第183話 風の使い道!
壁際で、吹き飛ばされたヴァンガードが身体を起こした。
頭を一度振り、転がった戦斧には目もくれず、盾だけを低く構える。背中を丸め、身体を深く沈めた。さっきより明らかに速い突進が来る構えだった。
陸は左手を下ろさなかった。
ヴァンガードが床を蹴る。陸も同時に右へ踏み込んだ。
補助ごと身体が前へ運ばれる。突進の正面から外れ、盾の縁の外側へ。ヴァンガードが盾を振ってこちらへ向けようとした時には、陸はもうその脇腹の横で止まっていた。膝の箱が沈み込み、勢いをまとめて受け止める。
盾の陰になっていない脇腹が、目の前にあった。
陸は風を細く絞った。アビスリザードの目を狙った時と同じように、広げず、一点へ。
細い風が、杭のように脇腹へ突き刺さった。
ヴァンガードの身体がくの字に折れ、今度は真横へ吹き飛んだ。盾が手から外れて回転しながら床を滑り、本体は通路の反対側の壁へぶつかって、そのまま崩れ落ちる。
しばらく待っても、もう起き上がってこなかった。
陸はゆっくり手を下ろした。
風は、ずっと崩すために使ってきた。踏み込みをずらす。剣の軌道を外す。砂を巻き上げて目を潰す。倒すのは炎や金属か、スケルトンの仕事だった。
「……風で、倒した」
自分の手のひらを見る。装甲の手首の縁で、腕輪の石がまだうっすら光っていた。
「風だけで倒せた! Cランク!」
「たおした!」
エリナが跳ねるようにロイヤルナイトの後ろから出てきた。研究担当者も端末を抱えたまま駆け寄ってきて、倒れたヴァンガードと陸の左腕を交互に覗き込む。
「すごい……踏み込んで、止まって、撃つまで、全部一続きで取れてます。腕輪を使った瞬間も、補助が一回も崩れてない」
画面の線を巻き戻す指が止まらない。それから研究担当者は、少しだけ言いにくそうに顔を上げた。
「あの、もし大丈夫なら、炎も一回だけ見せてもらえませんか。風だけかもしれないので」
「やります!」
答えた時には、もう通路の先を見ていた。
次に出てきたのは、分岐の奥から走ってきた三体のコボルトだった。小型で、手に短い棍棒を持っている。
陸はいつもと同じように、三体それぞれへ意識を向けた。身体の周りに炎を起こし、包む。それだけのつもりだった。
三体が同時に燃え上がった。
炎の柱が、天井の近くまで伸びた。少し離れて立っている陸の顔にまで、熱がまともに押し寄せてくる。コボルトたちは声を上げる間もなく炎の中で崩れ、床へ倒れた。炎は三体の身体だけを包んだまま、周りの床にも壁にも広がらない。陸が意識を離すと、すぐに小さくなって消えた。
「あっつ! 遠いのに熱い!」
「炎も、乗ってますね……」
研究担当者は画面を見たまま、小さく息を吐いた。
「でも、今日はここまでにしましょう。魔石の減りが、思ってたより早いです」
「減ってるんですか?」
「脚と腕を補助してる分と、腕輪に回してる分、同じところから取ってるので。補助だけの時より、ずっと早く減ってます。走り回りながら今のを撃ち続けたら、たぶん、すぐ空になります」
「あー……」
陸は背中の方を振り返ったが、自分の背中は見えない。
「じゃあ、替えの魔石をいっぱい持っていけばいいってことですよね」
「……そういうことになりますね。交換は止まってる時にお願いしたいですけど」
研究担当者は苦笑して、端末を胸に抱え直した。
テントへ戻ると、高瀬が研究担当者から端末を受け取り、しばらく黙って記録を見ていた。
「負傷は」
「ありません。スーツの方も、腕輪の方も、異常なしです」
高瀬は小さく頷き、陸の方へ顔を向けた。
「佐藤さん。いかがでしたか」
「これ、次の探索から使いたいです!」
高瀬が研究担当者を見る。研究担当者は端末を抱えたまま、少し考えた。
「今日の出力の範囲なら、出せます。身体強化と一緒に使った時とか、何時間も動いた時とかは、まだ取れてないですけど……」
そこで、研究担当者は陸を見た。
「それは、佐藤さんの探索についていって取らせてもらえたら」
「全然いいです! 来てください!」
「では、持ち出しの手続きはこちらで進めます」
高瀬は端末を研究担当者へ返した。
「保管と点検の方法は、研究の方と詰めますね。佐藤さん、決まり次第ご連絡します」
「お願いします!」
陸は台座の前まで来て、背中を合わせる前にもう一度だけ左手を見下ろした。腕輪の石の光は、もう引いている。
エリナが足元から陸を見上げた。
「リク、もういっかい、ぶわってする?」
「ここでやったら、テントごと飛ぶって」
陸は笑って台座へ背中を預け、胸のボタンに指をかけた。
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