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第187話 海の向こうの封鎖線!

『アメリカで、新しいダンジョンが確認されました』


 高瀬は前置きをせずに言った。


『都市部のすぐ外です。三日前、そこから大量のモンスターが外へ出ました。市街地の一部まで被害が出ています』


「三日前……スタンピード、ですか? 今?」


 思わず聞き返していた。一年前、あれだけ世界中で起きていたスタンピードは、その後ほとんど聞かなくなっていた。日本でも、外へモンスターがあふれたという話はもう長いこと出ていない。


『はい。規模は、一年前に各地で起きたものと比べても大きい方です。亡くなった方も出ています。正確な人数は、先方でもまだまとめている途中だそうです』


 陸は返事ができなかった。エリナがソファの肘掛けから前脚を下ろし、陸の顔とスマホを見比べている。


『先方から共有された映像があります。佐藤さんにお見せする許可も取ってありますので、今お送りします。通話はこのままで大丈夫です』


 短い通知が鳴った。陸はスピーカーに切り替えてテーブルの上でスマホを横にし、届いたリンクを開く。暗証番号の入力を一度挟んで、動画のファイルがいくつか並んだ。


『一番上から見ていただけますか』


 再生すると、画面いっぱいに街が映った。


 上空からの映像だった。ドローンだろう。広い通りがまっすぐ伸びていて、両側に低い店や家が並んでいる。日本の街より道も建物の間隔も広く、駐車場の白い線がやけに目立った。画面の隅には英語の文字と日付が出ている。


 その通りに、車が散らばっていた。


 止まっているのではない。横を向いたもの、歩道へ乗り上げたもの、ひっくり返って腹を見せたもの。店のガラスはほとんど割れていて、ガソリンスタンドの屋根が片側だけ潰れ、柱ごと地面へ傾いていた。アスファルトのあちこちが黒く焦げ、煙がまだ細く上がっている場所もある。


 人の姿はない。モンスターの姿もなかった。動いているのは、煙と、風に転がっていく何かの袋だけだった。


「……これ、全部」


 大阪城公園の時は、揺らいでいたのは公園の一角だった。周りの道路に規制線が張られ、防衛線は一本の通りの上にあった。


 ドローンが高度を上げると、壊れた通りは一本ではなかった。同じような通りが、先の方まで何本も続いている。そのずっと奥で、黒い煙が太く立ち上っていた。


「おうち、こわれてる」


 エリナが小さく言った。屋根の半分がなくなった家の上を、画面がゆっくり通り過ぎていく。


 映像が切り替わった。


 今度は地上で、誰かが手に持って撮っているらしい。広い体育館のような場所に、簡易ベッドが何列も並んでいた。毛布をかけられて横になっている人、座ったまま腕に包帯を巻かれている人。その間を、青い服の人たちが早足で行き来している。入口の方では、黄色いバスが何台も連なって止まり、中から人が降りてきていた。


「ひと、いっぱいねてる」


「……避難所か」


 窓の外は暗いのに、体育館の中は昼間みたいに明るかった。撮っている人がカメラを振った時、壁際に灰色の箱が一瞬だけ映った。側面の細い窓の奥で、何かが淡く光っている。


「あれ……非常電源?」


『周辺は今も停電しているそうです。ですが、救護所と避難所の照明と医療機器は、一度も止まらなかったと聞いています』


 研究室で、ブレーカーを落としても照明が消えなかったのを思い出した。病院とか避難所にはだいたい入ってる、と研究担当者は言っていた。日本の話だと思って聞いていた。


『次の映像が、二日前のものです』


 高瀬の声で、陸は画面へ指を伸ばした。


 また上空からの映像だった。


 さっきとは別の通りで、道の真ん中を灰色の壁が横切っていた。


 一枚一枚は、人の背丈より少し高いくらいの板だ。それが隙間なく並び、通りの端から端まで、さらに両側の建物の間までつながっている。壁の手前には車両と人が集まり、壁の向こうは空っぽの通りが続いていた。


 板の灰色に、見覚えがあった。


「これ、あの……工事のやつ?」


 展示スペースで叩いた見本の板と同じ色だった。光の加減で、表面の細かな粒がちらちら光っている。


 壁の手前では、腕と腰に骨組みのような枠を付けた隊員たちが、予備の板を二人がかりで運んでいた。人の背丈より大きい板を、まるで段ボールでも運ぶような足取りで壁の端へ持っていき、立てて固定していく。


「装具まで……」


『壁の設置は最初の晩だそうです。そこから先が、今お見せしたかったところです』


 画面の奥、壁の向こうの通りで、何かが動いた。


 最初は砂ぼこりにしか見えなかった。それが近づくにつれて、四つ足の影の群れになった。ウルフ系だ。十や二十ではない。通りを埋めるように、こちらへ走ってくる。その後ろに、ひときわ大きな影がいくつか混じっていた。


 陸は息を止めた。


 群れの先頭が、壁へぶつかった。


 板は揺れなかった。飛びかかったウルフが表面を引っかき、そのまま落ちる。後ろから来た何体かが板の上へ跳ぼうとしたところで、壁の上から一斉に銃口が出た。


 隊員たちが構えているのは、陸が知っている銃より一回り太い銃だった。持ち手の少し前に暗灰色の金具が付いていて、撃つたびに、その差し込み口が青白く光る。


 音のない映像なのに、何が起きているかははっきり分かった。壁を越えかけたウルフが空中で弾かれ、通りへ落ちていく。落ちたものは起き上がらない。一体ずつ狙っているのではなく、壁の上に並んだ銃が、越えてこようとする場所から順に撃ち落としていた。


「あの金具……」


『はい。後でご説明します』


 群れの後ろから、大きな影が前へ出てきた。


 熊のような体つきだった。肩が盛り上がり、頭の両側から太い角が前へ突き出している。周りのウルフが子犬に見えるほど大きい。それが頭を低く下げ、壁へ向かってまっすぐ走り出した。


『あれはCランクと聞いています』


「C……!」


 角が壁へ叩きつけられる寸前、その前に透明な壁が立ち上がった。


 壁の内側で、隊員の一人が両手を前へ突き出している。大阪城公園で見たのと同じ、スキルの壁だ。角が透明な面へぶつかり、ひびが一気に広がる。それでも割れずに、巨体の突進を止めた。


 止まったところへ、銃が集まった。


 壁の上の何人もが、同じ一体へ向けて撃つ。金具の光が並んで瞬き、巨体の肩と首に次々と穴が開いていく。Cランクが頭を振り、もう一度踏み込もうとした時には、前脚がもう身体を支えていなかった。


 巨体が横倒しになり、通りの上で動かなくなった。


「倒した……!」


「たおれた!」


 エリナが身を乗り出し、画面に鼻先がつきそうになる。陸はその頭を少しだけ横へずらし、画面から目を離さなかった。


 群れはまだ途切れていない。それでも、壁は一歩も下がらなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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