第188話 封鎖線の内側!
高瀬との通話は、つないだままだった。テーブルの上のスマホでは、倒れたCランクの向こうから、まだウルフの群れが壁へ押し寄せてくる。
その壁の手前で、隊員たちが動き始めた。壁の端の板が外され、少し前へ運ばれて、また立てられる。銃を構えた隊員がその後ろへ入り、反対側の端も同じように前へ出る。壁全体が、通り一本分ずつ、モンスターのいる方へ進んでいく。
進んだ後ろの通りでは、救急車が何台も、壁が守っている道を逆向きに走っていった。
陸はいつの間にか、スマホを手に持ち上げていた。
一年前の大阪では、Cランクのグランドスライムが一体出てきただけで、防衛線の前の方が一斉に下がった。炎も斬撃も当たっていたのに、再生する方が早かった。止めたのは、陸が出したスケルトンだった。
今、画面の中では、Cランクを人間だけで止めている。
「すごくないですか、これ!? Cを、普通に止めてる……!」
『外へ出たモンスターは、Dランクが中心だったそうです。Cランクも複数確認されています。Bランクは、外では見つかっていません』
高瀬の声は落ち着いていたが、ほんの少しだけ柔らかくなった。
『この壁が、今もそのまま封鎖線になっています。ダンジョンの周りを囲む形で、外へ出てきたものは全部ここで止めているそうです。最初の日以降、封鎖線の外へ大きな流出は起きていません。避難の道も、ずっと確保できています』
映像の最後で、ドローンが高度を上げた。
灰色の線が、街の外れをぐるりと囲うように続いているのが見えた。線の手前には車両と人の列、仮設のテント、白い屋根の救護所。線の向こうは煙でかすんでいて、奥に何があるのかは見えない。
そこで、映像は止まった。
『その先は、先方も映像を出していません』
「……」
陸は止まった画面を少しだけ戻し、さっきの銃の部分で一時停止した。持ち手の前の金具。差し込み口の形。研究室の引き出しから出てきた焼けた部品と、十発撃っても焦げなかった新しい部品。
「高瀬さん。あの金具、研究室のやつですよね?」
『元になったのは、そうです』
高瀬は言葉を選ぶように少し間を置いた。
『射撃部品の基本の仕組みは、半年ほど前に、研究交流の一つとして向こうの研究機関へ渡っています。それを銃に合わせて作り直して、あそこまで数を揃えたのは、向こうの研究者と企業です。壁の板も、建材の技術を向こうが独自に転用したものだと聞いています』
「じゃあ、全部が日本のってわけじゃないんですね」
『はい。ただ、先方の技術担当からは、最初の仕組みがなければ一年でここまでは来られなかった、という話がありました』
研究室のモニターに並んでいた表を思い出した。Cランク以上の欄にずらりと続いていた、自分の名前。
あの銃の金具に、自分が持っていった素材が入っているわけではないだろう。それでも、毎週あそこへ運んでいた物の先が、海の向こうの通りまでつながっていた。
「……そっか」
陸はもう一度、壁の上に並んだ隊員たちを見た。
それから、ふと引っかかった。
「でも、止まってるんですよね。外には出てないし、避難もできてて」
『外は、です』
高瀬の声が、また元の調子に戻った。
『封鎖線が安定した後、中の様子を確かめるために、向こうの調査班がダンジョンへ入りました。そのうちの一部と、連絡が取れなくなっています』
「……取れなくなってる、って」
『原因は分かっていません。中で何があったのかも、今の時点で私が確かにお伝えできることはありません』
陸は止めたままの画面を見た。煙の向こうの、何も映っていない部分。
今日、自分は第12階層で、正体の分からない跡を見て引き返した。確かめる前に、全員で帰ってきた。
あの線の内側へ入っていった人たちは、確かめるために入ったのだ。
『佐藤さん』
「はい」
『この件で、アメリカ政府から対策庁へ、正式な照会が来ています。JOHNに協力を求めたい、と』
「……俺に、ですか」
『はい。先方が求めているのはJOHNです。佐藤さんのお名前は、まだ先方へはお伝えしていません。どこまでお伝えするかも含めて、佐藤さんとご相談したいと思っています』
エリナが顔を上げて、陸を見た。
『明日、先方の担当者も交えて、詳しい資料をお見せする場を用意したいと考えています。中で何が分かっていて、何が分かっていないのか。それを聞いていただいてから、引き受けるかどうかを決めていただいて構いません』
陸はスマホの画面を見たまま、少しだけ考えた。
何も分からないまま返事をするようなことではない。それは高瀬も分かっていて、だからこう言っているのだろう。
「分かりました。話、聞きます」
『ありがとうございます。時間と場所は、このあとすぐお送りします。夜分に長く、すみませんでした』
「いえ。……見せてもらって、よかったです」
『では、明日』
通話が切れた。
スマホの画面には、止めたままの映像が残っていた。灰色の壁の上で、隊員たちが銃を構えたまま、通りの向こうを見ている。
「リク」
エリナが陸の膝に前脚を乗せた。
「このひとたち、いまも、ここにいる?」
「……いるんだろうな」
陸は画面を消さずに、しばらくそのまま持っていた。
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