナがその顔を見上げていた。


「よろしく」


 エリナが言った。


 男性の表情が、ほんの一瞬止まった。それから軽く腰を折って、エリナの目の高さに顔を近づけ、ゆっくり何か言った。


「お会いできて嬉しいです、エリナ。――だそうです」


 エリナは満足したように、尻尾をぱたりと振った。


 機体の後ろの方では、腹の扉が開いていた。作業服の人たちが黒いケースを一つずつ下ろし、手元の端末と札を見比べている。三つ目の、一番大きなケースが台車へ載せられたところで、男性がそちらを示した。


「装備は技術班の車で、点検場所へ直接運びます。日本の研究班とも、すぐ確認ができるよう準備してあるそうです」


「あ、ありがとうございます。あの、それ……」


 陸はケースの方へ一歩踏み出しかけて、止まった。


「背中が上になるように入ってるんで、ひっくり返さないでもらえると」


 通訳の女性が伝えると、台車の横にいた作業服の一人がこちらを振り返り、親指を立てた。ケースはそのまま、平らなまま、別の車両の荷台へ運ばれていった。


「では、こちらへ」


 男性が真ん中の車の後部ドアを開けた。


 陸とエリナが後ろの座席へ乗り込むと、通訳の女性が助手席へ座る。ドアが重い音を立てて閉まり、車は滑るように動き出した。


 エリナはすぐ窓へ張りついた。


 空港の敷地を抜けると、道路が一気に広くなった。片側だけで何車線もあって、大きな車が並んで走っている。道路脇の看板は全部英語で、標識の緑色まで日本のものと少し違って見えた。


 陸はポケットからスマホを出した。電波が戻っていて、画面の時計の数字が、出発した時とはまるで違う時間を示していた。


「うわ、時計、勝手に変わってる」


 日本は、今ごろ夜中だろうか。指で数えようとして、途中でやめた。


 窓の外を、英語の看板がまた一枚、後ろへ流れていった。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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