第181話 再試験!
高瀬から連絡が来たのは、初回の試験から四日後だった。
試験区画へ入ると、研究担当者は台座の横で端末を抱えて待っていた。目の下にうっすら隈ができている。窓際では高瀬が小さく頭を下げたが、研究担当者の方は挨拶もそこそこに口を開いた。
「佐藤さん、早速着てもらっていいですか」
「着ます!」
陸は台座へ背中を合わせ、胸のボタンを押し込んだ。脛から順に装甲が閉じ、最後に肩と腕がかちりと鳴る。二回目なので、もう声は出なかった。台座から下りると、エリナが足元をぐるりと回り、背中の窓を確かめに行く。
「ほし、げんき」
「蒼星鉱は前のままです。変えたのは中身の方で」
研究担当者が端末を操作した。
「この前のデータで、拾ってから力を出すまでの間をかなり詰めました。あと、腕輪を使う時用の設定を別に作ってあります。そっちは後で。まずは腕輪なしで、この前と同じ踏み込みからお願いします」
背中で何かが噛み合う音がして、装甲の溝へ青白い光が走った。出力は、前回と同じ一番弱いところだという。
陸は部屋の奥へ向き直った。前回つんのめった右足を一度見下ろしてから、いつもの感覚で床を蹴る。
脚が、そのまま前へ出た。
骨組みが遅れない。踏み込もうとした時にはもう脛の装甲が一緒に動いていて、床を蹴る力に、外からの力がぴたりと重なる。前回は脚にぶら下がっていた装甲の重さが、どこにもなかった。勢いのまま二歩、三歩と進み、陸は部屋の半ばで止まった。
「……来た! 今の、一緒に来ました!」
振り返ると、研究担当者はもう画面の線を巻き戻していた。陸の動きを示す線と補助の線が、ほとんど同じ場所で跳ね上がっている。前回は二つの山の間にはっきり隙間があった。今は、根元がわずかにずれているだけだ。
「もう一回いいですか! 今度、もっと速く!」
「どうぞ」
陸は元の位置へ戻り、今度は戦う時と同じ速さで踏み込んだ。身体が一気に前へ出る。速くした分、補助も同じだけ強く押してきた。止まる時には膝の箱が沈み込み、前へ流れる勢いを受け止める。続けて何度か、速さを変え、向きを少しずらして踏み込んでみたが、骨組みは一度も陸の脚から離れなかった。
「すげえ……四日でこんなに変わるんですか」
「四日、ほぼここにいましたから」
研究担当者は笑ったが、端末の画面を叩く指はずっと止まらなかった。
エリナが陸の横まで来て、首をかしげる。
「リク、もう、ひっぱられない?」
「引っ張られない。全然違う」
「じゃあ、腕輪の方に行きます」
研究担当者の声が、少しだけ硬くなった。
「設定を腕輪用に切り替えます。最初は佐藤さんは動かないでください。風も、この前と同じくらいの弱さで。おかしかったら、すぐ切ります」
「了解です」
奥の壁際に、また布を吊るした台が置かれた。高瀬が端末を手に一歩下がり、エリナもその後ろへ回る。今回は、言われる前だった。
陸は左手を布へ向けた。装甲の手首から、万象の腕輪の銀色が覗いている。前回は、ここから腕ごと跳ね上がった。
風属性。布の端が少し揺れるくらいに。
布がふわりと持ち上がる。
左腕は、動かなかった。
陸は手を向けたまま、自分の腕を見下ろした。前腕の骨組みは陸の腕に沿ったまま、どこも引っ張ってこない。左腕の溝の光がほんの一瞬だけ明るくなり、すぐ元に戻った。
「……動かない」
「腕輪を使った瞬間に、やっぱり一本跳ねてます。でも補助の方は崩れてない」
研究担当者は画面から目を離さずに言った。
「佐藤さん、そのまま、風を少しずつ強くできますか。本当に少しずつで」
陸は布へ送る風を、ゆっくり強めていった。布が大きくはためき、台の脚がかたかたと鳴る。
何段目かで、左肘に、くい、と小さな引っかかりが来た。
「今、肘がちょっと」
「出てますね。止めてください」
風を止めると、引っかかりもすぐに消えた。研究担当者は同じところを何度か巻き戻し、小さく頷く。
「このくらいまでなら崩れない。そこから上だと、まだ出る。……分かれ目があるって分かっただけでも、だいぶ違います」
「原因、分かったんですか?」
「まだです」
あっさり答えてから、研究担当者は少し笑った。
