第182話 実戦試験!
高瀬から実戦試験の場所が届いたのは、再試験から一週間ほど後だった。
大阪城ダンジョン。一年前、対策庁の班がコボルトヴァンガードを倒すのを見た場所だ。
揺らぎの手前に張られたテントへ入ると、奥に見覚えのある台座が立っていた。研究室から、スーツごと運んできたらしい。研究担当者は台座の横で端末を抱え、高瀬は折り畳みの机に地図を広げていた。
「入口から少し入ったところに、Cランクがよく出る通路があります。今日はそこまでです。奥へは行きません」
高瀬は揺らぎから伸びる太い通路の一本を指でなぞった。
「何かあれば、すぐここへ戻ってください。私はここで待っています」
「了解です」
陸は台座へ背中を合わせ、胸のボタンを押し込んだ。脛から順に装甲が閉じ、肩と腕がかちりと鳴る。台座から下りると、エリナが当たり前のように背中へ回り、窓の中を覗き込んだ。
「ほし、きょうも、いる」
「いるいる。今日はダンジョンだぞ」
研究担当者が端末から顔を上げた。
「佐藤さん、入る前に一つだけ。腕輪用の設定、この前のからもう一つ増やしてあります」
「増やした?」
「腕輪を使った瞬間に、一本だけ跳ねる線があったじゃないですか。あれ、どうも腕輪の方へ、スーツの魔力が引っ張られてたみたいなんです。強い風を出そうとすると、それだけ強く引っ張られて、肘に来る」
研究担当者は自分の左肘を軽く叩いた。
「だったら引っ張られる前に、こっちから流してやればいいんじゃないかって。蒼星鉱で強くした分の一部を、腕輪の方へ回す設定です。うまくいけば、肘の引っかかりも出ないはずで」
「……それって、腕輪の方も強くなるってことですか」
「なるはずです」
そこで研究担当者は、少しだけ言葉を切った。
「なるはず、までしか分かってないんです。研究室の中で、そんなに強い属性を撃ってもらうわけにいかなかったので」
陸は自分の左手首を見下ろした。装甲の縁から、万象の腕輪の銀色が覗いている。
「今日、それ撃っていいんですか!」
「撃ってもらうために来ました」
研究担当者は笑ってから、指を一本ずつ立てた。
「ただ、順番だけ守ってください。最初はスーツの補助だけ。次に、いつもどおりの風を一回。そのあとで切り替えます。身体強化は今日はなしでお願いします。全部一緒にやると、また何が原因か分からなくなるので」
「了解です!」
揺らぎを抜けると、広く天井の高い石造りの通路が続いていた。陸はロイヤルナイトを一体だけ呼び出し、研究担当者とエリナの前に立たせる。
「二人の前から動かないでくれ。危なくなったら頼む」
ロイヤルナイトが長剣を下げたまま、二人の前へ一歩出た。
背中で何かが噛み合う音がして、装甲の溝へ青白い光が走った。出力は、再試験の最後に一段上げたところだという。研究室の柔らかい床と違って、石床は踏むたびに硬い音を返してくる。それでも着地の衝撃は、膝の箱がそのたびに吸い取っていった。
分岐を二つ過ぎたあたりで、通路の先に影が一つ立っていた。
片手に戦斧、もう片方に分厚い盾。犬のような頭を低く構え、こちらを見ている。
「ヴァンガード!」
陸は一人で前へ出た。後ろでロイヤルナイトが、二人を隠すように立ち位置を変える気配がある。
ヴァンガードが盾を前へ突き出し、石床を蹴った。
盾ごとぶつかってくる突進だった。陸は右へ跳んだ。
いつもなら、身体強化をかけてから跳ぶ距離だった。今はかけていない。右足で床を蹴った瞬間、脛と腿の骨組みが一緒に横へ押し出し、身体が思っていたより一歩分遠くへ運ばれる。盾の縁が、さっきまで陸の肩があった場所を通り過ぎていった。膝の箱が沈み、石床の上で滑りかけた足がぴたりと止まる。
「うおっ……!」
ヴァンガードが急停止し、振り向きざまに戦斧を横へ薙いだ。陸は一歩下がってそれを空振りさせ、今度は盾のない側へ回り込む。ヴァンガードも盾を持ち替えるように身体ごと向きを変えてくるが、その時には陸がもう一歩先へ出ていた。切り返すたびに、補助が遅れずに脚へついてくる。止まるところで止まり、出たいところで出られる。
「回れる! こいつより先に回れる!」
「その感じです! 遅れ、出てないです!」
後ろから研究担当者の声が飛んだ。
「佐藤さん、風、いつもどおりで一回お願いします!」
陸は距離を取り、ヴァンガードの正面へ左手を向けた。
風属性。ゴブリンロードの踏み込みを崩した時くらいに。
正面から風がぶつかる。ヴァンガードは盾を構えて受け止め、足を半歩分だけ後ろへ滑らせた。上体がわずかに揺れたが、それだけだった。すぐに盾を構え直し、低く唸ってこちらを睨む。
陸の知っている、いつもの風だった。左腕も勝手には動かない。
「入れます!」
背中で、さっきより重い音が噛み合った。
装甲越しにも、窓の奥が強く光ったのが分かった。左腕の溝を走る光が、肩から肘、肘から手首へと流れていく。手首の装甲の縁で光が溜まり、腕輪の中央の紫色の石が、内側から灯るように淡く光った。
前回は、ここで腕ごと跳ね上がった。
左腕は動かなかった。
ヴァンガードが吠え、また盾を前へ突き出して突っ込んでくる。
陸はさっきと同じ感覚で、さっきと同じくらいの風を送った。
手の先から出たのは、別物だった。
轟、と通路が鳴った。正面から風を受けたヴァンガードの足が、石床から浮く。盾を構えた姿勢のまま身体ごと後ろへ持っていかれ、三メートル、四メートルと宙を運ばれて、背中から通路の壁へ叩きつけられた。鈍い音と一緒に、石の欠片がぱらぱらと落ちる。手から離れた戦斧が床を跳ね、からからと転がっていった。
吹き抜けた風の余りが通路の奥まで走り、遠くで何かがかたかたと鳴った。
陸は手を前へ出したまま固まっていた。
「……は?」
肘には、何も来なかった。腕は向けた先から少しも動いていない。
「今の、さっきと同じくらいしか出してないですよ!? ほんとに! 同じくらいで!」
「出てます! 腕輪の方に、ちゃんと流れてます!」
振り返ると、研究担当者はロイヤルナイトの脇から端末を突き出すようにして画面を見ていた。声が少し裏返っている。
「肘の線も……出てない。補助も崩れてない。佐藤さん、腕、どこも大丈夫ですか!」
「大丈夫です! 全然なんともない!」
ロイヤルナイトの脚の後ろから、エリナが顔を出した。壁際のヴァンガードと陸の手を、交互に見ている。
「リク、いまの、いつものかぜ?」
「いつもの! ……のはず!」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや☆評価、感想で応援していただけると励みになります!




