第192話 背中の星!
使用の許可が下りたと聞いてからも、陸はしばらく台座のスーツを見上げていた。
この前第12階層へ行った時は、これを研究室に置いたまま、いつもの格好で入るしかなかった。会議で装備の話が出た時も、頭に浮かんだのは、ここに立っているこの形だった。持ち出しの手続きを進めると言われてから、ずっと台座の上で待っていた。
もう、置いていかなくていい。
台座の後ろでは、エリナが背中の窓を見上げていた。
「リク、ほし、いっしょ?」
「一緒! 全部一緒に行く!」
エリナがスーツの足元をぐるりと一周し、尻尾をぱたりと振った。
「あ、でも運ぶの、俺の所持アイテムに入れてった方が早くないですか?」
「管理物品ですので、記録の上では、こちらで運ばせてください」
高瀬は穏やかに言った。
「お二人と同じ便に積みます。向こうでも、到着したらすぐ点検できる場所を用意していただいています」
研究担当者が台座の固定を外し、陸がスーツの胴を支えた。中身のない装甲は、着ている時に感じていたよりずっと軽い。二人で抱えるようにして大きなケースの上へ運び、背中を上にして緩衝材の窪みへ下ろす。腕も脚も、くり抜かれた形にぴたりと収まった。
背中の窓だけが、上を向いていた。透明な覆いの下で、青白い光がいくつも瞬いている。
第12階層の黒い岩の間で、最初にこれを見つけたのはエリナだった。陸が周りの岩を崩して、ベヒーモスが大岩をどかして、両手で抱えて持ち帰った。一個しかないからと腕輪にも吸わせず、そのままここへ預けた。
それが今、陸の身体の形をした窪みの中で、背中に収まって光っている。
「明日は、これを背負って向こう行くのか……」
「ほし、あめりか、いく」
「行く行く。俺の背中に乗って」
研究担当者が蓋を下ろした。留め具を一つずつ掛けていくと、ぱちん、ぱちんと硬い音が試験区画に響いた。台座のケースと浅いケースも続けて閉じられ、研究担当者が、三つ並んだ黒い箱に札を一枚ずつ差し込んでいく。
「明日の朝七時に、ご自宅までお迎えに上がります。渡航の書類は、その時にお渡ししますね」
「お願いします!」
陸が頭を下げると、研究担当者も一緒に頭を下げた。顔を上げた時には、もう浅いケースの留め具をもう一度確かめていた。
その日の夕方、麻布台のリビングで、陸は所持アイテムの一覧を開いていた。
着替えは、ショップで何日分かまとめて買い足した。歯ブラシや充電器も入れた。いつもの探索の格好も、ホバーバイクも、キャンプの道具もずっと入れっぱなしだ。上から下まで眺めてみても、増えたのは最後の数行だけだった。
「……荷造り、終わったな」
旅行の準備といえば、もう少しばたばたするものだと思っていた。スーツケースも、ここでは出番がない。
「リク」
エリナが、テレビの前から何かをくわえて戻ってきた。ゲーム機のコントローラーだった。二つ。陸の足元にそれを置いて、じっと見上げてくる。
「これも」
「向こうでゲームする時間、あるかなあ……」
エリナは何も言わず、コントローラーを前脚でもう少しだけ陸の方へ押した。
「分かった、入れとく。夜は暇かもしれないしな」
陸が触れると、二つのコントローラーは青白い光と一緒に消えた。一覧の一番下に、一行増える。
エリナはそれを覗き込んで確かめてから、満足したように窓の方へ歩いていった。外はもう暗くなりかけていて、東京タワーに明かりが灯り始めている。
「あめりか、ここから、みえる?」
「見えない見えない。海のずっと向こう」
「とおい」
「遠い。俺も外国行くの、初めてだからな」
エリナは窓ガラスに鼻先をつけたまま、しばらく東の空の方を見ていた。それから振り返ると、そのまま寝室の方へ歩き出した。
「はやく、ねる」
「まだ夕方だぞ」
言ってから、陸は明日の迎えの時間を思い出した。
「……いや、今日はそれでいいか」
陸は所持アイテムを閉じ、リビングの明かりを一つ落とした。
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