「でも、この前みたいに、使った瞬間に全部崩れるわけじゃなくなりました。どこまでなら大丈夫か、をここから広げていけます」
弱い風なら、腕は勝手に動かない。陸は左手首から顔を上げた。
「じゃあ次、動きながらやっていいですか。風出しながら、腕も自分で動かすやつ」
研究担当者が高瀬の方を見る。高瀬は短く頷いた。
「さっきの分かれ目より下で。危ないと思ったら、佐藤さんの判断で止めてください」
「了解です!」
研究担当者が、布の台を左右にもう一つずつ並べた。
陸は真ん中の布へ弱い風を当てたまま、左腕をゆっくり右へ振った。風の向きが腕と一緒に動き、右の布の端が持ち上がる。骨組みは陸の腕にそのままついてきて、勝手に上がることも、遅れることもない。腕を戻して左の布へ。それから一歩前へ踏み出しながら、もう一度真ん中へ。脚の補助と腕の補助が、両方とも陸の動きに合わせて動いている。その間ずっと、手の先からは弱い風が布へ届き続けていた。
布を揺らしているだけだ。戦っているわけでも何でもない。それでもこの前は、腕を上げようとしてもいないのに、勝手に跳ね上がったのだ。
「使えてる……使えてます! 腕輪!」
「使えてますね」
研究担当者の声も、さっきより明らかに弾んでいた。
「腕輪と一緒にちゃんと動いたの、これが初めてです」
高瀬の後ろから、エリナが顔を出した。
「リク、うで、かってにうごかない?」
「動かない! ほら」
陸は風を止め、左腕を大きく回して見せた。エリナはその腕をじっと目で追い、一周したところで、ぱたりと尻尾を振った。
「佐藤さん、最後にもう一つだけいいですか」
研究担当者が端末を操作しながら言った。
「出力を一段だけ上げます。踏み込んで、途中で向きを変えて、止まる。それを一続きでお願いします。風は最後に、弱いところで」
「一段上げるんですか!」
「一段だけです」
背中で、さっきより少し重い音が噛み合った。装甲の溝を走る光が、目に見えて明るくなる。立っているだけで、脚の内側から持ち上げられるような感じがあった。
陸は部屋の奥の角を見た。
踏み込む。
さっきより、一歩で運ばれる距離が長い。床を二度蹴っただけで部屋の半ばを越え、陸は右足を外へ踏み出して身体を左へ切り返した。膝の箱が沈み込み、曲がる勢いを横から支える。向きが変わった時には、もう次の一歩が補助ごと前へ出ていた。
壁際の布が近づく。陸は両足で床を噛んだ。骨組みが脚を固め、前へ流れようとする勢いを一緒に受け止める。止まったところで左手を向けると、弱い風が布を揺らした。
腕は、向けた先から少しも動かなかった。
ほんの数秒の動きだった。それなのに陸の頭の中では、もう第12階層の岩道が浮かんでいた。アビスリザードの爪の外へ切り返し、止まった瞬間に風を目へ飛ばす。そこに身体強化まで重ねたら、どうなるのか。
「これで、ダンジョン行きたいです!」
振り返って言うと、研究担当者は端末を胸に抱えたまま、少しだけ天井を仰いだ。
「……ですよね。言われると思ってました」
それから、端末を下ろして陸を見た。
「でも今日分かったのは、この部屋で、この出力で動けるところまでです。本物の攻撃を受けたらどうなるかも、長い時間動き続けたらどうなるかも、まだ一回も試してない。身体強化とか、風以外の属性と一緒に使った時のことも」
「あ、身体強化……」
陸は自分の脚を見下ろした。戦う時は、ほとんどずっと使っている。
「なので次は、ダンジョンの中で取らせてください。本物の相手で」
高瀬が端末から顔を上げた。
「場所と相手は、こちらで候補を出します。最初は、すぐに引き返せるところで。佐藤さん、ご都合はまたご連絡しますね」
「お願いします!」
出力が落ち、溝から光が引いていく。陸は台座へ戻って背中を合わせ、胸のボタンを長押しした。装甲が上から順に開き、身体が元の重さへ戻る。
脚を抜いて台座から下りると、エリナがスーツの左腕へ近づき、前脚でちょんとつついた。
骨組みはつつかれた分だけ小さく揺れて、すぐに止まった。
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